第2話 教え子がパパ活をやっていたらしい

「美鈴ちゃん……一寸相談あるんだけど聞いてくれねーかな?」


 部活が終了し、部員の片付けが終了するのを待っているとファンデーションで黒く顔を塗り桃色の唇が不自然に照っているギャル系の女子、蘇我入子そがいるこさんが話しかけてきた。


「蘇我さん。校則でお化粧は禁止されている事は知っているよね?」


「いや、それよりか、なんか桜桃ははかがマジヤバだから助けて欲しいんですよ」


 不似合いな長いつけ睫毛の奥で光る眼は不安そうに潤み、蘇我さんが校則違反について話を逸らそうとしているのではなく、真剣な相談である事を察した。


玖珠薇くすびさんが? 一体どうしたの?」


「その……出来れば他のセンセイに聞かれたくないんだけど、言わないって約束してくれる?」


「私の手に負えないような話だったら他の先生にも相談するけど?」


「頼むよ! 美鈴ちゃんだから話せるんだ! ……この通りだよ!」


 蘇我さんは両手を合わせ、深く頭を下げながら頼んできた。

 多分信頼されているって事かな?

 ここまでお願いをされたら断る事は出来ない。


「仕方ないなぁ……他の先生には言わないから何があったか教えてごらんよ」


「ありがとう! 美鈴ちゃん!」



 ◇



 片付けをしている部員に帰りの挨拶を済ませると、私は蘇我さんを生徒指導室に連れて行った。


 生徒にとってはあまり嬉しくない部屋ではあるけれど、他の先生や生徒達に話を聞かれづらいし、万が一他の先生が来たら蘇我さんの身だしなみについて注意していたと誤魔化せばいい。


「さぁ、座って。叱ったりしないから正直に話をしてね」


 蘇我さんを座らせると、私は彼女の近くに椅子を運んで隣に座った。


「そのっ……本当に軽い気持ちだったんだよ……」


 蘇我さんは外に聞こえない様に小声で説明を始めた。


「あたし……実は桜桃ははかと一緒にパパ活していたんだ」


「はぁ! パパ活!」


 私が大声をだすと、蘇我さんは私の口を塞いだ。


「しっ! 声が大きい! 静かにしてっ!」


 蘇我さんに怒られても、立場が逆でしょとかツッコミを入れる余裕も無かった。


「いや……パパって言っても写真見たら若いしチョーイケメンだったしぃ、実際会ったらチョー優しいしぃ、しかもセックス抜きで遊べてお金貰えてチョーラッキーじゃん? だから、暫く小遣い稼ぎのつもりでパパ活続けてたんだ」


 色々と怒りたいところだが、ここで叱ってしまっては全部話してくれないだろうから、黙って聞く事にした。


「あの子可愛いじゃん? だからパパに気に入られてさぁ。桜桃もパパの事が本気で好きになったみたいで、じゃあ付き合おうかって話を桜桃がしたんだ。そこまでは良かったんだけど……」


 蘇我さんはここまで言うと言葉を詰まらせた。


「良いとは思えないけれど……その後どうなったの?」


「その……付き合いだしたら態度を豹変させて、桜桃に売春ウリで客取ってこいとか言い出しやがって」


「はぁ? そんなの断れば良いんじゃないの?」


「いや……その、桜桃はパパに強姦ヤラれたらしくて、隠しカメラで動画を撮られてたみたいで、断ったら動画を公開するとか言っているんだよ」


「なっ……それは本当なの!」


「だから静かにして! その事、桜桃も覚えてなくって、睡眠薬飲まされて寝ているところ無理矢理だったらしいんだ!」


 ならば玖珠薇さんが本当に強姦されたか分からないという事だし、動画を確認しなかったのだろうか?


 でも気が動転していたら信じてしまうかもしれないし、未遂であったとしても無理に食い下がれば本当に強姦される危険もある。


「私に相談するより警察に相談した方が良いんじゃない?」


「いや、もし学校や警察にチクったら逮捕される前に動画公開するって言ってるし、学校名もバラすって言ってるんだ。これはアンタら教師もあたし達生徒もヤバいだろ?」


「そうかも知れないけれど……このままじゃあ玖珠薇さんが売春させられちゃうよ?」


「だから助けて欲しいんだよ! しかも何か半グレっていうの? ヤバいのがバックに居るみたいで断ったら何されるか分かんねーんだよ! 頼む! 桜桃を助けて!」


 自業自得とはいえ玖珠薇さんを放っておく事は出来ない。


 とはいえ一教師に過ぎない私の手に負える事態ではないし、警察に頼むしかないと思うけれど、そうしたら玖珠薇さんの動画が公開されてしまうし、個人の犯行ではなく半グレが関わっているとしたら、玖珠薇さんを陥れた犯人が逮捕されても学校も名前も顔も割れているのだから他のメンバーに復讐される可能性もある。


 どうすれば良いのか考えていると、生徒指導室のドアが激しく叩かれた。


「衣通先生! 居ますか! 入って良いですか!」


 ドア越しに切羽詰まった声が聞こえてきた。


「ハイ! 入ってきていいですよ!」


 こんな時に他の事に関わる暇は無いが、仕方なく私は入室を許可した。


「失礼しますっ!」


 ガラガラとドアを開けると、髪を乱した女の子が私の顔を見るなり言った。


「先生大変です! 周佐さんが外でヤクザみたいな男と喧嘩しています!」

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