第10話 出席番号男子8番・中北知道 ②

「去年か一昨年、ドラゴンファンタジーの初期三部作がwiiで復刻されただろ。あれ、ファミコン版のオリジナルと、スーパーファミコンのリメイク版が両方収録されていて、ファミコン版の方はどこでもセーブできる機能とそのふっかつのじゅもんの両方が楽しめる仕様だったんだ。親父が懐かしいとか言ってやってるのを見た」

 祐葵はそう言って、加藤麻衣が繰り返し唱える呪文の最後の部分、「ゆうて いみや おうきむ こうほ りいゆ うじとり やまあ きらぺ ぺぺぺぺ ぺぺぺ ぺぺぺ ぺぺぺぺ ぺぺぺ ぺぺぺ ぺぺぺぺ ぺぺ」というところが、ゲームの序盤だが主人公のレベルがほぼ最大という裏技のようなふっかつのじゅもんだと言った。

 死者に対し唱えるのが、いくらゲームのものとはいえ、ふっかつのじゅもんだというのは気味が悪い話だった。ぞっとした。

「あいつんちって一体どんな宗教やってるんだ?」

「確か、千のコスモの会って言ったかな」

 そう答えたのは鮎香だった。二千年前にね、処刑されたイエス・キリストが三日後に復活するんだけど、その後数人の使者を連れて日本に渡ったんだって、この国でキリストが説いたキリスト教にかわる新しい教えだっていう話よ、と鮎香が教えてくれた。加藤さんのお父さんが開祖だって話だから、そういう設定ってだけみたいで、宗教自体は二十年か三十年くらいしか歴史がないみたいだけど、とも言った。設定に矛盾がないようにするためか、その加藤の父親は開祖でありながら一〇八代目の教祖を自称しているらしい。

「ろくな宗教じゃなさそうだな」

 ぼくは言った。

「そんなことより、お前、お姉さんは大丈夫なのか?」

 自分から話を振ってきたくせに、祐葵はぼくにそんなことを言った。

「姉ちゃん?」

 ぼくは一瞬、祐葵が何を言っているのか理解できなかった。そしてすぐに理解した。

 ぼくの姉ちゃんも、この高校に通っている。三年の確か1組だ。

 姉ちゃんはどうなったんだ?

 おかしくなってしまったのは棗先生とちづる先生だけだろうか?

 いじめロールプレイが行われているのはぼくたちのクラスだけ?

 だったらいいが、もし姉ちゃんのクラスでもこんなゲームが行われていたとしたら……姉ちゃんが危ない。

「先生、質問があります」

 ぼくは手を上げて、立ち上がった。

「何でしょう秋月くん」

「このゲームが、いじめロールプレイが行われているのはこのクラスだけですか?」

 その瞬間、教室がざわついた。ぼくがそれを口にするまで誰もこのことに思い至らなかったらしい。

 先生はぼくたちに支給されたものと同じスマートフォンを操作しながら、

「ああ、秋月くんのお姉さんは確か生徒会副会長の秋月理英さんでしたね。大丈夫ですよ安心してください」

 そう言って、ぼくがほっとし胸をなでおろしたのも束の間、

「もちろんお姉さんのクラスでも、いじめロールプレイは行われています」

 その言葉にぼくは戦慄した。

「このゲームは、教育的指導です。この学校の生徒が、いじめによって売春強要事件を起こしてしまったことへの。いじめは、事件は、このクラスで起きました。しかし、学校全体の問題でもあるのです。だからこのクラスだけではなく、全学年全クラスでいじめロールプレイが行われています」

「姉ちゃんは? 姉ちゃんはどうなったんだ?」

 詰め寄るぼくを先生は鬱陶しそうにし、

「やれやれ、まるで自分の身よりもお姉さんの身の安全の方が心配なようですね。大丈夫ですよ、安心してくださいと言ったでしょう。お姉さんなら無事です。今この端末で無事を確認しました」

