第7話 どんな花よりキレイだぜ


「……うわ?美味そう!もう、もらっても良いですか?」


「もう少しお待ちください……。はい!晴彦。これオッケーです」


鉄板の前の美咲はそういって汗だくで焼いた焼きそばを隣にいる晴彦の方に移した。彼はこれをプラスチックの容器に盛りつけた。


「おっと。一人前はこれくらいで行くか。優作、熱いから気をつけろ」


さらにこれを受け取った優作は、客の見えないところで垂れたそばを修正していった。


「任せとけって。紅ショウガを入れてっと。あ、青のりはお好みで勝手に掛けてどうぞ!」


これを受け取った男子は、口で割りばしを割り、あつあつの焼きそばを口に入れた。


「?これ、美味い!」


「ありがとうございます!いらっしゃいませ」


見渡すと他の高校も料理が焼けているようで美味しそうな匂いが流れてきた。



「晴彦、他校はあれは何の料理なの?」


「ええと。牡丹高校は焼き鳥。芍薬高校は焼き肉。薔薇学院はシャケのチャンチャン焼きだよ」


「手が込んでいるね……」


そんな感心している彼女に優作は違う!と首を振った。


「美咲。聞いたところによると、あの焼き鳥はネットで簡単に注文したらしいぞ。ここでただ温め目的で焼いているだけなんだ。焼き肉だってあれは焼いている人は焼き肉屋の人だし。シャケのチャンチャン焼きは、女子マネの恰好をしているけれど、どうみても保護者だぜ?」


そんな鼻息の荒い優作に美咲はしっと口に指を立てた。


「ダメよ?優作。それも作戦のうちよ?だから私達は私達のサッカー、じゃない、焼きそばをつくるだけよ!」


「そうだよ。こんなにたくさん用意したんだから。どんどん作って、ばんばん食べてもらおうぜ」


そんな興奮している藤袴テントに客がやってきた。


「すいません。焼きそば10個下さい」


「「「はい!」」」




こうして照りつける太陽の元、熱い鉄板で焼きそばを焼く三人は、じゃんじゃん焼きそばを作って行った。


「本格的だね。藤袴は」


「河合さん?良かったらどうぞ」


「ん?これはお肉が一杯で美味しいね。でも予算が掛かったんじゃないの」


驚き顔の河合に対して、晴彦はドヤ顔で答えた。


「そのお肉は安い肉なんですが、昨日僕らが棍棒で叩いて薄く伸ばしたんです。そうだな。これは元のサイズの三倍かな、美咲」


「そんなもんだね」


「棍棒で叩いた?」


晴彦のコメントに、びっくり顔の河合は、美咲を見つめた。



「そうです。薄いから焼きやすいし、そのキャベツは八百屋さんから安く買ったものだし。焼きそばの麺は、機械で作る時にどうしても出てしまう半端な長さなんですよ。今回はそれも混ざっているから安いんです」


