第三話 楓ちゃん、なじる

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第一話 美久さん、出現、引っ越しの日曜日の前の週の月曜の午後

第二話 美久さん、叱る、引っ越しの日曜日の前の週の月曜の夜

第三話 楓ちゃん、なじる、引っ越しの日曜日の前の週の火曜の早朝

第四話 美久さん、泣く、引っ越しの日曜日の前の週の火曜の午後

第五話 美久さん、蹴る、引っ越しの日曜日の前の週の火曜の夜

第六話 美久さん、焦る、引っ越し数週間後のある土曜日の午後

第七話 美久さん、起きる、引っ越し数週間後のある日曜日

第八話 武くん、呟く、引っ越しの日曜日の前の週の火曜の夜

第九話 楓ちゃん、話す、引っ越しの一年前

第十話 楓ちゃん、問う、引っ越しの日曜日の前日の土曜日

第十一話 美久さん、告る、引っ越しの日曜日

第十二話 楓ちゃん、認める、そして順子、引っ越しの日曜日

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 日本酒を八合飲んだ。ぼくも弱いほうじゃないけれど美久さんは強い。半分以上美久さんが飲んだのだ。いやあ、なかなかスゴイ女の子と知り合った。おまけにヤンキーグループの元総長で、それなのに見かけはギャルの美少女。初日にヤンキーの三人組にぼくは「にいさん」とか呼ばれて。ぼくの人生で画期的だ。世界が変わるような気がする。


 切符売り場でどの経路が一番近いんだろうか?と考えていると、一緒に来ていた美久さんが「タケシさん、普通の時間ならメトロ千代田線で表参道か大手町で半蔵門線に乗り換えればいいんだけど、もう12時だから、常磐線で日暮里まで行って、山手線に乗り換えればいいと思う。値段はJRの方が50円くらい高いけど」と助言してくれる。頭の回転いいなあ。ぼくがどの路線で行こうかな?と考えていることを先回りして答えてくれる。「美久さん、よくぼくが考えていたこと、わかったね?」と聞くと「だって、惚れたオトコのことはわかるんだもん」と下を向いてボソッと言う。


「美久さん、ありがとう。今はなんとも言えないけど、まず、友達としてお付き合いしてください」とぼくは意を決して言った。酔ってなければしどろもどろになっていたはず。「タケシさん、私、それでいい。まず、友達。もっとお互い知り合わないとね」「そうそう。明日も来るから」「え?」「えっ、て、賃貸の契約を終わらせて、電気水道ガスとエアコンの手配をして、家具を買うんだから明日も来るよ」「あ!ごめんなさい。そっちの方を終わらせないとね」(しまった、自分のことばっか、考えていた。仕事だよ、仕事!と美久は心の中でベロを出した)


 ぼくはちょっと考えた。朝方来ると賃貸の手配をやっても、午後すぐに終わっちゃうだろ?そうなると、美久さんも仕事があるから・・・「美久さん、明日、午後の3時頃来ます」と下を向いている美久さんに言った。美久さん、急に顔をあげてニコッとして「午後3時。了解。じゃあ、あれこれやっていると5時過ぎちゃうね?」と言う。なんだ、似たようなこと考えていたのかな?「そうそう、それなら美久さんも仕事終いできるから、また分銅屋でいっぱいやろうよ。今度は美久さんの払いの番だぞ」「も、もっちろん。やったぁ。明日への希望がわいてくるぞっと」


 ぼくらは改札口で手を握ってバイバイ。「美久さん、夜も遅いし、帰り気をつけて」「おまかせ、おまかせ。大丈夫。慣れてるもん。タケシさんも気をつけてね。また、明日」「また、明日ね、美久さん、バイバイ」


 意外と早かった。常磐線の00:25上野行きに乗って日暮里で山手線に乗り換えて渋谷には01:07着。なんだ、35分じゃないか。渋谷からの京王井の頭線の最終は00:45だけど、渋谷駅から神泉まであるいですぐだ。渋谷署の前をわたって、裏渋谷通りを歩き、神泉駅からちょっと歩くとぼくの家だ。いや、父の家だ。1時半には家に着いてしまった。


 そぉ~っと玄関の鍵を開ける。ドアを開けた。靴を脱ごうとしていると、目の前に人の影が玄関照明を遮った。顔を上げると義理の妹のカエデちゃんがスクっと腕組みして立っている。玄関の上がり框に立っているので、身長170センチのカエデちゃんは身長176センチのぼくを見下ろしていた。ぼくを睨んでいた。何かわるいことぼくは彼女にしたんだろうか?


「お兄、賃貸を見に行くと言って、午後出ていって、帰りが午前様?何時だと思っているの?どこにだれと行っていたんですか?」と問い詰められる。

「いや、あのカエデちゃん、不動産屋の担当者の人と飲んじゃってさ・・・」


 カエデちゃんはぼくの父が再婚した相手の連れ子だ。義理の妹だ。高校二年生。美久さんが後藤久美子似ならカエデちゃんは若い頃の水川あさみ似だ。顔が似ているだけでなく、性格だってキツイ。肩幅が広く四肢が長い。日本人に珍しく膝からかかとまでが長い。高校の陸上部。陸上選手体型だ。ぼくだって脚は長いほうだが彼女には負ける。


「ほら、お兄、あがって。どういう部屋だったか私に説明するの」と腕を引っ張られてダイニングのテーブルに座らされた。「だいたい北千住って、どうして?下町じゃない?ここから遠いし。あまりいい場所じゃないでしょ?ヤンキーだっているんでしょ?」と言う。ぼくはドキッとした。そのヤンキーのレディスの総長と一緒だったんだから。「ほら、お水」とカエデちゃんが水の入ったコップを差し出した。ぼくはゴクゴク飲んだ。ぼくは適当に部屋割りとか設備を説明した。


 顎に手を当ててテーブル越しに「ふ~ん」と言う。「契約しちゃったのね?」「ハイ、いたしました」「しょうがないなあ。それで、すぐに引っ越すの?」「まあ、今週中に。荷物だってそんなにないだろう」「引っ越し、平日はよしてよね。春休みの陸上の練習があるから。今度の日曜日に」「いいよ、その前に本とか身の回りのものは送っちゃうし」「ダァメ、私も手伝う!」


 なぜ妹に問い詰められなければいけないんだろうか?あれ?しかし、ヤバいぞ。日曜日に美久さんが来なければいいけど、来たらカエデと遭遇。ヤバいじゃん?ぼくは雰囲気としてヤバそうと思った。ゴクミと水川あさみがにらみ合う光景が目に浮かんだ。


 カエデちゃんを適当にあしらって「もう遅いから寝ようよ」と言って、二階のぼくらの寝室に行く。ぼくらのと言っても僕の部屋と彼女の部屋が二階にあるだけ。一緒の部屋ってわけじゃない。一階は両親の部屋がある。血のつながっていない兄と妹がこの配置はダメだろ?と最初は思ったが慣れてしまった。「カエデちゃん、おやすみ」「お兄、おやすみ」と左右に別れて部屋に入った。明日は午前中にネットで物色して、午後、家具を選んで、冷蔵庫と洗濯機を買うんだから。美久さんも一緒に行ってくれればいいなあ、と思ってぼくは着替えもせずに寝てしまった。

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