【完結】エールデ大陸年代記~紅月の下で君を想う~
渡邊 香梨
プロローグ~それぞれの始まり~
【カレルSide】
(ああ、次の章が始まる)
自らの子がこの世に産声をあげた瞬間、私は誰に言われるでもなく、その事を理解した。
華森志帆だった自分が
カレル・ローレンスとなったこの国で、夢は叶えた。
花屋を開く事は出来たし、物語のような恋もした。
ただ、平民の職業である花屋では、恋は出来ても、物語のような
正室も、側室も、望めない。それでも人生でただ1人、愛する人の子供を持てる事に後悔はない。
「あなたは、何を望んだの?後で聞かせてね――キャロル」
産まれたばかりの赤子の目は、パッチリと開いていた。
まるで、既に意思があるかのように……。
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【19年後:エーレSide】
「余計なお世話だ、フェアラート公爵。こちらは妻が平民だからと言って、何も困ってはいない。無理に娘とユリウス皇子を縁づかせるメリットとて、一切感じない。レアール侯爵家の有り様に、とやかく口を挟まないで頂けまいか」
謁見の間に、これ以上ない冷やかな声が響き渡った。
「この…っ、無礼な……!!」
これ以上ない親切と、信じて疑っていなかった縁組を一顧だにせず切り捨てられた側は、その瞬間、頭に血が上り、腰の剣に手が伸びていた。
本来、彼の剣の腕はへっぴり腰も良いところだと知ってはいたが、この時は、まさか謁見の間で剣は抜くまいと、その場にいた全員の対応が一瞬遅れた。
「レアール侯……!!」
ダメだ、
俺の身体は、無意識の内に動いていた。
「エーレ殿下⁉」
背中に感じた鋭い痛みと共に、意識が遠くなる。
(キャロル……)
すまない。
もうすぐ君の国へ、君を迎えに行くと、約束をしたのに――。
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【19年後:キャロルSide】
深夜の宰相室。部屋の主人が「皇帝がいずとも日々が…」などと、ブツブツと愚痴りだすに至って、この日の巡回当番として、様子を見にやって来た私は、呆れた溜息を吐き出した。
「アデリシア殿下……」
帝国宰相兼皇太子として、連日深夜まで書類に埋もれているこの青年が、アデリシア・リファール・カーヴィアル――私、キャロル・ローレンスの上司だ。
秋も深まる今、宰相室の机の上を占めるのは、収穫された農作物に応じた、租税の報告書の山だ。
一から確認をすると言うよりは、各地で公式書類としてまとめられた物に目を通す作業にはなるけれど、それでも多くの量があり、疎漏はある。まして税の着服を狙った、数値の不自然な書類も、多いとは言わないまでも、確かに存在する。
現皇帝クライバー2世の統治が、いくら善政と言われていようと、全ての末端にまでそれが行き渡らないのは、
例え今の私の役職が、アデリシア殿下の近衛隊隊長と言う役職であっても、それは充分に理解出来ていたのだ。
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