「……短い麺って、真田さん。全然そんなの分からないよ?」


「嬉しいぜ。うちの先輩は文句ばっかしなのによ」


「そうか。藤袴はいつもこういうのを食べているから強いんだね。羨ましいよ」


素直に感心して去って行った河合を見て、晴彦は美咲の腕をゆすった。


「今の聞いた?美咲!良かったじゃないか。美咲の事を理解してくれる赤の他人がようやく現れたよ?僕も本当に……嬉しいなー」


晴彦はそういってTシャツの袖で顔の汗を拭き、優作も頷いた。


「ありがとう!私も自信ついたよ」


その時、会場にアナウンスが聞こえた。


『………繰り返します。これからゲームをするので、各高から一名来て下さい


この拡声器の呼び声に、美咲は晴彦を肘で突いた。


「晴彦、行って来て」


「大丈夫かい?ゲームだし、無理に出なくても」


「ダメよ。これは親睦という名の戦いだよ。うちの名誉のために参加してきて。こここは私と優作で死守してみせるから」


さっきは自分達は自分達と言っていた美咲だったが、こういう勝負は燃えてきた。


「そうだな。もう半分作ったし。あ。お待たせしました、30人前です」


だんだん手慣れて来た美咲と優作は、晴彦を送り出してもものすごいスピードで焼きそばを作っていった。



でもゲームのせいで人が途切れたので、二人は手を休め見ていた。


『それではこれより、リフィティング競争をします。一分間で出来た回数をみんなで数えましょう。まずは牡丹高と芍薬高の代表です』


拡声器の声に、一同が注目した。


そんな状況に優作は美咲の体をゆすった。


「なあ、美咲。晴彦の番だぜ?あいつに指示を出してやってくれ!早く」


「慌てないで。わかったから」


他校の部員がたくさんいる中、ポツンと立っている晴彦を美咲は指笛で振り向かせた。


これに気がついた彼は彼女の指示を待つというサインの頭に手を置き、待っていた。


……晴彦。まず。立っている所が土手だから。ポジションは今よりも、そう、左だね。眩しくない方角を向いて。そう。あとは、今の二校の動きを参考にさせてもらいますよ。



遠くからこれを指サインで伝えた美咲に、晴彦は顔の横に指でマルを作り、OKを出した。


『さあ、二回戦は薔薇と藤袴です。用意スタート!』


そうして始まった勝負を参加者は注目して見ていた。


『薔薇は1、2、3回、おおっとバランスを崩して終了--!そして藤袴は、ああ?背中にボールを載せたままで動かないぞ?』


「美咲。なんでアレなんだよ」


肘でつつく優作に、美咲はにっこり笑って答えた。


「フフフ。一分間っていうのは長いからね。薔薇の動きが邪魔だから向こうが失敗した後、ゆっくりやる作戦なのよ、ほら?」


『……そして、藤袴は、35回。はいここで終了。優勝は、藤袴です!』


美咲と優作はイエーイでハイタッチを交わした。


『次はボールで的当てです。参加者は前に出て来て下さい』


「あ、これは俺が交代する。美咲は指示をくれ!」


「わかったよ!」


優作は晴彦とタッチを交わして、参加者の輪の中に走って行った。


次のゲームはベニヤ板で作った的に順に当てて行くというものだった。


「ああ?美咲どうしよう。こんな事をするなんて聞いてないから、優作はただのスニーカーだよ」


他校は示し合わせたように、サッカーシューズを持参していた。


「うーん。優作は最後だし、少し様子をみようよ」


牡丹高も芍薬高も、指名された番号の板にボールを当てていた。


そして薔薇高が終わり、次は、優作の番だった。




『では、藤袴は8番を狙ってください』


……難しいところだけど……仕方ない。位置をもっと右に、あれ?



……キャ――!誰か助けて?


「大変だ。誰か川に落ちたぞ」


そんな大声に会場には悲鳴が響いた。


そんなパニック気味の中、美咲は彼に指笛で目覚めさせ、新しい指示をだした。


……優作!川に向かってドライブシュート!GO!


くるりと目標を変えた優作は、川でおぼれている人に向かってボールを蹴った。


「……早く!それに掴まれ!」


ドライブが掛かったサッカーボールは溺れた人へ飛び込むように落ちた。ボールにしがみついた人はそのまま浮び、やがて下流の浅瀬にたどりついたのがここからも見えた。


救急車のサイレンが響いたけれど、無事助かった知らせに会場は拍手に包まれた。



「優作。ナイスショット!風があったのに、綺麗に決まったね」


「……美咲こそ、ナイスアシストだよ?あーあ。また美咲とサッカーやりてえな」


「それは無理だろう。だって美咲は……」


「いいのよ晴彦。それは言わない約束でしょ?ところで焼きそばは?」


「全部作り終えたけどさ。それが……」



振り返ると、そこには見慣れた集団が芝生に座って食べていた。



「おい美咲!ラー油は無いのか?それにこれ、コショウが全然効いてねえぞ?」


「陽司さん?どうしてここにいるの。透さんは?」


すると、芝生で胡坐をかいて焼きそばを頬張っていた透がえ?という顔で振り向いた。



「ん?ああ、陽司が急に河原でランニングをして身体を鍛えた方がいいと言い出してな。ここまで走ってきたんだ」 


「なんですと?」


その時、拡声器の声が聞こえて来た。


『それでは、これより『中央地区誰が一番綺麗な女子マネコンテストー』の結果発表です!』


「ねえ。美咲はステージに行かないの?」


「……おお、ロミオ?私は選考外なのよ?それよりもみんな!ゴミを拾って片付け手伝って!来た時よりも綺麗にするのが基本だよー」


その時、美咲の耳にありえない話が聞こえてきた。


「なあ、陽司。あのステージ右の子ってさ、去年お前が振った女子マネじゃね?」


テーブルを雑巾がけしていた美咲の背後からの爆弾発言に彼女は耳を疑った。


「……和希さん?今、何て言ったの」


「去年優勝した女の子は、陽司とデートがしたいって言ったのに、こいつ振ったんだよ」


「はああ?」


「いいじゃねえか?別に」


「この男が?あんなに可愛い女の子を振ったの?」


驚く美咲には、また信じられない言葉が聞こえてきた。


『厳正なる審査の結果……優勝は藤袴の真田美咲さんです!ステージにどうぞ』


「うそ?エントリーしてないよ、私」


「よし。じゃあいくぞ。雑巾はそこに置け!」


陽司は嬉しそうに美咲を抱きあげようとしたが、優作と晴彦が、その太い腕を

両側からぶら下がるようににわっと掴んだ。


「待ってよ?陽司さん!今日は俺達二年生がエスコートするから」


「そうだぜ!頼むからそこでじっとしてくれ!」


そして和希とロミオが陽司を捕まえている間に、晴彦と優作と三人で手を繋いだ美咲はステージに進み、その勢いに押されて打ち合わせもしていないのにまるでコンサートのアンコールのように、手を繋いだまま一歩前に出て、万歳ポーズで挨拶をした。



