魔王様、張り切って準備してましたからね
それにしても、魔王城に入った人間なんて私が初めてかもしれませんね。
キョロキョロと辺りを見渡します。
外から見たときは、おどろおどろしい風貌しか印象にありませんでしたが。
こうして見ていると、中身はしっかりと手入れされた小奇麗な建物です。
時々飾ってある魔族をかたどったインテリアが、良いアクセントになっています。
「改めて、侍女頭のリリーネです。
フィーネ様と同じく人間です。きっと、少しはあなたの心労を理解できると思います」
「まあ、人間が魔王城に!?」
ものすごく気が抜けました。
こんなところで、人間と会えるとは思ってもいませんでした。
『魔王様に拾われたんですよ。
前の職場で、人身売買の取引現場を見てしまいまして』
口封じに魔族領に放逐されたんです、とリリーネは笑ってみせました。
使用人の失踪は、きな臭い貴族の屋敷では珍しくはなんともないですが……。
「あなたも、苦労されたんですね……」
「ボンクラ王子を裏で支えた挙句、魔族領に放り出されるフィーネ様ほどじゃないわよ」
魔族の支配する土地で出会えた、私と同じ人間族。
肩の力を抜いて話せます、心強いです。
「あら、フォード王子はこの地でも有名なんですか?」
「ひめさまに迷惑をかけまくってるって悪評でね。
アビーなんて、いつも文句言ってるわよ」
ひめさま~! とじゃれついてくる猫の姿を思い出し、頬が緩みました。
彼も、この地で出会えた貴重な友人です。
それにしても……。
ひめさまに迷惑をかけまくってるって悪評ですか……。
国の情報、筒抜けじゃないですか。
改めて魔族怖い。
「フィーネさん、ごめんなさいね。
人間にとって住みやすい場所ではないと思うけど……」
申し訳なさそうに、おずおずとリリーネさんが話しかけてきました。
「いえいえ。魔族領に追放されて、死ぬしかなかったんです。
ここまで連れてきてもらえて感謝してますよ」
私の立場で、文句を言うことなど許されないでしょう。
生きているだけで感謝です。
たしかに入口ではだいぶ驚かされましたが、そんなことは些細な問題です。
これ以上、心臓に悪い魔族がいないと良いな……。
「まずは大浴場でゆっくり休んでくださいね。
長旅の後だしね。体を休めるのも大切だよ」
「有り難いんですけど、良いんですか?
魔王様が私に会いたがってるって、だいぶ急いで連れてこられたんですが……」
「気にしない。気にしない。
細かなことを気にしてると、ここでは体がもたないわよ」
ずいぶんと実感のこもった言葉です。
リリーネさんも随分と苦労したんだろうな……。
人ごとながら、同情しそうになります。
――全然人ごとじゃないですね……
まずは大浴場へ。
お風呂を上がり次第、息つく間もなくドレスルームへ連行。
リリーネさんに連れられてドレスルームに入った私は、
「わあ」
思わず驚きの声を上げました。
そこは、色とりどりのドレスがかけられた空間でした。
公爵家の品揃えにもまるで見劣りしません。
それどころか、その何倍もの量が用意されているように見えます。
当たり前のように受け入れましたが……。
なぜ人間向けのドレスルームが、魔王城の中にあるのでしょう?
「リリーネさん、実はかなり良い家の出身なんですか?」
心当たりがあるとしたら、長年住んでいそうなリリーネさんでしょうか。
「私は、しがない貧乏貴族の末娘ですよ。
こんな煌びやかなドレス、とても着こなせません」
なら……。
このドレスたちはなに?
「えっと……。
魔王城には、私たちのほかにも人間がたくさん住んでいるんですか?」
「ええ。魔王様が保護した人が住んでるわ。
でもこのドレスは、魔王様がフィーネ様のために用意したものですよ」
ええ!?
それは、想像の斜め上の答えです。
「ど、どうして……?」
「ふふ。それは、私の口からは言えません」
直接聞いてみれば良いのでは? と、リリーネさんは楽しそうに答えました。
なんて恐ろしいことを提案するんでしょう。
「ま、魔王がどのようなドレスを好むか分かりますか?」
「何を選んでも、喜ぶと思いますよ」
「そ、そうですか……」
なんでしょう、このドレス選びを通じて何かを試されているのでしょうか。
私は、おっかなびっくりとドレスを選び始めました。
どのドレスも、ひとめ見て高級品だと分かります。
腕の確かな職人の手により丁寧に仕上げられたもの。
「……これにします」
魔王の意図がまるで分からず。
結局、私が選んだのは黒寄りの落ち着いた雰囲気を持つドレス。
華やかなドレスというのは、それだけ印象を残しやすいものです。
色合いによっては相手に攻撃的な印象すら持たせてしまう、厄介な代物なのです。
――私は、あなたに敵対する意識はありませんよ!
――どこにでもいる、ただの貴族令嬢ですよ!
何事もなく、無難に魔王との接触を乗り切れれば。
うまくいけば魔王城の侍女として働かせて貰えるかもしれません。
リリーネさんという前例もありますからね。
魔王城。
働き先としては不安が残りますが、魔族領を彷徨うよりは遥かにマシです。
「それにしますか?」
「ええ。それにしても、これだけのドレスを良く集めましたね……」
私は頷きました。
魔王の考えが分からない以上は、相手の好みに合わせるという基本的な選び方もできません。
生まれてからずっと世話をしてくれた、公爵家のメイドたちのセンスを信じましょう。
このドレスを選んだのには、もう1つの目的があります。
できる限り魔王の印象に残らないこと!
魔族領に入るなりアビーが派遣されたことからも、ずいぶんと目を付けられているようですが……。
「もうじき、フィーネ様が来ると。
魔王様、張り切って準備してましたからね!」
どういうことなの!?
なんで魔王なんて縁もゆかりもない魔族が、私のためにドレスを用意しているの!?
私のこれまでの人生、魔王と接点なんてないんですけどね!?
アビーさんたちとは、たしかに友好を築けたのです。
魔王が相手でも、きっと……。
「では、さっそく向かいましょう。
魔王様にそのお姿を、早く見せてあげてください!」
リリーネさんは選んだドレスを手に取ると、そのまま私を着換え室へと案内しました。
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