そして人類はいなくなった

@knkw

プロローグ【未来の旧人類に告げる】

 200年前、人類は滅亡した。

 どういった理由でそうなったかは僕は知らない。

 知る必要も無い。興味もない。

 僕はただ、与えられる仕事をこなすだけだ。毎朝6時、仕事は意識が覚醒するとすでに与えられている。

 股から伸びる二本の足を交互に動かして僕はドアへと向かう。ドアを開くとそこは外、すでに今日1日の業務を開始している者たちが道を行き来している。

 淡い太陽光が降り注ぐ市街部を歩く道中、空から僕が降ってきた。幸いにしてその地点は僕から100m先だったために、飛び散った物が僕にあたって傷つくことはなかった。

 見上げれば75mの高さを持つビルの屋上付近で何やら工事のようなことをしている。なるほど、僕はあそこから落ちたのか。

 と、視線を戻すとすでに僕は処理車に積み込まれ、バキバキという轟音とともに処理車の中に組み込まれた機械に粉砕されている。しかしこの世界にはその轟音以外の音はない。

 彼らが存在していた頃、世界には音があふれていたらしい。街には音楽という一定のテンポに音を羅列した物が流れ、人は重要性が低いことでも口で伝え合ったそうだ。

 僕には想像がつかない。想像する意味もない。

 暫く歩くうちに僕はターミナルにたどり着く。

 そこが僕の今回の現場。

「名前を」

 壁から下がるスピーカーの音声が新たなタスクとして積まれる。なら僕は、それを処理するだけだ。

「第2世代、警備専用、203番機、HAL」

 初めまして。

 僕の名前は「ハル」。

 体長180cm、機体ID「僕」、カラーリングは青。

 かつて存在した人類に「地球の環境保全」を託されたロボットの一人だ。とはいえ、もはや地球上から人類も生物も植物もほぼ死に絶えた今、僕ら警備専用のロボットがやるべきタスクは少ない。何故なら与えられたタスクのみを行動理由に動く僕らはほぼ同じ思考を持っているといっても過言ではないからだ。意見の相違が生まれない以上、争いが起きない。争いが起きない以上、問題も起きない。問題が起きない以上、僕の仕事は今日も「問題がないか見張ること」で終わる。僕が生まれてから100年間、それは変わらない。

 そして僕という存在もそこから変わろうとは思わない。そのような意思はプログラムされていない。

「警備員」

 ふと、声がかかる。

 前から歩いてくるのはこのターミナルにて従事するロボットだろう。僕と違って白を基調としたカラーリングだ。

「私は第1世代、人格IDは【私】、薬物学専用、45番機、【MAC】です」

「僕は第2世代、人格IDは【僕】、警備専用、203番機、HAL。ここの警備を担当しています。」

「何か御用でしょうか」

「私のプログラムにエラーが検出されました。処理を頼みます」

「わかりました」

 【処理】、そのタスクは久しぶりだ。

 正確には3年と11ヶ月前、僕にエラーが検出された時に対処したのが最後だ。

「こちらへ」

 【処理】は警備専用のロボットにしか行えないのがルールだ。それに則り僕に声をかけたのだろう、ターミナル1階のエレベーターまで彼女を案内し、僕も乗り込む。地下15階、最下階のボタンを押すと箱は動き出す。扉が開かれるとそこは15mほどの廊下が伸びている。打ちっ放しのコンクリートでできたそれは入る者を歓迎する雰囲気はなく、奥にひとつだけ存在する扉もまた、同様だった。扉に暗証番号を打ち込むと、自動で開いてゆく。その先は巨大な空間が広がっていた。半径15mの巨大な球体の内部と言えるそこの地面からおよそ半分くらいの高さの位置に僕らの立つドアはあった。

「では、起動します」

 僕は入り口のドアに添えられている端末を操作すると、機械の駆動音が響き出す。

 それは球体の底から突き出す無数の刃が動き出し、擦れる音だ。

 ガリガリ、ゴリゴリと室内全体を揺るがすような轟音にふらつきながらも僕は彼女に問いかける

「質問です。あなたのエラーはサーバーへのアップロードを済ませていますか?」

「はい、済ませています」

「次、あなたの【次の体】は起動の用意を済ませていますか?」

「はい、済ませています」

「最後に、あなたの【人格データ】は完璧な状態でサーバーに存在していることを確認していますか?」

「はい、確認しています」

 その質問が終われば、それは刃へと飛び込む。こうして【処理】は完了だ。僕らはこうして少しでもエラーが検出されれば、自らの足で破壊を選ぶ、それが僕らにもともと備わるタスクだ。

