10‐4.妹さんがもう一人です



「あ、そうです」



 不意に、ジャスミンさんは、何かを思いついたかのように表情を明るくします。



「シロちゃん。これからね、ミンの護衛を、紹介してあげますね」



 そう言ってジャスミンさんは、自分の護衛としてついてくれている女性陣を、一人一人わたくしに教え始めました。ジャスミンさんの拙い言葉と、捕捉のように繰り返される護衛さん当人達の自己紹介に、わたくしは耳を傾けます。




「――それで、最後にこの子が、ラナって言うんですよ」




 女性陣の中で、一番年若い方が前へ進み出ました。動物の耳と尻尾が、ぴょっこり生えています。しかし顔は人間仕様ですので、恐らくレオン班長と同じ、人間と獣人のハーフなのでしょう。



「どうもどうも。王宮警邏けいら近衛このえ隊の、ラナでーす。初めましてシロちゃん。お兄ちゃんがいつもお世話になってまーす」



 ひらひらと振られた手に、はて? と首を傾げます。

『お兄ちゃんがいつもお世話になってまーす』、とは、一体どういうことでしょうか?



「あれ、もしかして、ピンときてない感じかな? ほらほら、見てよこの耳と尻尾。うちのお母さんとそっくりでしょ? シロちゃん、お母さんのこと好きだもんね?」



 いえ、好きだもんね、と言われましても……。

 わたくし、どのような反応をして良いのか分からず、ついついジャスミンさんへ助けを求める視線を向けてしまいました。



「ラナは、シロちゃんのこと、知ってるんですか?」

「そうなんですよー。会ったのは今日が初めてなんですけどね。でも、話には聞いてたんです。『とても毛並みの美しい、大人しい子だぞ』って、うちのお母さんから」

「シロちゃん、ふわふわですもんね」

「そうですねー、ふわふわですよねー。ようやく実物が見れて、私も嬉しいですよ。もううちのお母さん、毎晩のように通信してきては、ずーっと自慢してくるんですから。初孫に浮かれるお婆ちゃん丸出しですよ。困ったもんです」



 溜め息を吐くラナさんに、ふと引っ掛かりを覚えます。


 なんだが、聞き覚えのあるフレーズが聞こえたような。


 しかもよく見ると、ラナさんの耳と尻尾の形は、どことなく見覚えがあるような。



「お兄ちゃんはお兄ちゃんで、淡々と写真を送ってくるんですよ? それで私が『いいなー、私も会いたいなー』って言うと、得意げににやってするんです。本当むかつきますよ、あの眉なしマフィア顔。その面でもふもふ好きってどういうことだって話ですよね」



 あらあら? またしても覚えのあるフレーズが聞こえました。

 特に、眉なしマフィア顔、という部分は、思い当たる人物が二人おります。



 というか、わたくし、ラナさんという名前自体、聞いた覚えがありました。



 加えて、度々引っ掛かる単語と、ラナさんの耳と尻尾の形状から、導き出される答えは、一つです。



「ま、でもお蔭で、お兄ちゃん秘蔵の写真をゲット出来たんで、いいんですけどねー」


 と、ラナさんは、懐から掌大の機械を取り出しました。ちょいちょいとボタンを操作すると、画面へ何かを表示します。



 そこには、わたくしが映っていました。

 背景から察するに、特別遊撃班の船内で撮られた写真のようです。



 ラナさんがボタンを押す度、写真が切り替わっていきます。その都度現れるわたくしと、わたくしの背景、そして、時折見切れている特別遊撃班の班員さん達や、マティルダお婆様の姿に、確証を得ました。



 ラナさん。あなたは――




『――レオン班長の妹さんですね?』




 わたくしの推理に、ラナさんは、正解、とばかりに笑いました。



 成程。そうと分かれば、色々と思い当たることがあります。マティルダお婆様が、度々通信機でお話されている姿を見ますし、普段の会話の中でも、ラナさんの名前は時折出てきます。

 お仕事の関係で、しばらくご実家に戻れないと聞いておりましたが、こうしてお会い出来て、わたくしとても嬉しいです。



『ラナさん、はじめまして。わたくし、シロクマのシロと申します。いつもラナさんのご家族にはお世話になっております。一生面倒を見て頂く予定ですので、これからも末永くよろしくお願い致しますね』



 丁寧にご挨拶をすれば、ラナさんは


「おー、お母さんから聞いてた通り、警戒心のない子だねー」


 と頭を撫でてくれました。


「いや、警戒心がないっていうより、人懐っこいのかな? もしくは、自分以外の生き物は優しいもんだって思ってるのかも。うーん、別にそれでもいいんだけどね。だからって、誰彼構わず信じちゃ駄目だよ? 世の中には悪い奴もいるんだから。ジャスミン様もですよ? 知らない相手にお菓子をあげるって言われても、ついていっちゃ駄目ですからね?」

「しないですよ。ついていっちゃうのは、ラナでしょ?」

「えー、違いますよー。私は、知ってる相手にしかついていきませんもーん」

「ミンだってそうですよ。知らない人から、お菓子貰ったりしませんもん」

「おー、素晴らしいですねー。それでこそドラモンズ国の王女ですよー、ジャスミン様ー」


 えっへん、とばかりに胸をはるジャスミンさんに、ラナさんは拍手を送ります。微笑ましい限りです。

 ですが、わたくしだって、知らない相手にお菓子を差し出されても、ついていきませんからね。そもそもわたくし、まだミルク以外は食べられませんので、お菓子に魅力を感じません。

 警戒心だって、それなりに持ち合わせております。誰彼構わず信じる真似もしませんよ。わたくし、こう見えて精神年齢は高めなのです。



 まぁ、ですが、万が一わたくしが攫われたとしても、レオン班長がすぐさま駆け付けて下さるでしょうから、大丈夫です。



 なんせ、わたくしの首輪には、発信機が付いているのですもの。



 わたくしも知らなかったのですが、数日前、マティルダお婆様がレオン班長に無断でわたくしを連れ出した際、発覚したのです。



 ピコーンピコーンと鳴る機械を片手に、レオン班長が空から降ってきた時には、何事かと思いました。どうやらわたくしが誘拐されたと勘違いしたらしく、レーダーで追跡しながら、屋根の上を走ってきてくれたようです。



 肩で息をするレオン班長の姿に、わたくし、感動してしまいました。普段、特別遊撃班の船を攻撃されても全く動じないレオン班長が、これ程取り乱すだなんて、思ってもみませんでした。そこまで大切にして下さっているのかと、ときめきさえ感じましたね。

 なので、感謝の気持ちを込めて、これでもかとぺったり張り付きながら、顔をうりうり擦り付けておきました。お蔭でレオン班長もご機嫌です。


 但し、マティルダお婆様に対しては、しばらくツンツンされていました。

 わたくしを無断で連れ出した件は、相当許しがたかったようです。




“紹介は終わったか?”



 ふと、これまで静観していたアルジャーノンさんが、ジャスミンさんへスケッチブックを見せます。

 ジャスミンさんは、元気一杯に頷かれました。



“そうか。では、そろそろ遊ぼう。何をする?”

「んっとね、えっとね」



 ジャスミンさんは、真ん丸なお目目をキラキラさせながら、やりたいことを指折り上げていきます。

 そんな無邪気なジャスミンさんを、アルジャーノンさん達と一緒に、わたくしは温かく見守りました。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る