魔族と人間たちの関係は始まったばかり
「兄上申し訳ありません。
このような役目を押し付けることになってしまい……」
テオドール王子は反応を恐れるように、フォード王子の顔色をうかがっていましたが
「何のことだ?
俺は、ジュリーヌ・カレイドルの仇を討っただけだ」
剣をしまい、そう言いました。
「でも兄上は……」
「テオドール。大きな過ちを犯した私ではなく。
貴様が、この国の王となるのだ」
「兄上はどうされるのですか?」
「今回の騒動を巻き起こした元凶は私だ。
もともと国外追放されて、当然の罪を犯したのだ」
フォード王子は、そう言い切りました。
混乱を最低限に抑えるために。
多少強引だとしても、それこそ詭弁であっても。
今、国の王を不在にするわけにはいかないのだと。
「フォード・エルネスティア。
国を戦争に導こうとした罪・および、国王陛下殺害の疑いで、あなたから第一王子の位をはく奪する。
亡き国王陛下に変わり、一時的に継承権第一のテオドール・エルネスティアが全権を握る」
これで良いんですね? と。
精一杯、威厳を出そうとするテオドールに、フォード王子が「上出来だ」とだけ呟きました。
テオドール王子は、まだまだ経験は足りていないかもしれませんが。
魔族の王を目の前にして、冷静に状況を見極めようとした胆力。
話し合いを通じて、最終的に国の変化を受け入れることを選んだ柔軟さ。
テオドール王子のことは、きっと優秀な家臣が支えてくれるでしょう。
ひとむかし前のフォード王子と違い、きっと忠言に耳を傾けるはずですから。
「それでは早速ですが、和平協定を結びたいと思います。
提案頂いたとおり、両種族の王族の命を代償とする『誓約の儀式魔法』を、その証明としたいと思います。
よろしいですね?」
「ああ。異論はない」
テオドール王子を、魔王様もあっさり呑み込みます。
結果的に、国王を排除することになってまで。
魔族と人間の溝を、これから埋めていくという意思。
「まさか、このような日が来るとはな……」
それを目の前で見せつけられたのです。
魔王様は口を挟むのも野暮、とばかりに提案を受け入れると宣言。
こうして――誓約の儀式魔法は無事に結ばれ。
私と魔王様の悲願は、実にあっけないほど簡単に叶うこととなったのでした。
◇◆◇◆◇
「この誓約魔法が、いつまでも守られることを信じて……」
テオドール王子に見送られながら。
私たちは、王城を後にするのでした。
いつかまたここに、魔族代表として訪れる日が来るのでしょうか。
今まででは考えられず、いつか来るかもしれない未来。
「余からは口を出さなかったが。
良いのか、あのようないい加減な条件で和平協定を結んでしまって?」
「形に残るものを残したいと思ったんです。
細かい効力なんて、この後話し合いの中で調整していけば良いとは思いませんか?」
「まあ、良いだろう。
この件はフィーネに任せると決めたのだしな」
この儀式魔法は、互いの命をもって戦争を抑止する強力な枷ではありますが。
悪用すれば一方的に相手を虐殺できるような、非常に危険なものとなる可能性もあります。
――だからこそ肝は、儀式魔法による束縛などではなく
――王同士で信頼関係が築けたか
「人間とも、良き関係を築いていきたいものだな」
「ええ。両種族にとって、必ずプラスにしてみせます。
――これからも私たちが共に生きていくために」
「……そ、そうだな」
これからの未来を思い描いて、改めてよろしくお願いします、と私は微笑みかけます。
魔王様は、ちょっと恥ずかしがるように顔を背けるのでした。
お城で国王たちを相手にしていたときの、威厳はどこにいったのでしょうか。
国を背負う姿と、人見知りで恥ずかしがりという魔王様の素顔。
「フィーネ、貴様が望むのは不戦協定だけでなくその先。
人間と魔族が共に過ごす世界だと、そう言ったな」
そう口にしたのは、フォード王子。
「本当に可能だと思ってるのか?
ほとんどの人間が、魔族を恐れている――マイナススタートも良いところなんだぞ?」
というか国家反逆罪が適用された王子を、こんな風に野放しにして大丈夫なんでしょうか?
付いて行くように、と指示したのはテオドール王子の判断なので文句は言えませんが。
「大きな道も一歩からです。
最大の難所を超えたわけですし、どうにかなりますよ」
ここまでの道のりを想えばこそ。
「ふん。貴様は歴史に名前を残すだろうな。
国を変えた――偉人となるか、大罪人となるか」
為政者に都合の良いように、歴史は紡がれていく。
人間と魔族で国交を築いた偉人となるか。
それとも――
「……私、本当は魔族領で隠居してるつもりだったんですよ?」
ここまで大立ち回りをするつもりは、ありませんでした。
こうして戻ってくる羽目になったのも、あなたのせいですからね?
