第186話 6月26日(私と一緒にやっていた頃よりも……ずっと)
朝、空は黒鉛筆で灰色に塗ったような雲で埋め尽くされていた。
青空なんて一片も見えず、天気予報では曇りマークが碁盤の石みたいにずらりと並ぶ。
おまけに、午後からの降水確率は60パーセントだそうだ。
だが、部屋にこもっていれば雨が降ろうと関係はない。
薄暗い部屋で本を読みながら過ごし、雨が降り始めても『外が暗いから本が読みづらいな』程度にしか思わなかった。
しかし、それも母から祖父を迎えに行くよう言われるまでの話だ。
◆
おじいちゃんが指南をすることになった剣道教室は市民体育館の一角で行われている。
対象は小学生から大人までと幅広い。
それだけ聞いた時は、正直大したことはないんだろうなと思っていた。
だが――、
「めええぇんっ!」
――ひとたび足を踏み入れてみれば、館内はピリピリとした空気が漂っている。
生徒さんの数も多く、中には一目で有段者とわかる人までいた。
『週に一回の剣道教室』と呼ぶにはあまりに物々しい。
おそらく、
「はぁ……」
思わず溜息が出た。
いや、真剣な人が多いこと事態は良いことだ。
ただ……この様子では軽いスポーツ感覚で来ている人や子どもは大変だろう。
そう思い、周りと比べて背の低い面を探してみる。
すると、大人に混じって竹刀を振る小さな影はすぐ見つかった。
そう、見つかったのだが……――、
(……あれ?)
――……その小さな影には見覚えがあった。
防具に振り回されつつも、力強い打ち込みで相手の竹刀を鳴らす姿。
背が低い上に声も高かったから子どもかと思ってしまったけれど……あれは、きっと同年代の女性だ。
「やああぁっ!」
怪鳥じみた気合の声があがり――彼女の竹刀が小手を打ち、流れるように面を放つ。
面は打突部位から外れていたものの、小手は綺麗に決まっていた。
思わず、胸の内で『へぇ……』と感心する。
だけど――、
「……えっ?」
――彼女がつけている防具の垂れ。
大きく刺繍された名前を見た瞬間、ただ静かに感心などしていられなくなった。
『栗原』
よく知る後輩の顔が脳裏に浮かぶ。
気付けば練習風景に背を向け、体育館の外へと歩き出していた。
意識せぬ内に歩幅がどんどん広くなり、歩調も速くなっていく。
そして、館外へ出た時、以前秋が部活以外に教室へも通っていると話してくれたことを思い出した。
……雨音がうるさい。
秋は私と一緒にいた頃よりも……ずっと上達していた。
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