第143話 5月14日(悪くないかもしれない……)
時計を見れば深夜過ぎ。
これ以上悩んでも無駄だと思い諦めて寝ることにする。
だが、部屋の雨戸を閉めに行った時――夜道に動く怪しい人影を見つけた。
(何あれ?)
不審に思い目を凝らす。
すると、人影はジャージを着た彼で……今まさにストレッチをしている所だった。
◆
「……何やってるんですか、こんな夜中に」
家を出て声を掛けた途端、彼は驚いて振り返る。
まだ息を整えている最中で、運動の後だとわかった。
「それ、こっちの台詞だ」
「私は、突然深夜に幼馴染みが徘徊を始めたようなので、気になって様子を見に来ただけです」
「こら。徘徊じゃなくてランニングだよっ。それに突然でもないぞ。今日で二週間目だからな」
「……二週間?」
彼の口からランニングと言う言葉が出たことも驚きだが……それより二週間という数字が気になる。
「……二週間前って、彩弓さんに振られて一週間かそこらの頃ですよね?」
直後、彼の表情が固まった。
「もしかして……ランニングをはじめたきっかけ、彩弓さんですか?」
くるりと、彼は私に背中を向ける。
「別れてすぐに会った時は、結構平気そうな顔してたのに……」
そっと顔を覗き込むと、彼はなんともバツが悪そうで――、
「案外、引きずってたんですね、失恋」
「……ほっとけ」
――むっと唇を結ぶ様子がなんだかおかして、つい笑ってしまった。
そして、声を殺しながら笑っていたから、てっきり怒られると思ったのだが、
「……なあ、ちな? 良かったら、一緒に走ってみるか?」
予想に反して、彼は私を夜のランニングに誘う。
「一人だと寂しくて、夜に女子高生を連れ回したくなったんですか?」
「なんでそうなるんだよ」
気恥ずかしさを誤魔化すため、つい悪態を吐いてしまった。
でも、気になるからやっぱり誤魔化さずに訊いてみる。
「なら、何で誘うんですか? 私のこと」
「理由か? そうだな――」
彼が私を誘った理由、それはなんとも、
「――そろそろ体動かしたいんじゃないかと思ってさ」
なんとも、気軽なものだった。
まるで、放課後に友達をカラオケに誘うような……軽い言葉。
私は、部活をやめて――もう一年近く運動を避けて来たのに……そんな、気軽に誘う人がいますか?
「やめとくか?」
電灯の明かりに照らされながら、彼は口元に笑みを浮かべる。
夜のランニング。
案外、悪くないかもしれない。
「……土曜日の、夜からでもいいですか?」
差し伸べられた手を取った瞬間――胸の奥で、一つ枷の外れる音がした。
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