お題【終わりよければすべてよし】をテーマにした小説

 遥か未来、地球は運命の分岐点にあった。西暦3000年代になってから表面化した環境、人口、その他諸問題とそれを解決できない大国への不満が爆発。全国家を統合し一つの意志によって地球を運営するべきと主張する過激派組織は今や大国レベルの規模に拡大し、世界中で争いを繰り広げていた。


「思えば、遠くへ来たものだな……」


 透明な天井から星空が覗く室内、さらりとした金髪を靡かせて若い女性が小さなティーテーブルに座っている。彼女の名はローリエ。過激派組織地球統合軍首魁の一人娘にして最も多くの作戦を成功させた英雄である。


「まったくだな。まさかこんなことになるなんて」


 対面に座るのは銀髪の男性、地球国家連合の若き英雄、ジュリアンだ。二人は今武器も持たず味方も連れず、地球そのものを滅ぼさんとする争いに終止符を打つための会談を行っていた。


「結果として地球を一つにする、という君たちの目的は達成されたと言ってもいいんじゃないか?」


 ジュリアンはできるだけ軽薄そうな笑みを浮かべて様子をうかがう。ローリエは眉ひとつ動かさずに応答する。


「ああ、そうだな。あとはお前たちが折れてくれればそれでいいんだが」


「冗談は通じない、か」


「当然だ」


 ローリエはじっとジュリアンを睨みつける。


「冗談で済む時点はもう通り過ぎてしまった。せめて今から10年、いや3年前にこの会談が実現していればここまでは……」


 そこまで言うとローリエは言葉を切り、窓の方を見つめる。窓の向こうにはいくつもの戦艦がこちらに照準を向けているのが見える。例えこの会談がどのような結末に終わろうとも最悪の場合敵軍の英雄だけは殺せる。そういう態度を隠すことさえしない。


「阿呆だとは思わないか?こんな状態でマトモな話し合いなどできるわけがない。そんな単純な理屈さえ、理解できるのはもう私達だけだというのか?」


「……地球に住む無辜の市民たちは今にでも戦争が終わることを祈っている。上層部だけがおかしくなっているのだと、僕は信じたい」


 沈黙が流れる。ローリエはティーカップを取り紅茶を一口だけ飲み込むと、かちゃりと大きめの音を立ててソーサーの上に置いた。


「知っているか?私はお前のことが好きだったんだよ」


「知ってる」


 短く、強く、ジュリアンはまっすぐローリエを見つめて言い切る。ようやく二人の目が合った。


「きっと惚れたのは僕の方が早い。旧ワシントンシティの喫茶店で初めて会った時にはもう一目惚れしていたんだからね」


「それはいくら何でも早すぎる。私は3回目、オーストラリア攻略戦の時がきっかけだが、それくらいが普通だろう」


「いやいや、戦場で会った敵に惚れる方が普通じゃないって」


 この時だけは、と年頃の少年少女のように笑い合う。きっとこれから先こんな風な時間は無いのだと知っているから。いや、そもそもここしばらくの間で一瞬でも笑った時があっただろうか。


「ねえ、ローリエ。一つだけ答えてくれ。君達は、君は、戦争がしたいのか?」


「まさか」


 ローリエは残った紅茶を一気に飲み干すと、うってかわって真っすぐにジュリアンを睨みつける。


「戦争なんてしたくない。そうせずに済むならば越したことは無い。確かに我々は戦争を仕掛けた側だが、そうしなければいけないほどこの星が追い詰められているという父上の主張が間違っているとは思わない。だが、聞く耳を持たなかったのは連合の方だろう?」


 誰かに言わされているのではない。彼女の言葉で語られる彼女の意志。


「良かった。戦争を避けられるならば避けた方がいい、という点において僕たちの意見は一致してるみたいだね」


「ああ。それじゃそろそろそれ以外の部分をすり合わせるとしようか」


 名残惜しそうにローリエは呟く。この話し合いが終わった頃にはきっと二人とも死んでいる、その前に最低限、人類を絶滅させないための条件を見つけなければいけない。軌道エレベーターに乗り込むよりずっと前から固めていた決意を新たに思考をクリアにする。

 

「その前に確認だ。ここの安全性は確かだったよね?」


「ん?ああ、その通りだ。会談が終わるまではバリアで守られて戦艦の主砲も届かない。通信に関しても仮に緊急通信だろうと一度こちら側で許可しなければ届かないし、許可を出すまでは盗聴の心配もないはずだ」


 周知されているはずの取り決めを改めて確認したジュリアンが何を考えているのかはわからないが、とりあえず自分の知る範囲で確認する。


「そっか。それじゃあ一つ約束してほしいんだけど」


「約束?何をだ?」


「うん。これから僕がやることを墓場まで持って行って欲しいってことさ」


 そう言うとジュリアンは、いつの間にか握っていたスイッチを押した。何が起こったのかを知ったのは数分後だ。緊急通信を告げるベルがけたたましく鳴り響き、外に見えていた艦隊は一斉に同士討ちを始めている。


「お前、いったい何をした?」


「あー、いろんなシステムをハッキングしてね?地球国家連合こっち地球統合軍そっちもまとめて、全部吹き飛ばしてる。このステーションはバリアで守られてるから、あと24時間も待っていれば片付いてると思うよ」


「……は?」


 何を言っているのかわからない。私を暗殺しようだとか統合軍の基地に総攻撃とかならまだわかるが、何故こいつは自分の味方まで攻撃している?


「なんでかわからないって顔だね。でもごめん、キミも言った通り事態は既に手遅れと言っていいレベルだったから、可能な限り人的損失を抑えた上で両軍の戦闘を終結させるにはこれしかなかったんだよ。両軍ともに指導者とか幹部は大勢死ぬだろうけど、民間人は生き残るように計算してある。兵士は……どうだろうな。全員ではなくても沢山は死ぬか」


「答えになっていない。戦争を終わらせるにしても取れる手段はまだあったはずだ。こんな方法を取ればそれこそ世界がどうなるか――」


 脳裏を埋め尽くす困惑は


「————————ッ!!!」


 口づけという、さらなる困惑で塗りつぶされる。


「愛した女とこの世界と、どっちかって言ったら前者を取る。どうにも僕はそういうタイプの男だったらしくてね」


「イカレている……」


 心の底から出た言葉。ただし、言葉とは裏腹に私の口角は上がっていた。


「だがどうやら……私もそういうタイプの女だったらしいな」


 ローリエの言葉を聞いたジュリアンは満足そうに笑みを浮かべる。


「それじゃ、のんびり見守ろうか」


「そうだな、ようやく全部が終わったんだ」


 艦隊だけでなく地球にも向けて放たれる砲撃とミサイル。流れ落ちる光のシャワーを見つめながら、ローリエは安らかに呟いた。


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