 しかし、それは飛び込む直前こう言った。

「警備員、あなたの動作は振動に対してふらついています」


 確認すると、僕の中にもエラーが検出された。サーバーにアップロードを始める。


 それの後に続き、僕も落ちた。



 意識が覚醒する。

 自分の中のプログラムの修正箇所をいくつか確認すると、昨日の朝転落した僕のエラーだろう、ジャイロ機能の数値が修正されている。

 昨日僕が指摘されたふらつきもこのエラーが原因だったのだろう。それらを確認すると僕はまた外へと歩き出す。

 昨日の仕事の残りはおそらく別の僕がこなしたらしく、タスクは完了済みとなって別のフォルダへと隔離されていた。

 今回の仕事は……と、そこでふとと止まる。タスクに書かれている警備先の名前は、「地球科学研究所」。今回の警備先は今までに配属されたこともない場所だったからだ。過去の履歴にない以上、新しくルートを検索せねばならない。

「地球科学研究所へのルート検索」

 するとすぐにルートを示す線がカメラアイが写す風景に重ねて表示される。

 【自宅】と呼ばれるポッドを設置しているかつて人類が住んでいた集合住宅から徒歩5時間、僕達ロボットが地球を管理するために設置するために人類が設立した、街、と呼ばれるそれの外れにそこはあった。

 舗装された道は草が突き出し始め、街の中では見ることはできない木がちらほらと見え始める。

 風化を始めている車の脇を抜け、錆つき意味をなさない交通標識を見やり、僕はついにそこにたどり着く。

 トタンで囲まれ、粗雑に付けられたドアは少しの地震でその役目を終えそうだった。見た目にして掃除道具入れ、年季にして考古物、俗に言って掘っ建て小屋。そんな、僕が過去見てきたものの中で最も薄汚れたものがそこにあった。

「ここが研究所?」

 矛盾している。その建物は縦2メートル、奥行きと幅はそれぞれ3メートルほどしかない。研究所というからには研究をする施設のはずなのだが、と思案にくれるもルート検索はこの一点を指して動かない。

「エラーだろうか」

 僕は自分のコンピュータ内のデータサーバーに保管されたタスク情報を転がすように確認する。

 【203番機は地球科学研究所の警備】

 それだけだ。ただ、全てが管理された【街】のターミナルという脅威が全て排除された場所よりは、動物が見られる今の場所の方が警備という課せられたタスクが意味をもつのだろう。

 僕は湧き出た疑問にそう結論づけると、警備を開始するため扉の前に立ち、振り返る。

「キミ、何してるの?」

 すると、そこにはまた別のロボットが立っていた。

 プログラムの書かれ方が違うのだろう、僕にとって彼の話し方は異質と捉えた。

「僕は第2世代、人格IDは【僕】、警備専用、203番機、HAL。ここの警備を担当しています。」

 僕の自己紹介を聞くと彼は納得したように頷く。

「警備員か、ボクは第1世代、人格IDは【ボク】、水文学研究用、56番機、HYD。そこの研究所に用があって来た。通してくれ。」

 【イド】と名乗る彼のその機体は水色を基調としたカラーリングで、ところどころ黒のラインが入っている。

 僕はしかし、彼を通していいものかどうかの判断すら行えない。今回のタスクはあまりにもデータがないのだ。

「僕はまだ来たばかりで貴方に関するデータを受け取っていません。だから追加のデータを受け取るまでここに待機してもらいます」

「その言葉で納得がいった。キミがなぜここにいるのか。警備員、ボク達の仕事場はここじゃない。君はそこで本来のタスクを受け取る手筈なんだろう」

「本来のタスク?」

 僕は再びタスクを引っ張り出して確認する。たしかに情報量が少なすぎると思ったが……。

「キミはボクについてくるべきだ」

 その声に再びイドを目視する頃、イドはすでに施設と思えないそこのドアに手をかけると、捻り始める。静止の声を上げる前にはもう開け放たれていた。

 掘っ建て小屋のトタンの一枚裏は大きなドラム缶が鎮座している。しかしそのドラム缶は街のものと同じく清潔感に満ち、周りの情景に不釣り合いなほど高性能であると簡単に予測された。そしてその円筒状の装置にはドアと端末が添えられている。そう、これはまさに。

「エレベーター」

「そう、これはエレベーターだ。中に入って」

 言われるがままに中に入ると、そこは僕一人分のスペースしかなかった。

「ボクは君の後から行く」

 イドはそういうとドアを閉め始める。

 降り注ぐ太陽光は小屋の中にまで入り込み、地面や壁に当たって反射し僕のアイカメラまで照らす。

 やがてそれらは閉じて行くドアがハサミを入れるかのように切り取っていき、細くなって行くのだった。


 この時僕は知らなかった。


 今まさに細くなっていく太陽光を同じアイカメラが捉えることは。


 もう、ない事を。


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