第18話 2013年10月12日、土曜日 ②
大和がいびきをたてて眠り込んだのを確認したぼくは、アリスに先ほど気になった輪廻という言葉について検索させた。
「輪廻とは、ヴェーダ、仏典などに見られる用語です。人が何度も転生し、また動物なども含めた生類に生まれ変わること、また、そう考える思想のことです。漢字の輪廻は生命が無限に転生を繰り返すさまを、輪を描いて元に戻る車輪の軌跡に喩えたことから来ています」
輪廻転生というが、輪廻という言葉には転生するという意味が含まれている。
では転生とはなんだろう?
「転生とは、死後に別の存在として生まれ変わることです。肉体・記憶・人格などの同一性が保たれないことから復活と区別されています」
やはり同じ意味だ。輪廻転生とは、輪廻と転生という同じ意味の言葉をつなぎ合わせた言葉なのだ。
ぼくはまたある言葉に引っかかった。
「復活と転生は違うのか?」
「そのようですね」
アリスは言う。
アリスたちDRRシリーズの元となったのは、古代宇宙飛行士であったイエスがこの世界に遺していったという肉体だ。ぼくたちの現状にはキリスト教が大きく関係しているはずだ。しかし、ぼくたちを振り回すRINNE、つまり輪廻は、ヴェーダや仏典の言葉だという。
イエスは処刑された三日後に復活した。転生が肉体・記憶・人格などの同一性を保たれず、別の存在に生まれ変わることなら、イエスはそれらの同一性を保ち、同じ存在として再生したわけだ。
「ですが、一部の宗教では転生を再生とも呼んでいます」
アリスの言葉にぼくは首をかしげる。
転生を再生と呼んでいる? 転生と再生は同じ意味なのだ。ならば、イエスは再生したのではない? ぼくの頭は次第にこんがらがってきた。
「再生について検索しましょうか?」
「ああ、頼む」
再生(さいせい)とは、基本的には文字通り、「再び生きること」や「再び生かすこと」を広く指しており、
・「死んでいる」とされる状態(仮死状態)から、「生きている」とされる状態に戻ること。これを「回生」「蘇生」と呼ぶ。
・キリスト教の用語・概念では、「復活」「新生」。
・ヴェーダや仏教の用語・概念では、死後に生まれ変わること。「転生」
・倒産した企業等が、事業の再開や継続を図ること。これは関係ない。
・経済的に破綻した個人が、経済生活の継続を図ること。これも関係ない。
・生物が一部を失ったときにその失った部分を補うこと。これは関係がありそうだ。
このあとのものは関係なさそうなものばかりだった。
・リサイクルなどにて、廃品を新しい製品として作り直すこと。
・ビデオやCD、カセットテープなどの記録媒体に記録された映像・音声などを実際に動かしたり聞かせたりすること。play。ボタンの表示などには右向きの三角形の記号が用いられる。
・演奏者が楽器などを演奏することで、芸術作品としての音楽、楽曲を表現すること。
・受信機において、受信した周波数の信号の一部を増幅回路に再入力(正帰還)して増幅度と選択度を高める電子回路の方式。
つまりイエスは一般的に言えば「回生」「蘇生」し、キリスト教の概念では「復活」「新生」した。しかしヴェーダや仏教の概念では「転生」したということになる。
宗教が違えば同じ言葉でも意味が変わってくる。だからこういう理解不能なことが起きるのだろう。
けれど、ぼくたちにはイエスと輪廻が深く関わっている。
ぼくはこの謎を紐解く必要がある。
ぼくはアリスに転生について、もっと詳しい説明を聞くことにした。
「仏教では、転生は特に輪廻と区別はされていないようですね。また、再び生まれる『再生』という語ではなく、再び存在する『再有』という語を用いることもあるようです」
再び存在する『再有』。やはり転生するためには、元になる存在がなければいけないということか?
では存在を消されてしまった神田透たちはもう二度と転生できないということになる。
アリスは続けた。
「あまり知られていませんが、仏教では魂の存在を認めていません。
輪廻における主体、アートマンを想定する他の思想と区別するためです。
転生する前の人生のことを前世、転生した後の人生のことを来世と言います。
輪廻のように人間は動物を含めた広い範囲で転生すると主張する説と、人間は人間にしか転生しないという説があります。
一般には仏教を語る上でのみ触れられますが、仏教に固有の思想ではなく、釈迦以前の思想家にも見られ、インドのみならずギリシア古代の宗教思想にも認められます。
インドでは六道輪廻にみられるような生まれ変わり、輪廻による苦から解脱することが目的とされていました。
現代の日本では、仏教における転生を、単に民衆を道徳へ導くための建前として語られたにすぎないとする者も多くいますが、過去の日本では、輪廻思想は仏教において前提とされる一般的な考え方であり、浄土教の源信などのように、転生を信じながら真摯な布教活動をした宗教家が多くいたようです」
存在を消された神田透たちは、転生できない。つまり来世はない。存在自体がなくなってしまった彼らには前世すらなくなってしまったのかもしれない。
輪廻について、転生について、再生について調べれば何かわかるかもしれないと思ったが、調べれば調べるほどわからなくなるだけだった。
とりあえずわかったことは、RINNEの「友だち削除」による存在の消去は現世だけにとどまらず、来世や前世にも影響しているということだろうか。その名の通り、まさしく輪廻を司っているのだ。前世や来世が本当に存在するのかは甚だ疑問ではあるけれど、魂の存在=ソフトウェア、それそのものを消す=アンインストール「友だち削除」が世界というハードディスクに何かしらの故障を引き起こしている。
48人いたDRRシリーズの適格者で生き残っているのは四人。
ぼく、加藤学、加藤麻衣、大和省吾。
DRRシリーズの現所持者は、大和省吾が抜けた三人。
ぼくと加藤兄妹だけだ。
加藤麻衣はロンギヌスの槍を手に入れ、世界を我が物にしようとしている。
加藤学はそれを阻止するために動いているはずだ。
ふたりは兄妹のくせに、おそらく互いの携帯電話番号もRINNE IDも知らない。だから互いを「友だち削除」できない。
この壮大な兄妹喧嘩の鍵となるのは、不本意ながらぼくだろう。
ぼくが加藤麻衣と加藤学、どちらにつくかによって世界の命運は変わる。
変革を求めるなら加藤麻衣に。ぼくは加藤学の携帯電話番号とRINNE IDを知っている。ぼくは彼を「友だち削除」することはできないと彼は言っていたが、ならば加藤麻衣に番号かIDを教えればこの戦いは終わる。
安定を求めるなら加藤学に。しかし、ぼくも加藤学も加藤麻衣の番号もIDも知らない。加藤麻衣も同様だ。加藤学の側につくなら、彼と協力して加藤麻衣の番号かIDを何としても手に入れなければならない。そして彼女を「友だち削除」するしかない。
どちらにつくか、考えるまでもなかった。
ぼくは世界がどうなろうが関係ない。ただ、姉ちゃんとあやを守りたい。
「アリス」
ぼくはぼくに忠実なメイドの名を呼んだ。
「はい、なんでしょうご主人様」
「加藤学と話がしたい。電話をかけてくれ」
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