『優勝、真田美咲殿。貴殿は中央地区内においてたくさんの買い物をし、元気な挨拶をしながら地域を掃除していました。その綺麗な心をここに表します。中央地区イベント審査員長、商店会長よりっ。おめでとう!!』


「……ありがとうございます」


大きな拍手に包まれた美咲は複雑な心境を隠せない顔で立っていた。


「アハハハ。綺麗ってさ。掃除の事だったの?」


大声のロミオの口を和希さんが塞いだ。


『特賞のお米30キロと、特典として好きな選手とデートができます。さあ。誰をお選びですか?』


「おーい。どこ見てんだ?俺はここだ!」


「さあ。僕の胸に飛び込んでおいで?」


手を上げている陽司と手を広げているロミオにステージ上の二年生部員は悲しそうに美咲の肩に手を置いた。


そんな美咲は拡声器を手に取った。


『あのですね。デートじゃなくて良いのですが、牡丹高の河合さんに後日お会いしたのですが、お時間をいただけないでしょうか』


ええええ――ー??と驚きの声が会場を包んだ。


すると、ピンクのポロシャツ集団の中から困惑顔の河合が前に現れたので美咲はそっと声をかけた。


「すみません!渡したいものがあるだけなんですよ」


「……わかった!」


そして、がしと握手を交わした美咲と河合を見てまたもや悲鳴が響いた会場は、やがて拍手となりお開きになった。



そして事情を話して河合と連絡先を交換した美咲は、藤袴の仲間の所に戻る林の中で、男女の話し声を耳にした。


「彼女は河合君とデートしたいみたいですね」


陽司が振ったという美人マネさんが、風に髪を押さえていた。


「……それが何か?」


「あなたの見込みは無いと思いますけど?私にもう一度チャンスを」


「悪いが、俺は……」


突然風が吹いて、彼の言葉は聞こえなかった。




「美咲!皆は走って帰るってさ。僕らは帰りの車が来たよ」


「あ。はい!今、行くよ」


こうして一行は、帰路についた。



その夕刻。


奴らはやはり、やってきた。


「おお、美咲!あなたはなぜ、美咲なの?」


「花壇の花、綺麗に咲いているね」


「美味そうな匂い……これはサンマ、サンマだな?」


「美咲……すまない!みんなどうしてもお前に事情を聞かないと、裸で街を練り歩くというので来てしまった」


「ロミオに純一さん。和希まで。透さんもどうぞ入って下さい。兄貴が待っていますので」


そして玄関ドアの奥からは、不貞腐れ顔の男が二名、ぬうと入ってきた。



「あのさ。美咲のせいで僕まで付き合わされて迷惑なんだけど」


「あれ?お前まだここにいたのか?とっくに河合のところに嫁に行ったのかと思ったのに。もう振られたのか?おお、可哀想に……」


尚人と陽司の皮肉を今はぐっとこらえた美咲は、意地悪コンビを部屋に入れた。


「これでみんなそろったな。食べる前に良ーく聞け。驚けよ?美咲はこのために河合とデートする事にしたんだ。ジャーン」


すると翼はテーブルの上に、ピンクのポロシャツをバサッと広げた。


「誰に借りたのかずっと分からなかったけど、これは河合さんのお兄さんから借りたポロシャツだったのよ。だからこれを返すだけなのよ」


「そうか。誰のものか判って良かったな。この服も持ち主の所に帰れて嬉しいだろう」


「……そう言ってくれるのは透さんだけですね。それにデートじゃないですから。高校に持っていくだけですから」


すると陽司が椅子にどかと背もたれた。


「誰だ?こいつが河合と見つめ合っていたって騒いでいたバカは?」


「……陽司さんが自分でそう言ってただろう!?ああ、もうやだ……」


「でも優勝ってすごいよ!待てよ?審査員長が商店会長だったから、もしかしてコンテストは買い物している時から始まっていたんだね……」


「感心するのはいいからさ、サンマ。サンマ!俺、大根おろし、山盛りにしてくれー」


「ねえ美咲。僕のサンマは骨抜いて?」


「よーし!じゃんけんだ……。負けた奴は俺が焦がしたサンマになるぞ!いいか?せーの?藤袴じゃんけん♪じゃんけん♪ぽん!ぬおおおおー?この俺がパーで負けた?」


いつものように騒がしい真田家の夜は、こうして更けて行った。



つづく

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