 ぼくはまた胸をなでおろした。

「秋月理英さんは、どうやらいじめられる側になってしまったようです。よかったですね」

 先生がそう言って、ぼくはまたどん底に叩き落とされた気分だった。

 何がよかっただ。

 リンチやレイプもありのこのくそったれのゲームの被害者になっちまったんだぞ。

「秋月くんの他にご兄弟やお友達のことを知りたい方はいらっしゃいますか?」

 先生は言った。

「神子島藤樹(ミコジマ トウジュ)先輩は?」

 女の子の声がした。教室はまだ加藤のプラネタリウムの星の明かりだけで、誰が言ったのかはわからなかった。神子島っていうのは確か生徒会長の名前だったと思う。副会長の姉ちゃんと噂になっている優男だった。

「残念ながら、もう死んでいらっしゃいますね」

 先生は淡々とそう告げて、

「そんな……」

 女の子は泣き崩れた。

「隅田他吉(スミダ タキチ)は?」

 今度は男の声だった。確か同じ1年の5組か6組にいる、古風な名前の割にはチャラチャラした奴の名前だった。

「死んでいます」

 また先生は淡々とそう告げた。

「安則輝秀(ヤスノリ テルヒデ)くんは?」

「死んでいます」

「神取久実子(カンドリ クミコ)さん」

「死んでいます」

「小谷一豊(オタニ カズトヨ)」

「死んでいます」

「三笥 稔子(ミス トシコ)さん」

「死んでいます」

 次々と宣告される死の報告に、ぼくはようやく先生の「よかったですね」という言葉の意味がわかった。

「マクマラン邦助(マクマラン クニスケ)はー?」

 誰だよ、とぼくは思った。

 先生も「誰ですか、それ」と言った。

「すいませーん、今思いついて適当に言いましたー」

 誰かが誰かの死を悲しんでいるときに、不謹慎な奴がいたものだ。

「ついでにマッシ誠之(マッシ セイシ)くんのことも教えてくださーい」

「いい加減にして!」

 ふざけるその生徒を女子が怒鳴りつけた。ちっ、なんだよ、つまんねーな、怒られた生徒は舌打ちをして黙った。

 いじめられる者以外の人間は、いじめの首謀者も含めて六時間に一度必ず死の危険にさらされる。いじめの指令が誰も実行できないものだったら、下手したら一時間に一度だ。

 姉ちゃんはどんなひどい目にあうかかわからない。けれど死の危険からは一番遠い。

 先生が言ったのは、そういう意味なのだろう。

「安心するのは早いですよ秋月くん」

 先生が言った。

「いじめられる者は確かに死の危険からは一番遠い存在かもしれません。けれど、これはいじめロールプレイなんですよ。いじめから逃れる一番簡単な方法がこのゲームでも認められているんです」

 いじめから逃れる方法? なんだそれ? そんなものがあるのか?

「自殺ですよ」

 先生は言った。ぼくの頭は真っ白になった。

「かつて野中くんや平井くんたちにいじめられ、伊藤香織さんの恋人だった少年がそうしたように、お姉さんは、どんなひどい目にあって、いつ自殺するかわからないということです」

 姉ちゃんが死ぬ? 自殺する? 嘘だろ?

「姉ちゃんを助けにいく。ここから出してくれ」

 それは認められません、先生はきっぱりと言い切った。

「お願いだよ、先生。大切な家族なんだ。もうこれ以上家族を失うのはいやなんだよ。家族を失うのも、家族を失って悲しむ家族を見るのもいやなんだ」

 ぼくはいつの間にか泣きながら、そう訴えていた。

 うちの家族は半年前父さんを事故で失った。あまり家にいることのない人だったから、ぼくやまだ小学生の弟には父さんがいなくなってしまったことの実感がまだあまりなかったけれど、母さんや姉ちゃんは事故からしばらくの間、食事が喉を通らなかったり眠れなかったり毎日のように泣いたりして、ぼくと弟は母さんや姉ちゃんをどう慰めていいかわからなくて途方にくれた。あんなのはもう二度とごめんだった。

「秋月くん……」

「蓮治……」

 祐葵と鮎香が、先生に詰め寄っていたぼくを連れ戻しにきた。ぼくは仕方なくとぼとぼと席に戻った。

「もう半年になりますか、あなたのお父さんが飛行機事故でなくなってから。家族ってそんなに大事なものですか? 先生にはよくわからない感情ですが……わかりました。許可しましょう」

 先生は言った。

「先生! ありがとう!!」

 このときのぼくはまだよくわかっていなかった。

「ただし、君が生きてこのゲームを終えることができたら、の話ですけど」

 この人が、最低、最悪な教師だということを。

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