お題【バイオテックトナカイ】をテーマにした小説
ある年の12月1日、拾参號サンタクロースである
――引退、誰も口に出さないが、他ならぬ拓郎自身がその二文字を浮かべていた。そんな拓郎につい先日連絡があった。「相応しいトナカイを用意する」の言葉と、今まさに拓郎がいる謎の施設の場所だけを記載した矢文。怪しいとは思ったが、そこに刻まれた全世界サンタクロース協会の公式文書を意味する紋章が、拓郎から無視という選択肢を奪ったのだ。
「ここか」
長い長い階段を降りた先には小さな鉄製の扉がある。罠の気配はおろか鍵が付いている様子もない。拓郎が扉を開いた先には暗く、倉庫を思わせるような大きい部屋が広がっている。中には痩せた白衣の男が1人立っており、拓郎に気付くと慌ただしく駆け寄ってきた。
「お待ちしておりましたよ惨様!ああ、失礼私はサンタクロース協会に所属する技術者にしてバイオテック課バイオテックトナカイ係の係長、
甲高い声で自己紹介する樅木に対して拓郎も短く挨拶を返す。同時に、ここに呼ばれた目的が理解できた。バイオテックトナカイ、それはバイオテクノロジーが産み出した野生のトナカイを超えた能力を持つトナカイ。トナ・カイザーⅦ世に代わる新たなトナカイとしてバイオテックトナカイを与えるべく協会が拓郎を呼び出した、そういうことだろう。
「すまないが、私は……」
「ええ、ええ!存じております!嘗て貴方の相棒であったトナ・カイザーⅦ世は初代トナ・カイザーの血を色濃く受け継ぐエリートでありました!それに代わるトナカイなど……とお思いでしょう!しかし!全世界1万人のサンタの中で拾参號にまで上り詰め、更に単純な戦闘力で言えば一桁台のサンタにも匹敵すると言われた惨様という逸材を協会が手放したくないのもまた事実!どうか、どうかここは協会の顔を立てると思ってバイオテックトナカイ達を一目見ていってくれないでしょうか!」
早口で捲し立てる樅木を前に拓郎は口ごもる。事実として樅木の言うことはもっともだ。クリスマスを目前に控えた今の時期、協会としてはなるべく人材を失いたくはないだろう。トナ・カイザーⅦ世を失ってすぐサンタ免許を返納しなかった自分にも責任の一端はある。そう考えた拓郎は静かに首肯した。
「ありがとうございます!それではまずこちらからご覧ください……試作ナンバー1!トナベロス!!!」
樅木がそう叫んだかと思うと、暗かった室内の一角にスポットライトが当たる。灯りの中には大きな金属製のシャッターがあり、轟音と共に開いていく。完全に開き切った後、ゆっくりと現れたのは高さにして凡そ5メートル、その巨体を支えるに相応しい丸太のような四肢と三つの首を持った巨大トナカイだ。
「ほう、
拓郎は巨大な三つ首トナカイ、トナベロスを隅から隅まで見回す。まず目につくのはやはりその大きさだ。一般的なトナカイは2メートル前後だが、これはその倍以上ある。かつての相棒であるトナ・カイザーⅦ世も大きかったが、それでも3メートル程度。拓郎の知る最大のオーガニックトナカイは捌號サンタクロースであるジョージ・サンタースの相棒、ドナカイ・トランプだったが、それより更に大きい。
「まずは惨様のパワーに合わせるべく、巨体に調整しました。そうすると今度はエネルーと肉体を動かすための思考能力も必要になったため、頭を増やしました。シンプルですが……あ、惨様!?」
樅木の静止も聞かず、拓郎はトナベロスに向かって歩き出していた。やがてトナベロスの目の前に立つとおもむろに空中へと飛び上がり、そして
「おすわり」
片手でトナベロスの真ん中の頭に腕を叩きつけ、その衝撃でトナベロスは崩れ落ちた。
「ああっ!トナベロス!!!」
