忘却の鍵と消えた女

目箒

第1話 秘密の鍵屋

 その鍵屋には秘密がある。

 表向きは合い鍵作成だが、その裏の仕事は「秘密を守る鍵」を売る店だ。


 夫が可愛がっている、私によく似た息子は不義の子で、それを知られたくない。

 友人がなくしたと思っている上着は自分が借りたまま持っているが汚損した。とても言い出せない。

 母はもう長くないが、本人に告げることは絶対にできない。黙っていたい。でも耐えられない。


 そんな、人に知られたくない秘密に鍵を掛け、守り続ける。それがこの鍵屋で作られる。

 店主は長い亜麻色の髪を無造作に束ねた女性で、40歳に近いと思われる見た目をしている。首にはいつもペンダントらしい、金色の鎖を掛けていた。その先についている飾りは誰も知らない。服の中にしまっているから。とは言え、彼女を訪ねてやってくる人たちは、皆自分の秘密で手一杯だから、彼女の格好なんかに気を回している余裕はない。


 店を訪れて、もじもじしている客を見ると、彼女は優しく微笑み掛けて、

「秘密をお持ちですか?」

 できるだけ柔らかく尋ねた。そうすると、相手はおずおずと頷き、小さな声で秘密を告白しようとするのだ。次に誰が入ってくるか分からない店頭で! だから、彼女はその唇に人差し指を近づけて秘密を遮る。ドアに「支度中」の札を掛けて施錠し、地下室に招くのだ。ひんやりとした地下室には窓がない。あかりは蝋燭の灯火だけ。壁には、手を組んで祈りを捧げる聖女の絵画が掛けられていた。人々に忘却されてもなお人類の平和を祈っている。


「では、お話を」

 その聖女と同じ姿勢で、彼女は客から話を聞く。書き留めることはしない。声以外で残してしまっては、他者に知られてしまう可能性があるからだ。全て彼女の心に留めておく。

 聖女が見守る地下室で、客はぽつぽつと自分の秘密を打ち明けた。第三者から見れば、なんだそんなことか、と言う様なものから、もし知らない人が聞いたら、すぐに司法へ訴え出てしまうようなものまで様々だ。


 蝋燭が短くなっていく。光の加減が変わり、照らされる聖女の表情も変わっていく。蝋燭に灯る炎は空気を食べてしまうので、上階に続く空気取りの窓は開いていた。けれど、繋がっている上の店の戸は固く閉ざされているので、これが聞かれることはない。尤も上に誰かいるとして、この部屋で密やかに語られる話が聞こえるとも思えないが。


 客の秘密をすっかり聞いてしまうと、彼女は頷いた。そこで金額を提示、支払いをしてもらう。

 料金は一律だ。秘密の大きさに準じて材料が変わるわけではない。それもあって、彼女は秘密の鍵の制作料を全て同じにしていた。あまり安いと信用されないのと、時として高い材料が入り用になることもあるので、装飾品としてはかなり高額ではある。

 装飾品。存在するどの鍵穴にも挿さない鍵など、飾り以外になんと言えるだろう? この秘密の鍵は、鉱石も飾られる。何も知らない人は鍵型のアクセサリーと思うことだろう。

 ただ、それが何だか分かっている本人からしたら、破格と言って良い値段だった。金額を理由に断られたことは一度もない。

 断ってくるのは、罪の大きさを自覚し、裁かれないことが怖くなった人間だけだ。


「できあがったら、鍵店からご連絡します。よろしいですね?」

 大体、制作には1週間から1ヶ月ほどかかる。これだけ幅があるのは、秘密に応じて形状や石を飾る場所が異なるから。どのようなデザインになるかにもよる。連絡先は書き留めた。

 客を帰してしまうと、彼女はデザインを簡単にスケッチして、普通の合い鍵を求める客の為に店を開けた。

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