第6話:今日は新曲発売、テーマは夢?

「という訳だから、今日はみんなでCD買いに行くよ!」

「なにがという訳なんだ?」

「…なんかデジャブ」


 飛鳥の突然の言葉に一同がクエスチョンマークを浮かべる中、ボクは以前にもあったなぁこんなこと、と思っていた。


「だから、今日は雪の新曲のCDを買いに行くからねって話だよ!」

「そっか、今日だもんね、発売」


 そう、今日は以前から言っていた新曲のCDの発売日なのだ。当然ボクも知っていたが、あまり気にしていなかった。


「けど俺、いつもpTunesStoreで買ってるからなぁ。CDで買ったことはないんだが」

「甘い! 甘いよ福谷!! それでも雪のファンなわけ!?」

「お、おう。…え、なんで怒られてんの、俺」

「いい!? ファンたるもの、売られている物姿形問わず、それが雪に関するものならすべて買う!! 雪のファンだというなら当然でしょ!!」

「いやごめん、その理論はガチ勢にしか通用しないかも」


 何やら暴走気味の飛鳥に冷静に突っ込む駿介。


「落ち着きなさい、飛鳥。所詮にわかには分からない心理よ。けど安心して、私はちゃんとガチ勢だから、あなたの言っいること、理解も共感もできるわ」

「怜奈!」

「ええ、飛鳥」


 ガシッと手を組んでなにか通じ合っている二人。ボクと美乃梨はあはは、と苦笑い。


「……だからなんで俺ディスられてるの」


 と落ち込む駿介。大丈夫、ファンなのは知ってるし嬉しく思うから。強く生きて。


「えっと、それで結局、放課後はみんなで買いに行くってことでいいんだよね」

「うん! みんな予定とか大丈夫?特に雪」

「ああうん、今日は一日オフだから平気」

「では決まりね」

「あれ、俺には聞かないのか」

「あら、にわかのあなたも行く気なのかしら」

「ひどくね!? にわかじゃねぇし友達だろ!? 置いていくなよ!」

「冗談よ」

「帝堂のは冗談に聞こえねぇんだよな…」


 がっくりと項垂れる駿介。今日の彼は散々なようだ。


「それはそうと、飛鳥」

「うん? 何?」

「あなた、いつの間に姫様のことを“雪”と呼ぶようになったのかしら」

「あ! それ私も気になってた! なんでなんで!?」

「ふえ!? …あ、そ、それはその~~~っ雪!」

「え、そこでボクに振るの?」

「おねがい!」


 両手を合わせて頼み込んでくる飛鳥。実は前回二人で買い物に行ったあと、ボクの呼び方をそのまま“雪”でいいか聞いてきた飛鳥に、ボクは承諾したのだった。


「あ~っと、ボクの方から頼んだんだ。この前二人で出かけたときに…あっ」


 二人で買い物に行ったことは駿介と美乃梨には言っていない。というか恥ずかしいから秘密にしててと今朝頼まれたのだが、うっかりしていた。しまったと思った時にはもう遅かった。


「ちょ、それってどういう事!? デートしたの!? いつ!?」

「わー!ちょっと声でかいって! ていうか雪、秘密にしてって言ったのに~!」

「ご、ごめん。うっかりしてた」

「それよりデートっていつどこでしたの!? 詳細はよ!!」

「も~! 落ち着いてってば~!」


 今日も今日とて騒がしい教室だった。



 放課後になり、ショップへ向かったボクたちだが、すでに出来ていたかなりの行列に驚いていた。……と思ったけど、それはボクだけだったようだ。


「よーし! 並ぶよ~!」

「いやあ、相変わらずすごい行列だね」

「ええ、やはり歌姫の新曲ともなれば、当然こうなるわよね」

「だから俺はCDは買わない様にしてたんだよ。待ち時間長すぎて」

「だから福谷はにわかって言われるんだよ。苦労してでも買いに行くのが醍醐味なのに」

「…みんなあんまり驚いてないけど、いつもこうなの?」

「あら、姫様は買いに来たことないのかしら」

「自分のCD買ったりなんてしないよ」


 他の歌手含めたアーティストたちがどうかは知らないけど、ボクは自分の歌を形問わず買うことはしない。だってなんか恥ずかしいし。


「そうなんだ~……いつもこれぐらいってわけじゃないけど、でもやっぱりどのお店行っても多いよ。2,3時間待ちとかもはや当たり前だし」

「そ、そんなに待つんだ…大変だね」

「あはは、まあ確かに大変だけど、さっき言ったようにそれ含めての醍醐味だし。やっぱり雪のファンだからね、これくらい当然だよ!」


 得意げに言ってみせる飛鳥と、それにうんうんとうなずく怜奈に美乃梨。駿介は微妙な顔をしているが、イヤそうという訳でもないらしい。


「そういえば雪、今回の新曲ってどんな感じなんだ?」

「確かタイトルが“To get up again”だよね。直訳すれば“再び立ち上がるために”ってところ?」

「ん、今回は“夢”をテーマにした曲だよ」

「夢?」

「一度自分の夢を叶えようとしたけど失敗して挫折して、それでも友人や恋人が支えてくれたおかげでもう一度立ち上がる。そんな内容になってる」

「へぇ、いい曲になってるんだろうな」

「というか姫様の曲で良くないやつなんて一つもないでしょ」

「さすが美乃梨、よく分かってる!」

「……ところで、今の話で気になるところがあるのだけど」

「うん?なにかな」

「姫様には、恋人がいる、もしくはいたことがあるのかしら」

「……っ!?」


 その質問になぜか飛鳥がビクッとしていたが、ボクは気にせず首を横に振った。


「いないよ、過去も今も。曲中にある恋人はフィクションだよ」

「あらそうなの、残念」

「なにが?」

「さあ、何かしらね…ふふっ」

「――――ッ! ちょ、ちょっと怜奈、こっち」


 静かに笑いながら飛鳥の方を見る怜奈。飛鳥はその視線に気づいて腕を引っ張り、何やらこそこそ抗議していた。


「なんにしても楽しみだなぁ、新曲!」

「ああ、俺も帰ったらダウンロードしないと」


 駿介と美乃梨は新曲を楽しみにしながら順番を待つ。


(……そっか、楽しみにしてくれる人、身近にもこんなにいるんだ)


 ボクは改めて周りの人たちを見て、そう思った。今までも、たまにだがテレビで人気歌手の順位とか、週間で人気順に曲を発表したりっていうのは見ていたし、その度に自分の曲が一位になっているのを知っていた。ライブをやるときも満員御礼はいつものことだったけど、こうしてちゃんと実感できることはなかった。いつも自分のことで必死だったからだ。


 けど今、こうしてちゃんと実感できた。なら…。


「もっともっと、頑張らなくちゃね」


 応援してくれるファンのため、友人のため。そして何より、自分の夢を叶えるためにも。

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