第十二話 楓ちゃん、認める

「二人共、引っ越しも終わっていないし、起きようよ」と言うと「タケシさん、もう少しこうしていたい」と美久が言う。カエデも「お兄、美久さんに賛成。なにか、兄と姉妹でくつろいでいる感じがする」と言う。


「美久、カエデ、あのね、美人二人にはさまれて、横になっているというのは幸せみたいに見えるけど、二人に密着されて、ぼくはだね、男性としてしごく当然ながらマズイ気分になっているんですよ。『兄と姉妹』じゃなくて、『男の子と女の子二人』だよ」


「え?お兄、そういう気分なの?」「タケシさん、そうなの?」「女の子と違って、男はそうなってしまうの」


 美久とカエデがぼくの上半身にしがみついていた手を下の方に移した。二人が同時に「あ!本当だ!」と言う。「お兄、お聞きしますけど、この反応は私への反応なの?美久さんへの反応なの?」「それは反応している物体に聞いて欲しい。自動的にこうなるし、どっちなんて考えられない。ダメだ。ガマンできなくなる。ぼくは下に行きます」と強引に二人を振りほどいて、梯子をおりた。「あ!逃げた!」「楓さん、逃げられたわ」


 ぼくは狭い六畳間のキッチンに行って水を飲んだ。ふ~、危ないところだった。二人もロフトからおりてきた。「やれやれ、昼酒を飲んじゃったし、今日はダメだ、これは。酔を冷ましたら、神泉に帰ろう」とぼくが言うと「え?タケシさん、実家に帰っちゃうんですか?」と悲しそうに言う。「うん、父と母が出張中だろう?今週の水曜日に二人共帰ってくるんだけど、それまでは物騒だから、ここと実家と行ったり来たりして、夜は水曜日までは実家に泊まろうと思う」「タケシさん、それは・・・今晩と月曜日、火曜日、水曜日、四日間、タケシさんは楓さんと家に二人っきりってこと?」(確かにそう言えばそうだ)


 カエデがぼくの後ろから美久にアッカンベーをして盛大に舌をだした。「あれ?でも、お兄、行ったり来たりって、昼間はこっちなの?美久さんといるの?木曜日からはずっとこっちなの?」と言う。今度は美久がカエデにアッカンベーをした。うう、頭が痛くなってきた。


「二人共、しばらく、ぼくは二人に触れません、さわりません、何もしません。話がややこしくなる」「『しばらく』っていつまで?」と二人同時に聞いてくる。

「当分です。気持ちの整理がつくまで、当分、何もしません」とぼくが言うと「手ぐらいつないでもいいでしょ?」と美久が訊く。「まあ、手ぐらいならいいでしょう」「お兄、ちょっと、チュってしてもいいでしょ?」「それはダメです!」


「ところで、美久さん」とカエデが美久を見ていった。「はい」「お兄とキスしたのね?」とかまをかけた。美久はもじもじして下を向いた。「ハイ、火曜日に。私の初めてのキスです」「やられてしまったのかぁ。私のアドバンテージもなくなったか。あーあ、どうも負けている気がするなあ」


「お兄、今日、美久さんにお会いしてわかった。この人は私と正反対。ヤンキーの元総長なんて、不良でガサツだと思ってましたが、繊細で優しくって、面倒見が良さそう。純情一途みたいで、恥ずかしがり屋ですぐ照れちゃうし。でも、テキパキしていて、女として負けてるって気がする。でも、二才年上なんだし、まだ挽回できます。十二ラウンドの最初のラウンドを五対四で落としちゃったかな」


「美久さん、さっき、私のことを『お嬢様』って呼んだけど、私はお嬢様じゃありません。母子家庭で、幸いママがCAの管理職をしていますから、収入は良くて、私立の中高一貫の女子校に行かせてもらっていますが、お嬢様じゃないと自分では思っています。それが突然、ママが再婚します!と宣言して驚いちゃった。パパができて、お兄ができて。美久さんはさっき一目惚れなんて言ったけど、私だって一目惚れしたの」


「カエデちゃん、そんな素振りはしてなかったじゃないか?」


「お兄ね、女の子は嘘がうまいの。演技できるのよ。美久さんは違うみたいだけどね。私はそれまで男性に嫌悪感しか感じなくて、LGBTなのかしら?と思っていました。それがお兄には好意しか感じなくって。それで、今日よ。今日、何か怪しいと思っていたら、美久さん、あなたが現れた。それも、私が持っていたヤンキーのイメージと全然違う。ごめんなさい、不良のヤンキーのカテゴリーを勝手に設定していました。私がもしも、男の子でも、美久さんのような人は好きになるわ。今日は、なんていうのかしらね、新しいお姉さま兼恋敵ができちゃった、そんな感じかな?」


 美久は、もう涙目になっていて「楓さん、ありがとう。ありがとうございます」と言ってカエデに近寄って抱きしめた。カエデも美久の体に手を回した。「でも、美久さん、私は負けませんよ」と言った。美久は「それでもいい」とうなずいた。


「でも、美久さんいい匂い。お姉さんがいるとこういう匂いがするんだ」カエデは美久よりも10センチぐらい背が高いので美久の髪の毛をフンフンする。「楓さん、はずかしい。でも、楓さんもいい匂い。妹って、こんななのかしら?節子と紗栄子と佳子とは違うわ」「う~ん、私レズっ気があるのね。お兄は止めて美久さんに乗り換えようかしら?」「楓さん、それは困ります」「冗談ですよ、美久さん。せっかくLGBTじゃなさそうなんだから、あくまでお兄を狙うわ」


