31‐6.暇潰しです
『えいえい、えいえい』
わたくしは、脇腹の辺りを、ルーファスさんに擦り付けます。
すると、シロクマ菌、もとい、わたくしの白い抜け毛が、良い具合に軍服へ付着しました。
よし、と内心頷き、作業を続けます。
『よいしょ、よいしょ』
「……おい、シロクマ。止めろ」
『このこの、このこの』
「止めろ。体を擦り付けるな。毛塗れになるだろう」
『塗れさせているのですよ、ルーファスさん。えいえい』
「止めろと言っているだろう。何だお前は。また尻が痒いのか?」
『お尻が痒いわけではありません。ただ、下半身はよく毛が抜けるので、重点的に活用しているだけです』
「……だから、擦り付けるのは止めろ。痒いならかいてやるから」
そう言って、ルーファスさんはわたくしのお尻へ手を伸ばしました。
すかさず後ろ足を振り上げ、蹴り飛ばします。
「お、お前……っ、いきなり何をするんだっ」
『何をするのだはこちらの台詞ですよっ。いきなり乙女のお尻を触ろうとするなど、何事ですかっ』
「お前が痒がっているから、折角かいてやろうとしていたのにっ。人の親切心に蹴りを食らわすとは、なんて失礼な奴なんだっ」
『誰がいつお尻をかいて欲しいなどと言いましたかっ。ご自分が勘違いしている癖に、わたくしを責めるなんてお門違いですよっ。えいえいっ』
「おいっ、止めろっ。暴れるなっ」
『このこのっ。どうですかっ。軍服がどんどん白くなって、とっても素敵ですよっ』
「だから、暴れるなっ。お前、このままだと落ちるぞっ。いいのかっ?」
『食らいなさいっ。ローリングシロクマアターックッ!』
スリングの中で、わたくしは横に回転しました。そうすることで、全身とルーファスさんの体が常に擦れ合い、結果抜け毛が見る間に軍服へと広がっていきます。
なんだか楽しくなってきました。
この調子で、どんどん白くして差し上げましょう。
『えいやぁぁぁーっ!』
わたくしは、一層回転速度を上げます。そうして、ルーファスさんの胸元を、シロクマ菌で溢れさせていきました。
すると。
「くそっ。いい加減にしろっ、このシロクマッ!」
不意に、体を締め付けられました。強制的に動きを止められます。
見れば、ルーファスさんが、わたくしごとスリングを押さえ込んでいるではありませんか。
『何をするのですかルーファスさんっ。早く放して下さいっ』
「落ち着けっ。一体何をしたいんだお前はっ。スリングの中で転がった所で、どこへも行けやしないぞっ」
『移動は出来なくとも、ルーファスさんにシロクマ菌を付けて遊べますっ。もうこの位しか暇を潰せることがないのですよっ』
「いいから大人しくしろっ。何故いきなりはしゃぎ出すんだっ。飲み比べをしていた時もそうだっ。少し待てばレオンもマティルダ隊長も戻ってくるのに、何故静かに出来ないっ」
『あの時とはまた状況が違うでしょうっ。昔の話を掘り返して文句を言うなど、器が小さいですよっ』
「こらっ、言った傍から暴れるなっ。何が面白いんだっ。ただ私の服に毛が付くだけではないかっ」
『それが目的なのですよっ。ルーファスさんの全身を、わたくしの毛で覆い尽くしてみせましょうっ。えいえーいっ!』
「だからっ! 尻を擦り付けるなっ! 痒いならかいてやると言っているだろうっ!」
『誰かぁぁぁーっ! 助けて下さぁぁぁぁーいっ! 被虐趣味疑惑の上級者予備軍が、どさくさに紛れて淑女のお尻を触ろうとしていまぁぁぁぁぁーすっ!』
「く……っ! お前っ、後ろ足は止めろっ! 前足でも腹が立つのに、後ろ足で蹴られると余計に腹が立つんだぞっ! 知らないだろうっ!」
そんなもの、知ったことですか。
わたくしは全力で叫びながら、一層後ろ足に力を込めます。ルーファスさんの掌を、ぐいっと押し返しました。同時に頭突きを食らわせて、白い毛を順調に軍服へと付けていきます。
「なんか、楽しそうだね、ルーファス君」
「本当にねぇ。あんなに尻尾振っちゃってぇ」
