花火師と、空越しの花束

まるい結和

第1話「騒ぎ越しの再会」

――巨大時震。

――――世界は揺り戻されるがままに。


 AD1100年のある日、未曽有の揺らぎが世界を舐めた。生命の輪廻尽く大地も、第二の時代を拓いた浮遊大陸をも侵食した。存在の死に至る分岐点だと、全神経を持っていかれる支配を受けた。


 今や揺り戻しは過ぎ去った。いや、何が過ぎ去ったのであろうか。人々は、血の巡りや息の通りの戻りを、湿る指間や張りついた喉の感覚の戻りを覚えているがそれは……支配の解きを受けた、それだけのもの。

 人類がやっと手に入れた、住処すみかの浮く安寧の青空は、恐怖のはらむ沼と化した。


 殺された未来を救けるため、時空を超えて冒険の旅をする者達がいた。旅人達はこの、AD1100年を再び訪れる。


 * * *


 アルド、エイミ、リィカ、サイラスの4名は、曙光都市エルジオンのシータ区画を訪れていた。


 人類は汚染された大地を捨て、第二の大地として浮遊大陸に移住している。枯渇したプリズマに代わり、人類のエネルギー源として利用されているゼノ・プリズマは、例えばそのシータ区画にて確認することができる。シータ区画には、ゼノ・プリズマのほか、高層住宅につながる転送装置の出入口も配置されており、住民の往来も多い。

 水平方向には、空中景色を時折遮るようにそびえる、高度で複雑な構造建築物が構えている。街路樹や街灯は浮遊しており、技術力の高さが見てとれる。


 エルジオン全体のマップを示し、AIによる自動案内切換えが行われる電子媒体も浮遊している。前を通った一行4名にも見てもらえることはなく、表示切替は自動的に続く。

 アルドはその電子媒体の前に差し掛かったところで立ち止まり、大きく伸びをする。


「どうしたの、アルド? それはため息?」

「ごめん。声になっていたみたいだ。いやぁ、何度来ても感心するんだよ。

 浮遊都市の、そのまたさらに見上げた遠く高くにも家がある、ってことにさ」

「えぇ。住民全員が高層住宅に住んでいるわけではないけれど、一般的ね。

 住宅以外に、何百人と収容できる国営施設も高層にあるのよ」


 国営施設とは、都市国家運営の一環で管理がされている施設のことだ。保育施設、図書館、病院、介護施設……と様々な機能施設が存在し、子どもからお年寄りまで利用されている。

 すかさずリィカのツインテールが舞う。


「アルドさんはこういったペントハウスにマイホーム願望アリ、というコトデショウカ?」

「ペット這う、住まい……? うーん。場所はどこだっていいかな? あぁー、でも……。

 朝みんなが気持ちよく起きられたり、料理を一緒に作ったり、そんな家がいいんじゃないかな??」


 一瞬目線が泳ぐも、前を向きなおすアルド。しかし手は置きどころがないように、頭をかいたり、剣の柄に触れたりしている。分析が始まる合図か、リィカの瞳が赤く光り出す。


「表情表出パターンを分析。アルドさんが照れ隠しをシテイル確率はオヨソ63%。

 メモリを参照。……ソノ理由は、愛スル人との未来を思い描いてイル可能性アリデス!」

「え!? ……あぁ、大切な人ってこと、だよな!? まぁ、えっと、そう……かな?」

「ん? 今回ちょっと怪しくない? 実はアルド、も、もしかして好きな人が……!?」


 リィカの爆弾発言に盛り上がる3名をよそに、サイラスは通りかかった女性に気が付いていた。女性の足取りは重い。何かに手繰り寄せられているように、どこかへは向かっているようである。


「娘さん、お暗い顔を。いかがしたでござるか? 微力ながら、話があれば聞くでござるよ」


 掛け声により、女性は徐ろに目線だけ寄せる。女性は二足で直立するカエルのサムライ姿を見て、ふと動作が止まったが、再び視線を戻す。


「あれから、以前のように何気ない日を、わたしは心から喜び楽しむことができないのです。

 今回の時震は、どうにか運よく切り抜けることができましたが……。

 また新たな時震の脅威に、おびえなくてはならないのでしょうか……」


 言い終えるが先か、再び歩いていく。何か言いかけたが口をつぐんだサイラスの様子にも、足を止める様子はなかった。

 2人のやり取りに途中から気づいたエイミの拳に力が入る。握りしめる摩擦音が厚い。グローブにも熱が起こる。


「時震の揺り戻しが、時空を超えて人々の心の支えを揺らがすなんて……。本当許せない!」

「遊びなんかじゃねェッ!」


 突然どこかから届いてきた大声の叩きつけに、一行は警戒する。身の危険、なし。周囲警戒すべき状況、なし。誰かの身に危険、あるかもしれない。危険をかいくぐってきた冒険者特有のトリアージが瞬時になされる。


「なんだ、争いか? けが人が出でもしたら大変だ! 行ってみよう!」


 4名は素早くうなずき合わせ、声の元へ急ぎ向かう。


 *


 その声の元は、大きな浮遊電子掲示板の前あたりとなっていた。数人の住人たちが集まっており、2人の男をまばらに取り囲む。男の一人は前のめりになってきているが、もう一方の男は腰に手を当てて見せながら言葉を続ける。

 この男、防塵眼鏡を頭にかけ、筋肉質な体格に着古しのつなぎの作業着を身につけている。明らかに仕事着なのだが……日常用としても着こなしているようだ。一方、無造作な髪に、手入れのされていないひげ……というわけではなく、ひげにはピラミダルにマトンチョップスというスタイルが取り入れられており、一種の全身コーディネートであった。


「火遊びなんかじゃねえ! 高度330m、重量8.5㎏、本物の特製花火玉だ!

