25‐5.乙女の会合です
『――ご歓談中、失礼致します』
不意に、ひとりの子孔雀さんが、こちらへ近付いてきました。
『マリアンヌ代表。オリーヴさんへの指導が終了致しました。このまま放置していきますか? それとも、航空保安部の隊員さんの元まで連行しますか?』
『連行します。確か、騎獣体験コーナーを担当している隊員さんの中に、オリーヴさんの直属の先輩がいらっしゃった筈です。そちらの方に引き取って頂きましょう』
そう言うとマリアンヌさんは、頭の冠羽を揺らしながら、わたくしを振り返ります。
『では、わたくし達はこれで失礼しますわ。オリーヴさんにはきつく言い聞かせておきましたので、どうか許してあげて下さいな』
『あ、は、はぁ』
『もしまた何かやらかしましたら、すぐさまわたくし達を呼んで下さいませ。速やかに対処致しますから。オリーヴさん関連以外でも、困ったことなどがあれば、いつでも力をお貸ししますわ。どうぞお気軽にお声掛け下さい』
それでは、と青と緑の羽を翻すと、マリアンヌさんは、地面に倒れるオリーヴさんの元へ向かいました。すっすっと足を出し、まるで一本の線の上を歩いているかのように進んでいきます。優美、という言葉が、これ程似合う方は中々いらっしゃいません。
他の子孔雀さん達も、その場に佇んでいるだけですのに、何故か輝いて見えるのです。耽美さと可憐さを併せ持っている、とでも表現すればよろしいでしょうか。ロビン様の一挙一動も大変美しかったですが、他の孔雀さんまで同じような煌めきを纏っていらっしゃるのですね。
そうして、わたくしが思わず見惚れていると。
マリアンヌさんが、徐に片足で立ちました。手入れの行き届いた羽を軽く広げ、バレリーナの如く綺麗な一回転を披露します。
その拍子に、お尻の尾羽を、オリーヴさんの顔面へ叩き込みました。
「あぁんっ!」
恍惚とした声と共に、オリーヴさんは身悶えます。
そんなオリーヴさんを、マリアンヌさんは見下ろしました。
『行きますわよ、オリーヴさん。さぁ、わたくしについてきて下さい』
長いまつ毛で縁取られた目を、つと細めると、マリアンヌさんはクワァーと踵を返します。それから、
『皆さんも、参りましょう』
と、先程オリーヴさんをタコ殴りにしていた子孔雀さん達へ、軽く視線を流しました。
すると、子孔雀さん達は一糸乱れぬ返事をし、その場でターンを決めます。各々オリーヴさんへ尾羽をぶつけてから、マリアンヌさんの元へ集まりました。マリアンヌさんを先頭に、胸を張って歩き出します。
「ま、待ってぇ……っ」
子孔雀さん達の後ろを、オリーヴさんがよたよたと付いていきます。頬を紅潮させて、非常に幸せそうにお顔を緩ませていました。心なしか、縦ロールにされた髪も、はしゃぐように跳ねている気がします。
遠ざかる背中を見送り、わたくしの口から、つと溜め息が零れました。安堵のような、感嘆のような、何とも言えぬ音を奏でます。
取り敢えず、危機を脱したようです。
オリーヴさんはマリアンヌさんが引き取って下さいましたし、しばらくはこちらへやってくることはないでしょう。例えやってきたとしても、子孔雀さん達が力を貸して下さるようなので、わたくしの身の安全は保証されたも同然です。
それもこれも、ロビン様があらかじめ手を回して下さったお陰です。本当にありがたいです。もし休憩用の広場でお会いすることがあれば、必ずやお礼を言いにいきましょう。
子孔雀さん達にも、改めてお礼をお伝えしたいですね。マリアンヌさんには既に言いましたが、他の方もオリーヴさんをタコ殴りにして、わたくしを助けて下さったのですもの。皆さんがこちらへ戻ってきた際にでも、声を掛けてみましょう。
『……つ、ついでに、ロビン様のお話やなんかも、聞かせて頂けたりは、しないでしょうか……』
高望みはよろしくないと思う反面、ほんの少しだけ、そのような期待を持ってしまいます。
い、いえ。勿論、そもそもの目的は感謝を伝えることだと、分かっていますよ? いますけれども、その後の話の流れで、ロビン様の普段のご様子などを、たまたま耳にしてしまう、なーんてことも、無きにしも非ずと申しますか、そうなってしまう可能性も、ゼロではないと申しますか。
『ま、まぁ、あくまで、世間話の延長線上ですからね。必ずしも、ロビン様の話題が出てくるというわけでも、ないですしね』
おほほ、と誰に向けるでもなく微笑むと、わたくしは、さり気なく身なりを整えます。そうして辺りを窺いつつ、子孔雀さん達の帰りを、今か今かと待ち侘びるのでした。
『――そ、それからっ? それからロビン様は、一体どうされたのですかっ?』
思わず前にのめるわたくし。子孔雀さん達も、黒目がちな瞳をきらきらと輝かせながら、マリアンヌさんを見つめます。
視線を一身に集めるマリアンヌさんは、ゆったり目を細めると、徐に眦を凛々しく吊り上げました。
『ロビン様は、迫りくる悪漢達を睨め付けるや、おみ足を振り被り、ひとり、またひとりと、倒されていきました』
その時の様子を再現するが如く、マリアンヌさんは気合の声と共に、細い足で架空の敵へ攻撃を食らわせます。まるで演舞のような華麗な体捌きに、思わず見とれてしまいました。
『あっという間に、相手は全員地へと伏せます。立っているのは、ロビン様ただおひとりとなりました。ロビン様は、乱れた羽を整えると、悪漢達を見下ろします。そうして、こうおっしゃいました』
マリアンヌさんは、頭の冠羽を揺らしながら顎を持ち上げ、くちばしを開きます。
そうして。
『……“レディを悲しませるなんて……君達、男の風上にもおけないね”』
ロビン様の真似をしつつ、そうおっしゃいました。
途端、辺りから一斉に黄色い声が上がります。
わたくしの口からも、これでもかと大きな悲鳴が飛び出しました。
『きぃやぁぁぁぁぁーっ! す、素敵ですぅぅぅぅぅぅーっ!』
『そうでしょうっ、そうでしょうシロさんっ! わたくしも、ロビン様の勇姿をこの目に映した瞬間、もう痺れてしまいましたわっ!』
『痺れますっ! これは痺れますねっ! あぁっ、なんて格好良いのでしょうっ! 流石はロビン様ですっ! 特に、困っている女性を背に庇い、立ち塞がった所など、もう……っ!』
『分かりますわよっ! 最高ですわよねっ!』
『えぇっ! 最高ですっ! 正に王子様ですっ!』
きゃいきゃいと盛り上がるわたくし達。その勢いは、まだまだ留まる素振りを見せません。なんせ、ロビン様の話題ですもの。尽きるわけがございません。どなたかが話し終えれば、すぐさま別の方が話を始めます。
わたくしも、初めてロビン様とお会いした時のお話をさせて頂きました。他の方に比べたら大した内容ではありませんでしたが、皆さんは喜んで下さいました。
曰く、子孔雀さん達はまだ研修生、つまりは、見習いという立場なので、任務中のロビン様のお姿を見る機会はあまりないそうです。ですので、現場でのロビン様の様子を知れて、とても嬉しかったのだとか。
あぁ、良かったです。わたくしの話で楽しんで頂けたのは勿論ですが、わたくしの知らない普段のロビン様のお話が聞けて、もう胸が一杯です。恥を忍んで、ロビン様のお話を聞かせて頂きたいとお願いした甲斐がありました。
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