「きっとシロちゃんと戯れられて、嬉しいのですね」
補佐官の女性陣が、生温かな眼差しをこちらへ向けております。男性陣も、遠目から見守っていました。どなたも、わたくし達を止める素振りを見せません。
『補佐官さんっ、補佐官さぁんっ! あなた方の後輩を注意して下さいっ! 公然と痴漢行為を働こうとしていますよぉっ!』
「いいから黙れっ! 鳴き喚くなっ! 先輩方にご迷惑をお掛けするんじゃないっ!」
『迷惑など掛けておりませんっ! わたくしはただ、助けを求めているだけですっ!』
「あぁもうっ! だから、はしゃぐなと言っているだろうっ! いくらアピールした所で、私も先輩方も、遊んではくれないんだぞっ!」
『わたくしがいつ遊んで欲しいと言いましたかっ! いえ、ある意味遊んでは欲しいですけれどもっ! 暇潰しがてら何かしたいですけれどもっ! だからこそルーファスさんに、シロクマ菌を付けておりますけれどもぉっ!』
「マティルダ隊長だって、お前がいくら騒いだ所で戻ってはこないんだっ! そろそろ理解しても良いのではないかっ? そうして大人しく昼寝でもしていろっ!」
『お昼寝出来るならばとっくの昔にしておりますっ! ですが、肝心の眠気がやってこないのですっ! ならば他のことで気を紛らわすしかないでしょうっ!』
ギアァァァァァーッ! と気合の声を上げて、ローリングします。わたくしの体とルーファスさんの軍服が擦れる度、白い毛が散布されました。すかさず取り押さえられますが、それならばそれで体を蠢かし、足を暴れさせます。
シロクマ菌の拡大スピードは、止まることを知りません。胸元はいい感じに白くなってきましたので、次はお腹や腕を狙いましょう。
怒鳴られますが、気にしません。補佐官さん達もおっしゃっていたではありませんか。犬さんの尻尾を振っていると。口では止めろ止めろと言っていますが、本心ではもっとやって欲しいのです。被虐趣味疑惑の上級者予備軍の深層心理を、わたくしは把握しているのです。
なので、存分にルーファスさんで遊ばせて頂きます。
『よいしょおぉぉぉぉぉーっ!』
「いい加減にしろっ! このシロクマッ!」
そうして、ルーファスさんとの攻防を、いい時間繰り広げていますと。
「――ただいま」
不意に、執務室の扉が開きました。
見れば、わたくしの大好きな方が、部屋の中へ足を踏み入れているではありませんか。
『マティルダお婆様ぁっ!』
わたくしは、思わずスリングから身を乗り出します。
すると、またしてもルーファスさんに押さえられました。
『むっ、邪魔をしないで下さいルーファスさんっ! 折角のマティルダお婆様との再会なのですからっ!』
「いきなり飛び出そうとするなっ、危ないだろうっ! 私が止めていなければ、スリングから落ちていた所だったぞっ!」
『失敬なっ! そのような失態、わたくしがするわけないでしょうっ! きちんと気を付けていましたよっ!』
「いいから落ち着けっ! マティルダ隊長が帰ってきて嬉しいのは分かるが、だからと言ってはしゃぐんじゃないっ!」
『これがはしゃがずにどうしますかっ! 待ちに待った方がようやくいらっしゃったというのにっ!』
「だからっ! 危ないと言っているだろうっ! 怪我をしたいのかお前はっ!」
『お婆様ぁーっ! マティルダお婆様ぁーっ! お帰りなさいませぇーっ! お待ちしていましたよぉーっ!』
「分かったっ! 分かったからっ! マティルダ隊長の所へ連れていってやるからっ!」
前足を挙げて喜ぶわたくしに気付いて下さったのか、それとも、慌てながら尻尾を振るルーファスさんが目に入ったのかは分かりませんが、マティルダお婆様はこちらを振り返ります。
嬉しくて、一層声を上げれば、お婆様はいつものように優しく目を細めました。
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