許されたと思うなよ?
魔王様が放ったのは、場の重力を操る魔法でした。
本来であれば、少し動きを緩慢にする程度の効果しか及ぼさないはずの魔法ですが。
さすがは魔王様というところでしょうか。
術をまともに食らった騎士団員は、どれほどの力で地面に押し付けられているのか苦しそうなうめき声を上げています。
「……魔王様? やりすぎです」
「ふむ、そうか? これでもかなり力を抑えたのだがな。
死人は出ていない筈だが?」
その力は、あまりに圧倒的。
これほどの人数を、1人で1回魔法を唱えただけで無力化してしまうなんて。
私の引きつった笑みを見たのでしょうか。
魔王様は不服そうな表情を浮かべつつ、しぶしぶといった様子で魔法の効力を弱めました。
「やっぱり、本気を出した魔王様の魔法は別格だな~!
その気になれば、人間なんて簡単に滅ぼせるんじゃないか?」
魔王様の近くにプカプカと浮いていたメディアルは、笑いながらそんなことを言いました。
縁起でもない。
そんな未来が来ないよう、ここまで奮闘して来たというのに。
「くっ、これまでか。
我々をどうするつもりだ……?」
魔法の効力が弱まったからでしょうか。
どうにか立ち上がった騎士団長は、怒りのこもった目でこちらを見上げてきました。
「フィーネ・アレイドルよ。
まさか本当に魔族と手を組んで、この国を滅ぼそうとするとはな……」
たった1つの魔法で、これだけの人数を無力化してみせた魔王様。
騎士団の面々には、あからさまな怯えの色がありました。
「罪もない人を、皆殺しにしようとしておいて。
よくそんなことが言えますね」
人間はこれまで、魔族に怯えて結界の中に閉じこもって生きてきました。
私だって魔族領を恐れていた1人です。その恐怖は理解はできます……だからこそ、これから変わっていくべきです。
「この国を守るための尊い犠牲だ。
国王陛下が、そう判断されたのだ」
「……そんな行為、見過ごせませんよ」
容赦なく民を手にかける決意ができる国王の方が、魔族よりもはるかに恐ろしいです。
「心配しなくても、私に国をどうこうする意志はありません。
……だから、そんなに怯えなくても誰にも危害は加えませんよ」
そう言う私を見返す騎士団長の目は疑惑に満ちたものでしたが。
「どちらにせよ、敗北した我々にできることは何もない。
好きなようにするが良い」
やがては、そう白旗を上げました。
一見投げやりな口調ですが、その顔色はどこか晴れやかなものにも見えます。
私は頼んで騎士団の面々を縄で縛るよう、アルテに依頼します。
騎士団の反応は様々でした。
魔族に対して、悪魔め――と呪詛を吐くもの。
自身の凶行を止めてくれたことに感謝するもの。
ただただ怯えてパニックに陥るもの。
――溝はまだまだ深いな……
そんな中、見えた1つの希望は。
「あ、あの。
国王が騎士団連中を差し向けてきたときは、もうダメだと思いました。
こうして助けてくれたこと礼を言いたい」
こちらにやってきてお礼を言うのは、1人の貴族でした。
はにかみながら貴族の礼をする人物は……
「リテュール男爵?」
裁判の場で立ち上がり、恐れることなく王子に意見をぶつけたお方です。
「ひめさまは、本当に誰にでも大人気だな?」
「いいえ、違いますよ。
この方がお礼を言っているのは――」
彼が、深々と礼をしたのは――この場で人間を守るために戦ったアルテ。
アルテは驚いたような表情を浮かべ、
「ふん、勘違いするなよ。
すべては、魔王様とひめさまのためだ」
などと答えましたが。
まんざらでもなさそうな表情に見えます。
魔族に感謝する人間がいること。
信頼関係とは呼べない、はじまったばかりの関係性ですが。
それは一方的に怯えていた今までとは違う、小さな一歩でした。
◇◆◇◆◇
「メディアルさん、アルテさん。
おふたりは、念のため騎士団員の方々を監視しておいてください。
この方たちは、国王に命じられただけです。
危害は加えないでくださいね」
私は、縛り上げた騎士団員を見ながらそう魔族たちに頼みました。
結果的に、捕虜のような扱いになるのでしょうか。
恨みをかわないため、丁寧に扱わないといけません。
「ひめさまは、どこに向かわれるのですか?」
アルテが、面白がるような目線を向けてきます。
「そうですね……」
私は口に手を当てて少しだけ考えると、
「とりあえず、国王をぶん殴ろうかなと」
――そう簡単に済む問題ではないんですけどね……
私は、あえて軽い口調でそう答えたのでした。
「当然、余も同行しよう」
「ですが、私の目的はあくまで和平交渉です。
魔王様を連れて行ったら、武力で脅すような形になってしまいます」
当然のように、こちらに歩いてくる魔王様。
魔王様を連れていけば、圧倒的な武力で脅すような形になってしまう。
一瞬、そう思いましたが……
「そんなものは、もはや関係ないだろう。
先に仕掛けてきたのは国王の方だ。
とにかく、余も同行させてもらうぞ」
そう一方的に言われてしまえば、止める術はありませんでした。
「フィーネ。貴様は、父上の元に行くのだな?」
一方、緊張した様子でそう尋ねてくるのはフォード王子。
「ええ。どのような結末になるにせよ。
――決着を付けてきます」
「この事態のきっかけを作ったのは私だ。
どのような結末になるにせよ、一国の王子として見届けさせてくれ。
頼む。私のことも連れて行ってくれ」
あまりに必死に頼み込んでくるフォード王子。
フォード王子は、本当にどうしようもない人間でしたが。
これでも、少しは変わろうとしているなら。
「良いでしょう。
……どのような結末になろうと、決して後悔しないでくださいね」
これからどうことが進むにせよ。
たしかにフォード王子には、見届ける権利と義務があります。
「……本音を言うと、貴様のことは八つ裂きにしてやりたいぐらいだ」
一方の魔王様は、固い声で。
「貴様が、フィーネにしたこと。
余は――魔族は、決して貴様を許さない。
覚えておけ。こうして同行を許可されたからと言って、許されたと思うなよ?」
魔王様はピシリと釘を刺すと、冷ややかな目線を送りました。
フォード王子は反発することもなく、コクコクと神妙に頷くのでした。
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