第4話:国境攻防戦

 ドワーフ族は『コロウ関』の東に大小10を超える砦を建築していた。コロウ関を中心に兵を供給することにより、砦群もまた、なかなかに厄介な存在となり、徐々にだがニンゲン族の支配地を侵奪していたのである。もし、エルフ族がニンゲン族を諫めてなければ、その砦の奪取に向かって年がら年中、ドワーフ族とニンゲン族は戦争をしていただろう。


 しかしながら、数年に一度は小規模な衝突があり、その衝突の原因を作ったのはドワーフ側からのほうが圧倒的に多かった。コロウ関が建設されてから180年過ぎているわけだが、そこからニンゲン族の領地までの道すがら、商人たちは心胆寒かしらみながら、通行しているのが現状であった。


 その商人がドワーフ族であれば、何も問題なくニンゲン族の領地まで入ることが出来た。だが、逆の場合は各々の砦が関所代わりとなり、通行税を取られることとなる。それゆえに、ドワーフ族から外へ出るのは問題無いが、ドワーフ族の領地に入る場合は高い税を払わせられることとなり、ニンゲン族とエルフ族は不平等すぎると散々に文句を言ってきていた。だが、ドワーフ族の代々の国王はその声をあからさまに無視しつづけていた。


 ドワーフ族の国王たちがそんな横暴な態度に出れたのは、自分たちが作る武具に圧倒的自信を持っていたからだ。誰でも扱いやすく、そして武具自体の質も良い。そして、客ごとのカスタマイズにも文句ひとつ言わずにこなしてくれる。だからこそ、エルフ族・魔族・亜人族はドワーフ族が製作する武具に頼りっきりになってしまっていた。


 それに唯一抗ったのがニンゲン族である。彼らはヤマダイ武具を開発し、鉱物資源の少なさを竹や動物の革などの動植物で補うこととなる。だが、金属製でありながらも、さらに軽めの武具を大量生産するドワーフ族には到底かなわず、ヤマダイ武具はニンゲン族のみで扱われることとなる。


 ドワーフ族とニンゲン族の確執は領地のせめぎ合いだけでなく、商売においても天敵同士であったのだ。この確執が先日の選帝侯会議を経て、ついに爆発するに至る。ニンゲン・エルフ連合軍は勃発したいくさを『聖戦』と名付ける。だが、攻められる側のドワーフ族は『侵略』だと、魔族・亜人族に向けて、ニンゲン族とエルフ族の蛮行をおおっぴらに宣伝しはじめたのだ。


 しかし、最前線の砦に籠るドワーフ族の兵たちにとって、それはどうでもいいことであった。敵が眼前まで攻め寄せてきている。しかも、その軍列は地平線の彼方まで続いているかのように見える。いったい、ドワーフ族相手にいくらの兵を動員したのかと、取り急ぎ、情報をまとめることとなる。そして、日に日に2つの砦を囲む敵兵が増えて行き、ドワーフ族の最前線の兵たちの士気は見る見る下がっていく。


 だが、それでも砦を護る二将は降伏だけはしなかった。それぞれの砦には3000~5000の兵が詰めていた。少しでも時間を稼ぐことにより、本国からの救援が向かってくれるのを待っていたからだ。この最前線の2つの砦が落とされようとも、後ろにはまだ8つ以上の砦が控えている。そして、ドワーフ族の心を支えていたのは山間にそびえ立つ『コロウ関』であった。


 『コロウ関が落ちる時、ドワーフ族は滅びる』とドワーフたちの中で言われるまでに、かの巨大な関所はドワーフ族たちの精神的支柱となっていた。そして、それを攻略せねば、ニンゲン・エルフ連合軍の勝利は無い。その前哨戦として、国境線を決定している2つの砦で戦闘が開始されることとなる。


 14万もの大軍を率いるニンゲン・エルフ連合軍はそれぞれの砦に合わせて6万の兵を派遣する。ニンゲン族からは2万。エルフ族からは4万だ。砦や城を落とすには、詰めている兵の3倍以上を有していなければならないという兵法の基本を用いて、かの2つの砦を包囲したのであった。


 そして、ドワーフ族にとって皮肉なことに、砦に向かって放たれる直径1ミャートルの岩を放つのは、ドワーフ族が造って、各国に売りさばいた投石器であった。その投石器はテコの原理を用いたモノであり、片方を兵士100人が一斉に引っ張り、シーソーの反対側に乗せられた岩が放物線を描きながら、砦の壁面を穿つ。砦に岩がぶち当たると共に落雷かのような轟音が鳴り響き、ドワーフ族の兵士たちはその身を縮み上がらせることとなる。


 だが、それでもドワーフ族の兵士たちは1人たりとて、その砦から逃げ出すことはなかった。次々と頭上から降り削ぐ直径1ミャートルの岩の雨にさらされながらも、恐怖と闘い続けていた。左手に盾を持ち、右手に長剣ロング・ソードをしっかりと握りしめ、直にこの場へ殺到するであろうニンゲン・エルフ連合軍と真向勝負をする気で満々だったのである。


 混戦になってしまえば、エルフ族は得意とする魔法攻撃を使用することが出来ないのはある意味、常識であった。だからこそ、いくら砦を岩で削られようが、抗うすべはまだあるとドワーフ族は信じていたのだ。だが、そんなことはニンゲン・エルフ連合軍も読んでいた。だからこそ、散々に投石器に『岩だけ』を乗せて、砦に向かって放っていたのである。


 ニンゲン・エルフ連合軍が投石器を用いて、ふたつの砦を攻撃し始めてから、早3時間が過ぎようとしていた。そして、同じような時間に、ふたつの砦の壁と門が散々に降り注ぐ岩により崩壊する。砦に籠り続けたドワーフ族はいよいよ決戦がおこなわれると思っていた。


「処女のように身持ちの硬い砦が、淫靡に股をおっぴろげやがったでごわす! それ、今だ! 衝車をつっこませるでごわす!」


 ニンゲン族の軍師であるカンベー=クロダが一軍に指示を飛ばす。その軍を率いていた将が衝車を持って来いと兵士たちに指示を飛ばす。衝車を軍馬で引かせ、発進のための加速度として利用する。そして、衝車が動き出すと同時に、軍馬と衝車を繋いでいた皮ベルトをカタナで切り飛ばし、続けて、兵士1000人が衝車を横や後ろから押し込み、大きく開いた壁穴に向かって、突っ込んでいく。


 そして、衝車の上に乗っていた兵士数人が、衝車の上に覆いかぶさるように載っている藁に桶を使って真っ黒なアブーラをまき散らす。衝車全体が真っ黒に染まっていき、準備は出来たとばかりに衝車の上に乗っていた兵士たちが草むらへ飛び降りる。兵士たちはウオオオッ! と雄叫びを上げながら、まっすぐに壁穴に向かっていく。


 彼我との距離が300ミャートル、200ミャートルと縮まっていく。そして、100ミャートルを切ったところでその衝車に松明が投げ込まれることとなる。それはまるで火牛のようであり、身体中から業火を巻き上げながら、猛然と突進していく。


「今でごわす! 投石器に乗せている火薬玉の銅線に火を着けるでごわす! 火薬玉を散々に投げ込んでやるといいのでごわす!」

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