第3話 勝利を目指せ


『彼女対決っー!みんな拍手!!』


ハイテンションの放送部男子は、一人やけに盛りあがっていた。


『赤コーナー。バスケ部、春山主将と女子バスケの主将の登場です!キャプテン同士の悩み相談から交際に発展した二人。最近のデートはたこ焼き屋台巡りだそうです』


恥ずかしそうな二人にバスケ部の声援が飛ぶ中、サッカー部のアナウンスになった。


『対して青コーナー。サッカー部は副主将の前川陽司選手と、一年の真田美咲さんです。ヒュー!』


冷やかしの拍手の中。美咲は陽司の背に隠れて入場した。


『幼稚園から一緒の二人。幼馴染から大人の恋に発展させ初恋列車に乗った二人!聞いているこっちの方がドキドキします。このような二組でお届けします!』


4人は用意された椅子に座った。各席の間には段ボールで壁が立てられ、隣の手元が絶対見えないようになっていた。


『ええ、ここで皆さまに申し上げます。本来彼女対決は人数でありましたが、バスケ部の都合により急きょ内容が変更になりました。それを踏まえましてバスケ部の申し入れによりサッカー部の解答席には主将の夏川選手が彼氏側のサポートに入ります』


呼ばれた夏川は颯爽とやってきて、陽司の背後に立った。それを見た司会者はマイクを握った。


『それでは第一問!彼にお聞きします。「目玉焼きに掛けるのはなんですか?」です。彼女さんは彼の好みを当てて下さい!どうぞ!』


……簡単だ。


美咲はすらすらと紙に書いた。隣の陽司も素早く書いた。


『いいですか?では皆一斉に、せーのドン!』


他の答えが見えない状態。四人はスケッチブックに書いて答えを前にドンと出した。


『……バスケ部の彼は『正油』。ああ?彼女は『ソース』ですか?残念ながら不正解です。サッカー部は……彼が『ラー油』。彼女も『ラー油』!正解です!』



「アハハ。僕でも分かった!」


騒ぐロミオを、尚人が必死で背伸びして口を塞いた。


『では第二問!彼が寝る前に聞く音楽のミュージシャンは誰でしょう?』


「曲?」


「美咲……俺はお前を信じているぞ」


「頑張れ美咲!書けばなんとかなる!」


そんな陽司と夏川のプレッシャーを掛けられた美咲は、とにかく自分の思いを書いた。


『せーのドン!バスケ部はどちらも『W』で正解です!サッカー部は、彼が『MRアイドル』、彼女さんは『すぐ寝るから聞かない』?これは残念ながら不正解です』


「……おい、美咲?お前は俺を愚弄するのか」


「だって?いつもすぐ寝るじゃないの?枕の感触を感じたことないって」


『そこサッカー部。ケンカをしないで下さい』


夏川が陽司をまあまあと押さえてくれていたが、対面の応援席ではサッカー部員達が腹を抱えて笑っていた。



『第三問です。現在、彼が夢中になっているゲームはなんでしょうか』


「任せて!」


「美咲、お前を信じさせてくれよ……」


そして四人一斉に回答となった。


『せーのドン!バスケ部は供に『ぷにぷに』で正解です!サッカー部も『ワールドサッカーアンドロメダ選手権2019ブラジルチームをイージーモードで』。これも見事正解です!』


