Quest 1-5 スキルが導く可能性

 エトラー先生とジェシーさんに弟子入りしてから一週間。


 特訓を終えた俺と優奈がベッドに突っ伏す姿はもはや定番となっていた。


「疲れたぁぁぁ……」


「うぅ……頭いたい……」


「よしよし。二人ともお疲れ様ですよ~」


 クタクタになった俺たちの頭をなでてくれるラトナ。


 正式にパーティーに入ったラトナも今日から同室になった。


 また俺の男としての苦悩は続きそうである。


 だって、ラトナってば優奈より危機感ないんだもん……。


 俺の目の前で着替えだした時は優奈と二人で慌てたものだ。


「愛人くんはどうだったの……?」


「……空気椅子の状態でさ、腕と足に重石を乗せられた。それを一時間耐久。一つでも重りを落とせば初めからやり直し。スキルがあるから平気とか、そんな問題じゃなかった……」


「うわぁ。想像しただけで嫌になっちゃう」


 俺も思い出しただけで身震いがする。


 あの人は絶対にサドだ。特訓中、ずっと笑っていたし。


 まだまだいけそうですね、とか言って重りを追加する時はもっとイイ顔だった。


 明日は筋肉痛も重なって本当に死ぬかもしれん。


「そういう優奈は?」


「……覚えることが多くて頭がパンクしそう。ずっと文献とにらめっこでもうしばらく文字は見たくないかも」


 彼女はどんな情報でも引き出せるスキルを利用して、魔法の習得を目指している。


 地頭がいい優奈は理解が早く、ジェシーさんの気分もいいらしい。


 先生が「最近はジェシーの相手をするのが楽で助かる」と漏らしていた。


 とはいえ、魔法は一つも知識がない異文化。


「さすがの優奈もクタクタだな……」


「体力にはあんまり自信ないしねー。あっ、でも初級魔法なら無詠唱で使えるようになったよ。《火種ファイア》」


「うぉぉっ!? 指に火がついてる!?」


「ふふーん。これで私も魔法使いの仲間入りだよ」


 フッと息を吹きかけると小さな火は消える。


 なんかすごく魔法使いっぽくていいな。


 そういえば俺は肉体トレーニングと魔物との戦闘ばかりで、魔法のまの字も出てこない。


 ちょっとだけうらやましかった。


「二人ともいっぱい頑張ってすごいね~。ワタシも今以上に弓の腕上げとかないと……」


「ごめんね、ラトナちゃん。なかなか討伐クエストできなくて」


「気にしないで! ワタシも練習の時間が欲しかったの。クエストの時には二人をビックリさせちゃうんだから!」


 薄い胸を張るラトナ。


 実物に反して、胸には大きな自信が詰まっていた。


「それは楽しみだな。でも、俺のスキルの方がもっと二人を驚かせられる」


「あれあれ? 私の魔法を忘れてない? 明日から中級魔法の勉強だし、一か月後にはもっとすごくなってるよ」


 俺、優奈、ラトナの視線がそれぞれに注がれる。


 にらみあったのも数秒だけ。全員がすぐに破顔した。


「誰がいちばん凄いかはクエストまでお預けなの」


「ふふっ、そうだね。……ふわぁ。一笑いしたら眠たくなっちゃった」


「明日も早いし、もう寝るか。火も消すぞー」


「「は~い」」


 真ん中の俺のベッドに集まっていた二人は左右の自分のベッドに戻る。


 寝床についたのを確認すると、火を消して俺もベッドにもぐりこんだ。


 優奈の方を向けば、彼女はすっかり習慣となったおまじないを求めていた。


 彼女の細い指を優奈が満足するまで優しく握りこむ。


「おやすみなさい、ラトナちゃん。愛人くん」


「ああ、おやすみ」


 そっと手を離して、眠りについた。   



     ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



「いかに強力なスキルを持っていても使用者が未熟では意味がありません。僕や君みたいな身体能力を強化するスキルの所持者は特にです」


「先生……! 修行中に……怪我してしまったら! どうなるんでしょうか……!?」


回復薬ポーションを飲めば大抵の怪我は治ります。安心してボロボロになってください」


「鬼! 悪魔! エトラー!」


「ほう。おしゃべりする余裕があるとは……僕としたことが実力を見誤っていたみたいだ。もう一つ重りを追加しよう」


「すいませんでした! 先生はとても素敵なだんせぇぇぇ!? 死ぬ! ケツが穴だらけになるぅ!?」


 両腕に重りが追加され、全体にかかる負担が一気に増す。


 逆らわずに倒れこみたいが、俺の尻の下に置かれた剣山が許さなかった。


 鋭利な剣先を光らせ、恐怖感をたきつける。


 初めはただ空気椅子だけだったのが日に日に過酷さが増して、今日は本当に命の危険を感じる。


 そんな瀕死状態でも、この間まで一般人だった俺が踏ん張れるのはスキルのおかげだろう。


「あと一時間耐えたら僕を背負って城壁外周。そのまま魔物との戦闘をこなして、筋力トレーニングをやれば今日も無事に終わりです。頑張りましょう」


「は、はい……!」


 先生によって管理されたスケジュールをこなして、日々が過ぎていく。


 毎日が濃いせいで3週間が過ぎるのはあっという間だった。


「ウギャギャギャッ!」


「もう聞き飽きたぜ、お前らの汚い声はよぉ!」


 上下同時の攻撃を仕掛けてくるゴブリン。


 防ぐべきは頭部。足への棍棒は――。


「――跳んでかわす!」


 薙ぎ払われた棍棒は空を切る。


 振り下ろされた一撃は両腕をクロスさせて防いだ。


「次は俺のターンだぜ」