「本当に申し訳ありませんでした!」
すっかり王族としてのプライドを捨てたからか。
フォード王子は、ヘコヘコと頭を下げるようになってしまって。
……というか、怖がられてる?
私は、どこか釈然としない思いで首を傾げました。
◇◆◇◆◇
魔族領に戻ろうとする私たちを待ち伏せていたのは、見覚えのあるシルエット。
挑戦的な視線でこちらを見てくるのは――
「来たのね。悪役令嬢――フィーネ・アレイドル」
「い、生きていたんですか!? ジュリーヌさん!」
不敵な笑みを浮かべる、ジュリーヌさんでした。
「メディアルよ。
ジュリーヌの生命力を使って、顕現したのではなかったのか?」
「人間を皆殺しにしろというのが、今回の契約だったわけだろ?
なら契約不履行だ。その代償を受け取るわけにもいかねえさ」
すっとぼけた顔で、クマのぬいぐるみを模った魔族が言う。
「ま、まさか。
まだ戦争を起こすつもりなのですか?」
「今回は私の負け。
潔く諦めるわ。
ヴァルフレアルートには、どう頑張っても入れなそうだしね」
戦争を起こす、と言ったときと同様にあっけらかんと。
どこまでも呆れた気分屋。
「ふざけないでください!
ヴァルフレア様も、フォード王子も。
決してあなたに都合の良いおもちゃじゃない」
感情を露わにする私を、ジュリーヌさんはパチクリと瞬きをしましたが。
面白いものを見たとでも言うように。
「……そんな顔もするようになったのね。
フィーネ・アレイドル、あなた今の方がよっぽど魅力的よ」
まるで憑き物が取れたような表情で。
自称――ヒロインは、不敵に微笑んだのでした。
「ジュリーヌよ。
本当に、本当に無事で良かった」
「フォード王子。
その、まさかと思うけど……?」
「国王の地位は、テオドール王子に譲り渡してきた。
私は国外追放されることになった。
ジュリーヌも、罪が明らかになればやはり魔族領への追放刑となるだろう」
さきほどまでの勝気な表情もどこへやら。
ジュリーヌさんは、あんぐりと口を開けて。
「こんなルート知らないわよ――!?」
そう大声で叫びます。
落ち着きなさい、私。
ここはもう私の知っている乙女ゲームの世界じゃないわ。
戦争は回避されて、魔王は悪役令嬢とくっついた。
フォード王子は失脚、ってどこに向かってるのよ!?
そう独り言をぶつぶつと呟くジュリーヌさんは、混乱冷めやらぬ様子。
どうにか宥めようとフォード王子が、機嫌を取りに向かいます。
甘えるようにプクーっと頬を膨らませるジュリーヌさん。実にあざとい。
それでもフォード王子が何かを囁くと。
ジュリーヌさんは、コロリと機嫌を直すのでした。
「なあ、フィーネよ」
「何ですか、ヴァルフレア様?」
「魔族領――我が国へ追放を、死刑変わりに使ってるのもどうなのだ?」
「結界の外に出た直後に、視界に入る物が心臓に悪すぎるんですよ。
まるで人出のない砂漠に、何か巨大生物が歩き回ってる様子。
そりゃ人間も恐れますよ……」
私だって追放直後は死を覚悟しました。
「ふむ。そういうところも変えていかないとだな」
「任せてください。
可愛いモンスターにお出迎えさせれば、印象もバッチリですよ」
「一体、魔族領に何を望んでいるというんだ……?」
「そりゃあ、可愛い生き物とお酒ですよ!」
そんな他愛ないことを話していると。
どうやらフォード王子が、ジュリーヌさんをなだめ終わったようで。
フォード王子は、小走りでこちらに向かってくると。
「これからは、人間と魔族の共存のために。
微力ながら手伝わせて欲しい」
そう頭を下げてきたのでした。
「頭をあげて下さい。
フォード王子もジュリーヌさんも」
……すっかり立場が入れ替わってしまいましたね。
自分たちが恨まれている自覚はあるのでしょう。
怯えるようにこちらを見てくる2人を見て、私は返答を考えます。
ジュリーヌさんのことも。
フォード王子のことも。
これまでどうでも良いと、そう切り捨ててきた人間も。
――こうして真っ向から向き合ってみて、胸に残ったのは
私の人生をメチャクチャにしたことに対する恨み?
最終的に和平交渉を成立させてくれたことに対する感謝?
国を追われることに対するざまあみろという心?
ううん、そんなことはどうでも良い。
そんなことより――
「魔族と人間たちの関係は始まったばかり。
これからも関係維持のため、よろしくお願いします」
未来の方が大切ですから。
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