 俺はここらの連中と違って、本物の花火玉を大空へ華々しく打ち上げるぜ?」

「百歩譲って本物だとしよう。だがな、それを見上げて俺達が思い出すのは、10年前のあの炎だッ!!」


 10年前の炎――それはエルジオンで起きた、合成人間達による反乱の戦火を表していると、取り巻く人々は瞬時に理解、そして明確に思い起こした。

 人間に従順であるべきはずの半有機人工生命体、合成人間。人類がエネルギー源としてゼノ・プリズマに頼りきり、使い続けている危険性の報知は、警告段階を超え、ついに武力行使の反乱に至った。その合成人間の裏切りによる人的被害により、人生の岐路に立たされた者も少なくなく、人々は合成人間への不信感や怒りの火種を抱くこととなった。

 人だかりにも火種がちらつき始める。


 アルド達一行が、人だかりのそばにまでたどり着いた。息も切らさずにおり、拾える情報を漏らさんとする視界は広い。

 人だかりの中央にいる2人の男も視界に捉える。一方の作業着の男は、一行もよく知る、あのラウラ・ドームの花火師である。


「あれは、ラウラ・ドームの花火師じゃないか!」


 火種のちらつきを自覚したか、男は続ける。周囲はざわめき始めている。


「それにもし! 合成人間のヤツらに火薬の存在を知られたら、いつまた反乱に利用されるか……

 それなら、輝きや色合いを精巧に再現した映像の方が、よっぽど見ていたいと思うよ!!」


 *


 いつの間にか人だかりの遠巻きに、老齢女性が現れる。ややまるい背丈に合ったコンパクトなリュックサック風の鞄を背負っている。鞄の中に角のある物がいくつか入っているのか、少しいびつに膨らんでいる。


「……花火師?」


 *


 ざわめく取り巻きをよそに、アルドは花火師に近づいて話しかける。男は、アルドが話しかけた様子を見て、もう言い切ったようにその場を離れていく。


「久しぶりだな! 声をかけるのは躊躇ためらわれたんだが……これはどういう!?」

「なんだ! ってアルドか。いや、今から俺が説明……って、あ」


 取り巻きも次第に離れていった状況に、花火師は見まわし、気づく。


「ハハッ。ダメだったか。たったの一人でも興味を示してくれるかと思ったんだが……」

「え……っと、合成人間って聞こえたけど、それは関係ないのよね?」


 深刻な顔で尋ねたのはエイミであった。それは無理もなく、エイミの母親もまた10年前の合成人間の反乱に巻き込まれていた。彼女も火種を持ち合わせており、合成人間という言葉を受けて、火がちらついていたのであった。


「おいおい、カンベンしてくれよ。あんなたとえ話、されたこっちがたまったもんじゃねえっての。

 昔ながらの打ち上げ花火の良さを、これから話そうってとこだったのによう」

「その節は大変世話になったでござる。して、今日は何用にてここに?」

「それは、一度ラウラ・ドームに戻って話そう。

 ちょっと手がかかることも考えてるんでな。おまえ達がいれば助かる。いいか?」


アルド達は見合わせ、うなずき合う。


「わかった。じゃあ、オレ達もラウラ・ドームに追って向かうよ!」


花火師がうなずき先に向かっていく。


――Quest Accepted――


 アルドを最後尾にして、合成鬼竜が付けるエルジオン・エアポートに一行が向かい始めた時、


「……もし?」


アルドだけが声に気づき、振り返る。老齢女性と目が合ったアルドは、そばに寄る。


「もしもし? ラウラ・ドームの花火師、と言ったわねぇ?」

「そうだよ。さっきの人達はみんな、知っている風じゃなかったけど……??」

「まあ、その方面のしがない科学者ないし技術者でさ。元ね。

 もうこの年。あちこち手を出してはいたが、とうの昔にみんな引き上げたさ。

 困ったときはお互い様、ってねえ。同じ技術者のようだし、手を貸してやってくんないか?」

「あぁ、そうするつもりさ! それじゃあ行ってくるよ。お婆さんも気を付けて!」


 アルドは、技術者ならそういうつながりも応援の気持ちもあるのだろうと簡単に腑に落とした。一行を待たせたくはなく、追いかけていく。

 高齢女性は、ほんのほんのだけ賭けをしたことにふっと笑い、ゆっくりと歩み始めた。手には介助具のようなグローブを、外からは見えないが腰にはコルセットを、鞄の締まりはやや悪く、最後まで締められずにいる鞄を背負って。


 * * *


「もうこの地ともおさらばか……」


 とある人は思い起こしていた。エルジオン・エアポートの地にて起きた、忘れられない過去であった。

 フードを被り、ローブに身を包んで一人、エアポートのへりに立ち、風だけを感じていた。時折強く乱れ、そして優しくなでてみせる風が、いたずらに吹いていた。眼下の切雲が次から次へと形を留められず流れていった。


 一呼吸し、支えを失ったように膝をついた。風が凪いできたのを見計らい、手元で小さな火を、託すような丁重な様子でつける。燃やしたかったものに火を移し、すぐさま形留めぬ雲目掛けて放る。炎は放物線を描き、赤やら緑の火花が混じり始め、小爆発する。


「こりゃ、美しい……。

 ? あれは確か……」


 どこかで人が崩れ落ちるような音がした。

 音に引き寄せられるようにもう、とある人は立っていた。


「おい! あんたッッ!」


 強く硬い風の波が、再び唸るような音を立てていた。思い起こしは、そこまでで止めた。

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