第143話 5月14日(悪くないかもしれない……)

 時計を見れば深夜過ぎ。

 これ以上悩んでも無駄だと思い諦めて寝ることにする。

 だが、部屋の雨戸を閉めに行った時――夜道に動く怪しい人影を見つけた。


(何あれ?)


 不審に思い目を凝らす。

 すると、人影はジャージを着た彼で……今まさにストレッチをしている所だった。



「……何やってるんですか、こんな夜中に」


 家を出て声を掛けた途端、彼は驚いて振り返る。

 まだ息を整えている最中で、運動の後だとわかった。


「それ、こっちの台詞だ」

「私は、突然深夜に幼馴染みが徘徊を始めたようなので、気になって様子を見に来ただけです」

「こら。徘徊じゃなくてランニングだよっ。それに突然でもないぞ。今日で二週間目だからな」

「……二週間?」


 彼の口からランニングと言う言葉が出たことも驚きだが……それより二週間という数字が気になる。


「……二週間前って、彩弓さんに振られて一週間かそこらの頃ですよね?」


 直後、彼の表情が固まった。


「もしかして……ランニングをはじめたきっかけ、彩弓さんですか?」


 くるりと、彼は私に背中を向ける。


「別れてすぐに会った時は、結構平気そうな顔してたのに……」


 そっと顔を覗き込むと、彼はなんともバツが悪そうで――、


「案外、引きずってたんですね、失恋」

「……ほっとけ」


 ――むっと唇を結ぶ様子がなんだかおかして、つい笑ってしまった。

 そして、声を殺しながら笑っていたから、てっきり怒られると思ったのだが、


「……なあ、ちな? 良かったら、一緒に走ってみるか?」


 予想に反して、彼は私を夜のランニングに誘う。


「一人だと寂しくて、夜に女子高生を連れ回したくなったんですか?」

「なんでそうなるんだよ」


 気恥ずかしさを誤魔化すため、つい悪態を吐いてしまった。

 でも、気になるからやっぱり誤魔化さずに訊いてみる。


「なら、何で誘うんですか? 私のこと」

「理由か? そうだな――」


 彼が私を誘った理由、それはなんとも、


「――そろそろ体動かしたいんじゃないかと思ってさ」


 なんとも、気軽なものだった。

 まるで、放課後に友達をカラオケに誘うような……軽い言葉。

 私は、部活をやめて――もう一年近く運動を避けて来たのに……そんな、気軽に誘う人がいますか?


「やめとくか?」


 電灯の明かりに照らされながら、彼は口元に笑みを浮かべる。


 夜のランニング。

 案外、悪くないかもしれない。


「……土曜日の、夜からでもいいですか?」


 差し伸べられた手を取った瞬間――胸の奥で、一つ枷の外れる音がした。

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