(また、そっちの話になるんだ、やれやれ)


「あ!そうだ!いいことを思いついた!」とカエデが言う。「なんですか?」と美久が訊く。「あの、節子さんと紗栄子さんと佳子さんが拉致されて強姦されかかったって言ってたでしょう?」「ハイ、北千住は物騒なんです。ゴメンナサイ」「まあ、美久さんとお兄でのしちゃったんだからね。すごいよね?」「あれはたまたま運が良かっただけです」「そうそう、危ないわよね。それで、美久さんアイフォンでしょう?私もお兄もアイフォンだから、三人のアイフォンに同じ位置情報共有と携帯電話追跡アプリをインストールしておくのよ。そうすれば、危ない場面でも場所がわかるじゃない?おまけに、抜け駆けもできない!エッヘン!名案でしょう?節子さんと紗栄子さんと佳子さんのスマホにもインストールしちゃいましょうよ?それで、六人がみんな居場所がわかるから、拉致されても追跡できるじゃない?」


「うん、確かにそれはいいアイデアかもしれない。特に、節子と紗栄子と佳子は半グレに目をつけられているようだし、みんなで位置情報を共有すれば助けに行けるね。美久、どう思う?」「はい、私はかまいません。その方が安全でしょうし。でも、楓さん、わたし、抜け駆けはしませんよ」「わかってます。美久さんはそういうひとじゃありません。じゃあ、早速、インストールしちゃお。美久さんは、節子さんと紗栄子さんと佳子さんにインストールしてあげて、設定してあげて。わたしが今やってみせるから」とカエデは美久とぼくのアイフォンを取り上げて、アプリをインストールし始めた。

――――――――――――――――――――――――――――

 後藤順子が少し離れたマットレスでひと仕事終わった小川康夫を呼び寄せる。痩せ身のイケメンだ。康夫の横ではもう一人のヤンキーのガタイの大きな浩二が女の子を組み敷いて腰を振っている。もう一人の女の子が力なく横たわっていた。場所は北千住の放置された廃工場だ。


「康夫、こっち来な」順子の制服ははだけている。「なんだい、姐さん、あんたもヤル気になっちまったのか?」と康夫は素っ裸のまま順子の座っているマットレスの隣に腰を下ろした。


「おまえらがやるのを見ていればその気になるわな。ほら、これ食いな」とグミの袋を康夫に渡す。「姐さん、これ商売物だろ?」「二つくらい食えばあんたも元気になるだろ?少しだったら大丈夫だよ」「しかし、姐さんも頭が回るね?ポンプ(注射器の隠語)じゃ体に跡が残るし相手も気づくから、S(スピード、覚醒剤)をグミにポンプで仕込むとわなあ」「ふん、真面目なお嬢ちゃんにグミやって、そのあと栄養剤って騙して中毒にさせりゃあ、あとは売り(売春)やらせて私に金が入ってくるからね。おい、康夫、あんた、あの子らとやった時にゴムつけたろうね?最近の子は真面目に見えて病気持ちが多いからね。私は梅毒なんてうつされるのはゴメンだよ。康夫、私にはナマな」


「ああ、姐さん、さすがに二人も立て続けはキツイよ」「何いってんだい、馬並みに腰ふってたくせに」順子は自分でもグミを口に放り込む。「あのバカな沢尻エリカも言ってたよな?Sやってキメセク(薬物セックス)するのは最高だって」


「悪い女だよ、順子姐さんは」「私は生真面目な田中美久と違うんだよ。金が大事だよ。おい、康夫、まだおまえダメじゃないか?」「二人相手に二回ずつ出せば俺だってすぐには元に戻らないぜ」「しょうがないなあ。私が口でやってやるよ」「姐さんのおしゃぶりは効くからなあ」


 順子と康夫はこ汚いマットレスの上で絡み合った。向こうのマットレスでは、浩二が一人終わって、康夫がやっていた女の子に取りかかっていた。でかいガタイが女の子におおいかぶさった。


 このグループは、順子と彼女の手下の女三人組が素人の女の子にS入りのグミを食わせては中毒にさせ、康夫のグループに輪姦させて、最後は売りをさせて上納金を集めている。田中美久が総長をやっていた時代とは違っているのだ。


 美久がタケシに話したくないと言った新しい総長が順子だった。グループの体質が変わってしまって、美久と節子、紗栄子、佳子の三人組は彼らと距離をおいていた。


「康夫、そこ、そこかき回して」「姐さん、そんなに締めたらいっちまうよ」「おお、康夫、きてるぜ、きてる、きてる」と順子が腰をつかった。「・・・そういやあ、美久と金魚の糞の三人組、真面目になっちまったな?」「ああ、なんかキレイキレイにしてるぜ」「あいつら、輪姦しちまうか?」と順子が不気味なことを言った。


「姐さん、しばらくはダメだろ。この前の火曜にウチの下っ端が節子と紗栄子と佳子を拉致って輪姦そうとしてマッポに捕まったばかりだ」

「なんか、美久にのされたって?」

「ああ、美久と連れの彼氏みたいなのにのされてマッポにわたされちまってよ」

「美久は空手だからな。腕っぷしはいいからな。美久には手を出さないようにしよう。節子か紗栄子か佳子をS打ってヘロヘロにさせて、鈍牛の浩二に犯させるか。弱い肉にかぶりつかなきゃな。まあ、ほとぼりが冷めたらジワジワと・・・」ニタっと順子が笑う。

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