第2話
アセロラが好きだった。でも、アセロラがどういう食べ物なのかは、実物を見たことがない。
こうやって野菜を探していても、結局、アセロラは見つからなかった。メジャーな野菜ではないのかもしれない。
いつも通り野菜を買って、部屋に戻る。今は仕事の関係で、ホテルではなく部屋をひとつ借りていた。タワーマンションの、下のところの階。最上階には仕事の関係者が住んでいるらしく、賃貸など諸々の経費は無料だった。ただ、仕事からは逃げられない。
「おかえり。アセロラはあった?」
「ただいま。野菜コーナーにアセロラは売ってなかったよ」
彼女。机の上に腰かけて、煙草を吸っている。偽物の、身体に害のないミント味のやつ。
「いまごはん作るよ」
「はらへったなあ」
彼女。自分と出会う前は、どんな食生活だったんだろうか。
キッチンに立って。
包丁を持つ直前。
彼女が、立ち上がる気配。
素早く目の前に現れて。
わずかにキス。
「ただいまのキスがねえぞ?」
「うん。ごめん。ただいま」
包丁で軽く威嚇。
「ひええ」
彼女。左手をひらひらさせながら、机にまた腰かける。鎖の、擦れる音。
手早くごはんを作り、彼女の座っている机の空いているところに置いていく。全てできあがって、自分が椅子に座ってから。彼女は、机の上に座ったまま、ごはんを手にとって食べはじめる。
「いただきますは?」
「いらんよ。そんなもん。勝手に食う」
ただいまのキスは要求するくせに、いただきますは言わないのか。
まあいい。ごはんを食べると、だいたい彼女は。
「おお。うまい。うまいうまい。おいしい」
こうやって、美味しそうに食べるから。それで充分だった。
「チェイン。そろそろ仕事するよ」
「おいアクセラ。食事中ぐらい仕事の話は」
「いいや。だめだね。昨日だって、俺が仕事の話をしようとしたらのしかかってきたじゃないか」
「精子が欲しかったんだよ。仕事よりセックスだろ」
「いいや仕事が先だ」
「わかった。ごはん食い終わったら聞くから。それにしてもうまいな。ごはんがおいしい」
「よかったよ」
彼女。きっと、食べるだけ食べて、食べ終わったらお昼寝するのだろう。
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