「「「イエーイ!」」」


陽司はいつも翼とこのゲームをやっているので正解を書けた美咲は嬉しい気分で次の問題を待った。


『第四問。彼のパンツの種類はなんでしょうか?色々ありますよね~』


高校生のカップルクイズにしては際どい問いであったが、会場は盛り上がっていた。


『まずはバスケ部から、せーのドン!彼は『ボクサーパンツ』。彼女は『トランクス』ああ。残念です』


「そんなの知らないよ?もう!」


逆切れ気味のバスケ部の彼女は口を尖らせていた。そんな中、サッカー部の二人は書き終え手を膝に載せてお利口に待っていた。



『それではサッカー部、せーのドン!彼は『ビキニ』。彼女も『赤いビキニ』正解です!!』


この正解に応援しているはずのサッカー部員は、背を向けて笑っていた。


「おい、美咲。色まで書く必要あるのか?」


「そうか?ごめんね」


「なぜだろう?俺、笑われてないか?透よ」


「そ、そんなことないぞ!陽司、胸を張れ」


夏川の言葉に本当に胸を張った陽司を仲間は、涙を流していた。



「おい、見ろ。陽司の奴、本当に胸を張ってるぞ」


「もう!うるさい!和希さんも黙れ!」


美咲も苦労していたが、サッカー部の恥を隠そうと尚人も必死に頑張っていた。


そんな中。彼氏問題、最後の問いも「彼女の好きなところは?」という答えを美咲は『手料理』と書いた。しかし陽司は『ラ―油料理』と書いた。


この答えは審判団の審議の結果、ラ―油は美咲の手作りでは無いと言う判断をされて不正解になってしまった。


今の所、双方とも二問不正解だった。


『お待たせしました。今度は彼が彼女の好みを当てて下さい。それでは第一問!彼女のシャンプーはなんでしょうか?』


すると陽司はすっと手を挙げた。


「すいません。ちょっと時間ください」


「いいぞ、陽司。さすが副キャプテンだ」


「……何を書いているの?」


そして答えはバスケ部から出していった。


『バスケ部は、ああ。彼は分かりませんか。ではサッカー部、せーのドン!彼女は『ス―パーエメラルドシャンプー』。そして彼は、……ああ、これは写真判定になります。少々お待ちください』


「陽司さん。何を書いたの?」


「……答えに決まってるだろう?」


「ぷ!ま、待て」


応援しているはずのサッカー部員は床に転がって笑っており、夏川も笑いをこらえながら審判に確認させていた。


『……確認できました。見事!正解です』


さらにわっと爆笑するサッカー部員達だったが、美咲だけ意味が分からなかった。


しかしクイズは続いた。


『第二問。今日の彼女の下着の色は何色でしょうか?おっとサッカー部は書くのが早い。せーのドン!バスケ部は供に『白』で正解です。サッカー部も『ブルー』で正解です』


……どうして知っているのかな。


納得しているサッカー部員に美咲は目を細めていた。



そして第三問の「彼女にとって、彼の好きな所」は、バスケ部カップルは正解。陽司も『たくさん食べてくれるところ』と書き、美咲の心を当てて見せた。


『第四問。彼女の部屋のカーテンの色は?」』


……うえ?陽司さんは知らないよ。だって入ったこと無いし。


そんな美咲だったが、陽司も透も何かを書いていた。


『……まずはバスケ部から。せーのドン!彼は『ピンク』。彼女は『オレンジ』ああ、残念です』


「あの!ピンクとオレンジの花がらなんですよ!駄目ですか」


この春山主将の物言いに審判が協議をしたけれど、気持ちが通じているのなら『ピンクとオレンジの花がら』と書くべきだ、と厳しく判断され、不正解になった。そして美咲は、『黄色』と書いた。



『サッカー部は、供に『黄色』で正解です!』


この正解にサッカー部員も美咲と一緒に首をかしげていた。


『今のところはサッカー部が一問リードです。さあ、最終問題、彼女が今。一番欲しいものはなんでしょうか?』


「わかんねえな……」


隣で頭を抱えた陽司だったが、応援席の部員も首をひねっていた。


その時、答えを書いてぐるっと周囲を見渡した美咲は書き終えていた春山主将と眼が合った。彼はそっと微笑んだので美咲も微笑んだ。




『……それでは最後なので一斉に出しましょう。せーのドン!バスケ部の彼は『勝利』、彼女は『バッグ』。サッカー部の彼は『炊飯器』。彼女は『勝利』?なんという事でしょうか。一致したのは、バスケ部春山主将とサッカー部、彼女の真田さんです!』



すると、春山主将がすくと立上がり、夏川の元にやってきた。


「夏川……完敗だ。人気投票も俺達は歯が立たなかったし」


そういって彼は手をすっと差し出した。これに夏川も笑顔で応じた。


「そんな事は無い。それに今回の勝負で俺達チームの結束が固まった。色々配慮してもらったし。こちらこそ感謝するよ」


「ありがとう!」


「おお!」


硬く握手する彼らにたくさんの握手が響き、モテ対決はこうして終了した。





「陽司さん。シャンプーって何を書いたの?」


対決が終ったサッカー部員達は正面玄関までの廊下を歩いていた。


「ああ、これか?」

 