慌てた樅木がどこかへと連絡をすると、どこからともなく現れた数台の重機がトナベロスをシャッターの向こう側へと運んでいき、そしてシャッターが閉じられた。
「……すまんな、やはりこれではパワー不足のようだ」
「いえ、謝るのは私共の方です。想定するパワーが足りていませんでした……ですが次のバイオテックトナカイは問題ありません。試作ナンバー2!リジェネレイトナカイ!!!」
樅木が叫ぶと先程とは別のシャッターにスポットライトが当たり、そこからはまた新しいトナカイが出てくる。見た目は一般的なトナカイに近いが、その体表面は常に流動している。
「これは自己再生能力を極限まで高めたトナカイです。性能こそ先程のトナベロスに劣りますが、それを補って余りある再生能力はきっと惨様のパワーにも耐えてくれることでしょう」
樅木の説明を聞き終えた拓郎は、先程トナベロスにしたのと同じようにおすわりを叩きこむ。リジェネレイトナカイは原型すらとどめないほどにまで破壊されるが、破壊された肉片が有機的な流動を発揮し瞬く間に先程の姿を取り戻した。
「ほう」
拓郎は素直に感心した。参拾壱号サンタクロースのサン・タークは気の力によって相棒のトナカイ、トン・ナーカイを癒したと言うが、それでもこの再生能力には叶うまい。だが、拓郎はそれ以上の致命的な問題に気付いていた。
「樅木殿、このバイオテックトナカイ……脆いな?」
樅木は口を噤む。確かに、このトナカイならば拓郎のパワーでも問題なく航行できるだろう。しかし、壊れるたびに再生されるのでは結局大した速度を出すことはできない。
「やはり、これでも惨様には不足でしたか……」
「すまないな……」
拓郎は静かに頭を下げる。どちらかと言えば我儘を言っているのは拓郎の方だ、拓郎がパワーを抑えて他のトナカイに乗ればサンタとしての仕事はこなせるのだから。しかし、拓郎の全力に耐えられないトナカイを新しい相棒とすることに踏み切れないでいた。
「このほかにもトナンチピード、フライングトナカイ、トナジーンなど幾つかのトナカイを用意しましたが……これまでの2頭がダメとなれば惨様に合うトナカイは……」
拓郎は静かに目を閉じ、そしてゆっくりと振り向き、施設を後にしようとしていた。その声を聴くまでは。
「やはり、これしかないようですね」
樅木の言葉に続けて、聞き覚えのある鳴き声。思わず振り返ったそこにはかつての相棒、トナ・カイザーⅦ世そっくりのトナカイがいた。
「馬鹿な…あ奴は死んだはず……」
「ええ、確かに。ですが死後、トナ・カイザーⅦ世の死体から取り出した遺伝子を利用して新たにクローンを作ったのです。我々としてはバイオテックトナカイがオーガニックトナカイを超えることを目指していたため出したくは無かったのですが……」
クローントナカイはまるでトナ・カイザーⅦ世がそのまま生き返ったかのようだ。触れるまでもなく、拓郎にはそれがかつての相棒と同等の力を持っていることが分かった。
「これは……これならば……」
「再現できているのはあくまでもかつてのⅦ世の身体能力だけです。記憶や走行技術はまっさらで、赤ん坊と変わりません。ですがクリスマスまではまだわずかにですが時間があります。あなたならば仕上げられるはずです」
わかっている。かつての相棒とは違うのだ。しかし、バイオテクノロジーによって蘇ったそのトナカイに、その姿を重ねられずにはいられない。
「感謝するぞ、樅木殿。私はこれよりクリスマスに備えた修行に入る、このトナカイは連れて行くぞ」
「ええ、どうぞ行ってらっしゃいませ。これは我々からの……少し早いクリスマスプレゼントです」
もう一度
了
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