第155話 5月26日(そんなことは初めてだから……)

 楠を夏の大会に集中させるため、今年は誕生日を誰にも祝わないでもらう。

 放課後、昨日決めたことを茉莉に話すと、彼女は低く唸るような声で返した。


「……なんで、そんなことになったの?」

「茉莉、ひょっとして……怒ってる?」


 親友の眉間に刻まれたしわを見つめて訊ねる。

 すると、茉莉は深い溜息を吐いた後「怒ってないよ、ただ呆れてるだけ」と言った。

 しかし――、


「だいたい、あたしの誕生日だけ勝手に祝っといて自分の誕生日は祝わないでってどういうつもりなのよって話でしょ。しかも、あんな楠のためにっ」


 ――『怒ってない』と言った茉莉は、何故か人差し指を私の額にぐりぐりと押し当て始める。


「あたしの方が仲良くて大親友なのに……楠のせいでちなの誕生日を祝えないとか、よく考えたら集中も何もさっさと告白して潔くフラれたら部活に集中できるじゃない。なんでそうしないの? あ、だめだ。すごくイライラしてきた。ていうか、ちなにもむかついて来たっ」


 指の腹へ徐々に力が込められていくのを感じた。

 決して痛くはない。

 痛くはないが額に感じる圧迫感と精神的な圧がつらい。

 だが、今の私に止める術などなく、


「……怒ってないって言ったのに」


 と、か細く呟くのが精一杯だった。



 そして、夜になり私は彼の隣を走りながら――



『まあ、最悪あたしはいいけどさまあ、実際ちっともよくはないんだけどさ……彼はどうすんの? どうせ、毎年誕生日祝ってもらってるんでしょ?』


 ――茉莉から別れ際に言われたことを考えていた。


 確かに茉莉の言う通り……毎年、彼から誕生日は祝われている。

 そして、この歳になってもお年玉を渡してきたり、彼女がいるにも関わらずクリスマスプレゼントを用意してくる彼のことだ。

 おそらく、今年も誕生日を祝われることは間違いない。

 だから、茉莉へ言ったように彼にも伝えておかなければいけないのだ。


『今年は私の誕生日を祝わないで』と。


 なのに、何故だろう?


「今の走って来た道さ、道幅狭くて夜になると少し怖くないか?」

「怖いって……子どもみたいなこと言わないでください」

「じゃなくて、転びそうで怖いって話だよ」

「ああ、そっちですか」


 いつでも言う機会があるのに……こんな他愛のない話ばかりしてしまう。


「……ちな? どうかしたか?」

「いえ、なんでもないです。じゃあ、明日からは一本奥にある広い道を走ってみませんか? 距離も伸ばせるし、一石二鳥ですよ」


 もしかして私は……彼に誕生日を祝ってもらえないことが――嫌、なんだろうか?

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