そこにはリアルなイラストが描いてあった。


「名前は知んねえけどさ。風呂に入る時に借りてたからさ。絵で描いたんだ」


「ぷっ!それ見せないで!僕の腹筋ちぎれる……」


尚人が顔を背けた絵をロミオは手にとってしみじみと眺めた。


「それにしても……陽司は絵が上手だね。これさ。せっかくだから、学校の美術展に出せば?」


するとこれに夏川も乗って来た。


「そうだな。無機質な物のリアリティをとことん追求した写実主義の傑作だ。無駄に捨てる事は無いぞ?」


「……ロミオと透がそこまで言うのなら、そうするか」


すると純一がいきなり陽司にヘッドロックを掛けた。


「おい!ところで?どーしてお前が美咲の部屋のカーテンの色知ってんだよ、あ?」


「痛え!だってよ、透が」


「ああ。前に入った時に見たから……。ん?どうかしたのか」


なんか変な空気になったここに、新たな人物がやってきた。


「真田さん!今回はありがとう」


この空気をぶった切り、カットインして来た春山主将に美咲はさすが!とマジで思った。


「うちは勝負は負けたけど、最後に真田さんと気持ちが通じて嬉しかったよ」


差し出された手を彼女は握り返した。


「私もです。これからのバスケ部の活躍、応援しています。最後の大会、頑張りましょう!」


「ありがとう!じゃあ、夏川。サッカー部のみんな、お疲れさん!」



そう言って彼は爽やかにバスケの人の元へ去って行った。さ、これで帰りましょうという流れの中、尚人が大きな声を出した。


「ねえ!ちょっと待って?美咲、このインスタの写真なんだよ」


「……」


「なになに見せて。え?これ僕」


ロミオの笑顔が消えた。美咲は後ろ向きに歩きながら彼らに言い訳をした。


「あはっは?あのね。インスタに載せるのは五枚だけだからさ。二人が映っているのがいいなって」


「……だからって。これ。風呂上がりに僕と陽司が裸で寝ちゃった写真?こっちはプールではしゃぐ晴彦と優作。純一が和希にアイスを舐めさせている写真?尚人が歯磨きしている奴もある……」 


部員たちは、はあ?という顔で美咲を見つめていた。


「だ、だってさ……?女子に聞いたらそういう萌え姿が見たいって言うんだもの。でもね?『いいね❤』の数が凄いでしょう……」


そんな彼女に陽司は、眉をひそめて近寄って来た。


「おい?美咲。この透の写真だけ制服姿なのはどうしてだ?」


陽司の声に美咲は首を横に振っていた。


「だってさ。まともな写真も無いと……おかしな部だと思われちゃうよ?うわ?ご、ごめんなさい!」


美咲は思わず陽司から逃げて夏川の背後に隠れた。そんな時、夏川が部員を声で制した。


「みんな。待て!真田は勝つために努力をしてくれたんだ。そこは目をぎゅっと瞑ってやれ!」


すると、ロミオが腰に手を当て夏川を見下ろした。


「ふん。透はまともな写真だからそんな事言えるんだよ。陽司をみてよ。赤ビキニが世間知れたんだよ?」


ロミオの言葉に陽司は深く頷いた。


「ぷっ」


「……なんだ、尚人?お前まで俺を愚弄するのか」


「いや?俺、クイズに出なくてよかったな、て。嘘。冗談だってば?うわー?」


先輩に囲まれた幼馴染みの叫びを他所に、夏川は美咲の隣をそっと歩きだした。


「今日は本当にありがとうな。実は俺も『勝利』と書きたいと思っていたんだ」


「ウフフフ。夏川先輩とも一致してんですね。それに当たり前じゃないですか。兄貴のせいでもありますけど、夏川先輩のおかげですもの」


「俺の?」


美咲はうんと頷いた。


「そうです!あきらめるなって尚人に言ってじゃないですか。だから私もやる気になったんですよ!」


「……そうか。それよりもな。頼みがあるんだ、その」



彼は顔を赤くしてつぶやいた。そんな彼を美咲はそっと見つめた。


「俺もな……。みんなと同じに美咲って呼んでいいか?俺も、名前でいいから……」


実は彼女もずっと気にしていたので、快く返事した。


「はい!透さん」


「う。じゃあ、バスまで行くぞ、み、美咲?」


「はい!」


こうして対決は終わった。


アジサイが香るバス停までの帰り道はサッカー小僧の達声で弾んでいた。


この梅雨が明けたら夏がやってくる。


それを思うと足もとの水たまりも気にならない美咲であった。


つづく

2020・12・12



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