 着地して即座に回し蹴り。ゴブリンの首を捉える。


 捉えて、頭と体が分離した。


「アギャッ?」


 仲間の死に様を見て、顔を青ざめさせるゴブリン。


「安心しろよ。お前もすぐにあいつの元へ連れて行ってやるから」


 醜い顔に拳が当たって歪む。


 衝撃で奴の血肉が飛び散った。


「ふぅぅ……よし。今日のノルマ終わりましたー!」


 顔に付いた血を拭って、離れて見ていた先生の元へ戻る。


 先生は拍手で迎えてくれる。


「お疲れ様です。もうゴブリン程度では相手になりませんね」


「いやいやまだ500程度ですから。Cランクの人はこれくらい普通なんですよね!?」


「……ええ、もちろん。ですが、そろそろ次のステップに進みましょう。君に新たなスキルの使い方を伝えます」


「本当ですか!?」


「君の体はそれだけ強くなったということです。では、準備をしましょうか」


 エトラー先生はその場でしゃがむと、地面に手で触れる。


「地精霊よ、我を守る盾を生み出せ。岩石ガイア巨盾シールド


 呪文が唱えられると、眼前に大きな岩の山が出来上がる。


 俺の身長の2倍は余裕である、まさに巨盾。


 コンコンと叩けば、並大抵の攻撃では破壊できないのはすぐにわかった。


「うぉぉ、すげぇ……。先生ってやっぱり魔法も得意なんですね」


「魔法学院の卒業生ですから、これくらいは当然。それに感心している場合ではありませんよ。マナト君には今からこれを壊してもらいます」


「これって……これ!?」


「もちろんスキルは使って構いません」


「いやいやいや! スキルなかったら拳がぐちゃぐちゃになりますから! ていうか、スキル使っても壊せそうにないんですけど!」


「壊せませんよ。今の使い方のままならね」


 そう言ってエトラー先生は不敵に笑う。


 岩石の前に立つと腰を落として、正拳突きの構えを取った。


「スキルには無限の可能性があります。僕が見せるのはその可能性の一つ。……【肉体強化】」


 スキルを発動したことにより、白き光を纏う先生。


 ここまでは以前に見せてもらった時と同じ状態。


 変化をするなら、これから……あっ。


「……光が、拳に集まっていく……?」


「【肉体強化】の原理は特別な力によって身体能力を底上げさせるもの。初期状態は体全体に力が巡っている。では、それを一箇所に限定させたなら一体どうなるのか? 答えは一つ」


 先生が突きを放つ。


 刹那、爆音が響く。


 岩石の中心にポッカリと空いた大きな穴。


 すごいのはそれだけじゃない。


 岩石の裏側に広がる大地が抉られていた。


「…………」


 あまりに現実離れした光景に言葉が紡げない。


 これが……俺たちの持つスキルの可能性。


「マナト君にも同じことをしてもらいます。君のスキルは僕と違って常時発動型みたいですから、感覚的にもすぐに掴めるでしょう」


「……俺にもできるんでしょうか?」


 正直に言って、俺には成功するイメージが持てなかった。


 今までの訓練は元の世界でも使われているメニューがほとんどだった。


 だけど、スキルの使い方にはセンスが必要になってくる。


 先生みたいに自由に操れる自信がわいてこない。


「断言できます。……ですが、君の不安を解消するにはこれでは不足でしょうね。なら、お得意の質問をしてみましょうか」

 冴えない俺の表情を見た先生は、初めて出会った頃のように俺に問いかける。


「冒険者が国から依頼を受けられるのはBランクから。なぜだと思います?」


「……こなしてきたクエスト数とか、ですか?」


 先生は指でバツ印を作ると、頭を左右に振った。


「正解はスキルの性能の違いです。Bランクより上の冒険者はSR級以上のスキルを持ち合わせている。今までN、R級のスキルでBランクになった者はいません。――つまり、君は僕よりも上を目指せる」


 先生は優しい笑みを浮かべると、俺の頭をそっと撫でる。


「君はほとんど素人同然だったにもかかわらず、僕の無茶な特訓を耐え抜いた。それはどうしてですか?」


「どうしてって……力をつけて優奈やラトナを守れるようになりたかったから」


「そう。マナト君は自分のためではなく、誰かのためにずっと頑張れた。そんな強い心の持ち主なんです。この技術を習得すれば、君は間違いなく一流の冒険者になる。だから、ここは所詮ただの通過点に過ぎない」


 エトラー先生の言葉が心に染み込んでいく。


 そうだ。これだけの人が俺を認めてくれている。


 先生だけじゃない。優奈もラトナも俺を信じてくれているじゃないか。


「……すみませんでした、先生。ちょっと気が動転していました」


「ふふっ、困りますね。君は僕なんか簡単に超える結果を見せなければならないのに。ちゃんと反動に耐えられる肉体作りもしてきたんですから」


「はい! あんな岩の山くらい全部消してみせますよ!」


「なら、僕ももっと大きな《岩石の巨盾》を出せるようにしておきましょう。……マナト君。これが最終特訓です」


「最終……ってことは、これが終わったら」


「ええ、マナト君も晴れて一人前の冒険者。――僕の同業者だ」


 先生は俺の肩をポンと叩くと、ハンカチを引いて草原に座る。


「さぁ、始めてください。君と仲間の道を、己の拳で切り拓くため」



「君が誰かを想う心が巨大な悪を倒す力となるのです」


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