第7話 ありがとうって言ってくれたから
小さな声だけれど。
確かに聞こえたよ。
「はい」
「んー」
彼女は両手に持っていたマグカップを机に置く。紅茶の良い香りがふわっと鼻に届く。
そっけない返事の彼は相変わらずテレビの画面と睨めっこ。
私はこの場所にいなくてもいいのかもしれないけれど、居心地がいいから、いる。
いたいと思って、ここにいる。
彼は、どうだろうか?
私が居ることでなにか、迷惑になってはいないだろうか?
彼は私よりも年上で、だからこそ“大人として”と考えているに違いない。
私ももう少し、早く生まれていたらなぁ。
早くといっても、彼に追いつくまでには3年の歳月が必要になるのだけれど。
「いいなぁ、朋樹さんは」
ぽろり、とそんな言葉にしてしまった。
彼はテレビから顔をこちらに向けていた。
「え、あ……今のは違うよ、ボーっとしてて……声になってた?」
私は慌てて手を振る。
彼がいつものように、“サン”付けに対して拗ねてしまうのではないかと思ったから。
一般的に言えばその行動自体がまだまだ子どもだといわれかねないのだろうけれど。
彼の場合は、単に大人扱いされている事が嫌なのではなくて、年の差を感じざるを得なくなるから嫌がっているのだと、気付いた。
きっとこれも、本人は子どもっぽいとかそういう理由で教えてくれないのだろうけれど、私の読みは結構当たる。
「ふーん」
「あの、ね? 朋樹は、私なんかが一緒にいていいの?」
「何? 突然」
「なんとなく」
言葉尻が小さくなる。私なんかよりも、いい人はたくさんいるだろう。
探せば同年でだって見つかるよ、きっと。
じっと彼の顔を見つめると、彼からは当然という風に、
「いいの、俺が、花羽しか駄目なんだから」
さらりとそんな言葉が返ってきた。
思わず口ごもってしまう。
「え、あ……」
「……ありがとね」
え? と私は聞きなおそうとした。彼からそんな言葉、聞けるなんて。
けれど彼はまたテレビに顔を向けていた。
「朋樹、今の、も一回!」
「い、や」
「けちー」
「ケチで結構」
そんな彼に私は飛びつくようにして背後から抱きついた。
彼は驚いて身体をビクリと反応させる。
「ありがとう、私も朋樹さんがいい、です」
「当然」
そんなこと、解りきってるなんて言わんばかりの彼だけれど。
私には、それだけじゃない。不安もたくさんあるけれど。
ありがとうって、貴方が言ってくれたから。
私は今日も、貴方の隣に安心していられるんです。
【ありがとうって言ってくれたから】
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