第16話【オッサン、グリフォンと遭遇】

 トランパルはダンジリアの草原から北東に向かった場所にある。

 川を越え、深い森を抜け、再び草原を一日程走らせた先。

 大体二日~三日はかかる距離だ。


 俺は馬車に揺られながら、もう一度馬車に積まれている物をじっくりと観察した。

 冷蔵魔法が施された数樽の中には新鮮な果物と野菜などが詰められており、食事に困る事は無い。

 強いて言えば肉が必要になった時に狩りに出かけないといけない事か。

 森なら鹿とかが居るし弓さえあれば獲れるだろう。


 しかしニャムめ、冷蔵魔法付きの樽なんて高級品引っ張り出してきて、相当気合が入ってるな。

 確か冷蔵樽は一樽金貨一枚程だったか。

 あれば便利だし買っても良いんだけどな……庶民には中々手が出せない。

 

「どなどなどーなー♪」

「ふふっ、ニーナちゃんご機嫌ですねっ」


 一方、ニーナとシエラは二人で楽しそうに歌を歌ったり、景色について話をしたりしている。……その歌は楽しい歌なのか?

 さておき、トランパルに着いたら何するかとか、美味しい料理はあるのか、とかも話してたりした。

 まったく呑気なもんだとその光景を見てふっ、と笑った。


「なーぅ……すぴー……」


 ニャムの方は相変わらず寝ている。運ぶのに相当疲れたのだろう。

 時々寝言で「わぁいまたたびだぁ」なんて言ってるし、良い夢を見てるに違いない。

 マタタビといえば獣人族にとって酒とも言える植物だが、猫獣人は特に好物らしく、常時持ってる奴も居るぐらいだ。

 ダンジリアでは食料品店で売ってたな。道具屋で扱わないのは……多分店主が手を出してしまうからだろう。


 そんな感じでしばらく過ごし、川を越えて森の入口にまでやって来た。

 景色は変わり見渡す限りの木々。木漏れ日が道を照らしている。

 草木の影から時々、リスなどの小動物が顔を覗かせてこちらを凝視する。そんな感じの風景だ。


 テンションの上がっていたニーナ達もすでにリラックスモード。

 ニーナに至ってはニャムにつられてかうとうとと頭を揺らし始めていた。


「眠かったら寝ても良いんだぞ、まだまだ先は長いんだから」

「んん、まだだいじょ……ふあぁ」


 まったく強がっちゃって。

 俺が傍に行って頭をなでてやると、こちらに寄りかかってお昼寝し始める。

 そんな様子をシエラは微笑ましそうに見ていた。


「ふふっ、もうすっかりお父さんですねっ」

「よしてくれ、改めて言われると恥ずかしい」


 それにそんなに似てないだろう、なんて続けようと思った―― 矢先


 馬が急に嘶いて急停止し、荷台が大きく揺れる。

 微睡んでいたニーナも驚きの声をあげて目を覚まし、衝撃でニャムの顔の上に荷物が落ちた。


「ぐえー……ぐもーにん、なにかあったぁ?」

「いやまず顔の上の荷物どかせよ」


 こんな時でも呑気な声を上げるニャムにやれやれ、と思いながら荷物をどかしてやる。


「あふ……サンキューおっちゃん、たすかったよぉ」

「微塵にも思ってなさそうな声で言われてもな……おい御者さん、何があった?」


 起き上がり、サムズアップで答えるニャムを適当にあしらって御者へと声をかける

 横で女の子の扱いが雑だなぁ、なんてちょっと文句を言っていた。

 丁重に扱えばそれはそれで嫌がる癖に、まったく。


「それが、馬の前に獣が飛び出しまして……ほら、あれです」


 御者が指差す方向には、一匹の小型犬くらいの生き物が居た。

 上半身はワシ、下半身はライオンの様なネコ科の動物のそれの奇妙な生き物――。

 

「グリフォンの子供……? どうしてこんなところに」


 降りて確認しに行くと、そのグリフォンはもう動けないのか一切逃げる事をしない。

 身体中傷だらけで疲れ果てている。何かから逃げてきたかの様だ。

 グリフォンは賢い生き物だ。こちらに危害を加えるつもりがないと分かれば抱いても問題は無いだろう。 


「大丈夫だ、危害は加えるつもりは無いからな」


 俺がそう安心させて話しかけながら持ち上げようとした、その時。

 横の草むらからのっしのっしと興奮した何かがやって来た。

 成人男性よりもはるかに大きい巨大猪だ。


 俺はとっさにグリフォンの子供を抱き上げ、猪とは反対側へと走り始めた。


「パパっ!?」


 ニーナの心配する声が聞こえてくる。ごめんな、それに答える余裕は今は無いんだ。

 猪は当然、走った俺の方へと向かって突進し始める。

 『逃げ足』があるから追いつかれる事は無いが、このまま逃げ続けて森で迷ってしまったら大変だ。

 早いところ決着をつけなければならない。


 俺は近くにあった大木まで走ると、大木を背に振り返り猪と対峙する。

 猪は俺の事しか眼中にない様子で、思いきり突っ込んできた。

 まだだ、まだその時じゃない。ギリギリまで引き付けて―― 今ッ!


 『逃げ足』を使用したサイドステップ。たったそれだけの動作をする。

 急に俺が消えたと思った猪は、そのまま大木へと思いきり顔を打ち付けた。

 そしてそのまま横に倒れ、気絶。刹那の出来事だった。


 ふうっ、と汗をぬぐうと、グリフォンの子供が此方を見上げていた。


「もう大丈夫だぞ、怖いやつは居なくなったからな」


 そう優しく声を掛けてやると、きゅう、と一声小さく鳴いた。

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