私、すごい興味あります

「うむ。楽しんでいるか、人間の娘?」

「お気遣いありがとうございます、魔王様。

 はい、魔族のみなさんにも良くして頂いて。

 こうして出会えたことに感謝しています」


 ――どどどどど、どうしましょう!?

 

 脳内でひたすら慌てふためいていますが。

 公爵家として育ってきた条件反射でしょうか、すごく無難な返しを選択。

 

「うむ。それは良かった。

 貴様のために用意した余興だ。

 余のことは気にせず、存分に楽しむが良い」


 魔王――ヴァルフレア様から、めちゃくちゃ冷たい視線を貰いました。


 ――聞いてたのと違いますよ!


 優しい方ですよ、ってリリーネさん言いましたよね。

 取り付く島もないじゃないですか!?


「お気遣いありがとうございます、ヴァルフレア様。

 このような場を開いていただいて感謝しておりますわ」


 そんな内心はおくびも出さずに。


 淡々と、そつなく返すことに成功。

 こんな状況であっても、私の笑顔の仮面は崩れません。


 本心を隠したまま無難な会話をするのは得意分野。

 これまでの経験が役に立っています。


「邪魔したな。

 何が困ったことがあれば、リリーネに申し付けるが良い。

 騒がしい場は好かぬ。余は一足先に自室に戻っていよう」


 ――あなた、私に用があったんじゃないですか!?


 内心で絶叫、表では微笑。


「では後ほど伺いますね」


 そう返すと、なぜかギロリと魔王様に睨み付けられました。


 ――え、何? 私なにか間違えた?

 

 なにも分かりません。

 さすがに笑顔の仮面が剥がれそうになります。


 スパーン!



 どうしようと困っていたら、とつぜんの良い音。

 なにかと思えば、リリーネさんがスリッパで魔王様の頭をはたいたのです。


「な、なにをする!?」


 狼狽した魔王様に


「ヘタレもいい加減にしておきなさいよ!

 フィーネちゃんが、この場にどれだけ怯えてるのか分からないの?

 それなのに……あんたの機嫌を伺って。

 それをおくびにも出さず堂々とした態度で…………」


 リリーネさんが腰に手を当てて一声。

 それはお城の入口で見せたときの様子と変わらぬものでした。


「それは……その…………。

 アビーに任せておいた方が良いだろう?

 そうして、みなと打ち解けてからなら余も……」

「これから国を背負っていこうて者が、そんなことでどうするんですか~~」


 しっかりしてくださいよ~、とリリーネは呆れ声。

 リリーネさんの勢いに負けて、どんどん小さくなっていく魔王様。

 さきほどまで感じていた威圧感が、嘘のようです。


 どうやら、初対面で怒らせてしまったというわけではなさそう?

 知らないうちに大失敗をやらかしたのかと心配していましたが、そうではなさそうで良かったです。


「あの、気になさらないで下さい。

 ゆっくりお話するには、この場が騒がしすぎるというのは同意見です。

 ですから後ほど部屋に挨拶に……」

「それはならんぞ。

 余はヴァンピーレ族の末裔。夜が深くなると理性を失って――」


 クワッと目を見開いて、全力で否定する魔王様。

 なるほど、習ったことはありませんでしたがヴァンピーレ族にはそのような習性が……?


 スパーン!


 リリーネさんのスリッパが、また一閃。


「魔王様! 適当なこと言わないでください!

 フィーネちゃん純粋なんですから! あっさり騙されてますよ!」

「貴様は、もう少し魔族の王である余を敬ってだな……」


「な・に・か?」


 リリーネさんの圧に、たじたじのヴァルフレア様。

 その様子を見ていて、当初感じていた恐れが薄れていくのを感じました。


 リリーネさんとの気に置けないやり取りを見ていても分かります。


 根は気の良い人なんでしょう。

 でも……どうにも避けられている気がするんですよね。


「ヴァルフレア様?」

「何だ」


 ああ、この取り付く島もないぶっきらぼうな返答。

 やっぱり、私は距離を取られているんですね……。


 少ししょんぼりしましたが、気を取り直します。

 ああして話せているのは、リリーネさんがここで働いて信頼を勝ち取ったから!

 私だって――


「もしよろしければ……。ここに住まわせてくれませんか?」


 何でもやりますよ、とついでにアピール。


「どういうことだ?」

「結界を挟んで国があるのはご存知ですよね?」


 もちろんだ、と頷く魔王様。

 アビーも出入りしているらしいですからね、当然でしょう。


「あの国から、追放処分にされた身なんです。

 ここでは行くアテがないんですよ」


 さきほどのリリーネさんとのやり取りを見て。

 私は思い切って、自分の境遇を包み隠さず話してみることにしました。


 ある種の賭けだったのかもしれません。 

 それでも表面的なことだけを話していては、魔王様の態度は変わらないでしょう。


「知っている。当然、許可しよう。

 好きなように暮らすが良い」


 ふう、と安堵のため息。


 それにしても追放処分を『知っている』ですか。

 疑問は残りますが、少なくとも「このまま出ていけ」と言われなくて良かったです。


「またそんな言い方をして。

 魔王様がフィーネちゃんをこうして招待したのは――」

「リリーネ。いくら貴様でも、それを口にすることは許さんぞ」


「申し訳ありませんでした。

 きちんと、魔王様の口から伝えるんですね?」

「……善処しよう」


 魔王様とリリーネさんが、何やら早口で言い合っています。


 これまでもリリーネさんには良くしてもらいました。

 ヴァルフレア様も、私に敵意があるわけではなさそうです。

 だから、2人が何か良からぬことを企んでいるとは思いませんが……。

 こうして距離を取られて、コソコソ話を続けられて。


 ……何もかも秘密、というのは少し面白くないですね。


「ヴァルフレア様。

 本来、国からの追放処分は事実上の死刑です。

 魔族領で野垂れ死ぬはずだった私を、こうして保護していただいて感謝しております」


 まずは貴族のお手本のような淑女の一礼。

 薄い微笑みを浮かべたまま、お礼を言います。


「だからこそ! なぜそんな私を魔王城に招待したのか。

 私、すごい興味あります」


 じーっと、ヴァルフレア様を見つめてみました。


 ……ものすごい勢いで顔を背けられました。

 なんででしょう。

 嫌われているのではない、と思いたいですが……。


「よ、余はもう行くぞ。

 いつまでも話していては、貴様もせっかくのパーティーを楽しめなかろう」

「その前に、ほら。フィーネちゃんに言うことがあるでしょう?」


 一刻もはやく立ち去りたいと。

 何が何でも、魔王様は私と距離を取りたいようです。

 さすがに落ち込みます。

 

 ――だから


「元気そうで、本当に安心した。

 そのドレス、よく似合っている」


 突然発されたその一言は、予想外の不意打ちでした。

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