第11話 お見合いとはなんぞ

 楽しみな気持ちは少しもなかった。けどだからといって逃げたいやとか嫌やなんていう気持ちもそこまで強いわけではなくて、言うなれば私はまさに、流されていた。


 このまま流れてゆけば、私はそのお相手さんと結婚するんかな。顔も性格もよく知らんその人と? ほんの少しの期間お付き合いしただけで? お見合いなんて無くなりつつあるこの時代に、そんな古風な人生があっていいんか。


 いや。こうなることは初めからわかっとった。ほかでもない私自身が、それを望んで生きてきたはずやった。けど……いざ実際にその時に直面すると、やっぱりしり込みする自分がおる。お店のために、家族のために、柏木家のために、私は、私は……。


 どれだけ悩んでもその日は勝手にやってくる。庭先に咲き乱れる派手なピンクのツツジを流し見ながら大丈夫、大丈夫、と根拠もなく自分を励まして、「よし、行こ」と腹を括って指定のお店へと向かった。


 そうしておてみたお相手さんは案外、ハゲでもデブでも体臭がきついわけでもない、普通の若いお兄さんやった。


 地味でも派手でもない、シンプルな普段着。黒の短髪にくっきりした目鼻立ち。にこやかな好青年、という第一印象を受けた。


 お見合い、と言っても昔のようなお座敷での会食とは違って、そこは今風に喫茶店で二人だけで会う、というもの。テレビドラマで観た会社の営業の仕事のようにぺこぺこと頭を下げ合って、お互い「どうぞどうぞ」と言って席に着いた。


 たまに来ていた馴染みの喫茶店。今日ばかりはいつもとは違う雰囲気に思えた。ああ私、緊張しよるんや。理解した途端「ふう」と息が出る。それを皮切りに、というようにして好青年のお相手さんは「えっと」と話し始めた。


「あの……じつは」


 それは、まったく予想だにせん、本当に不意を突く内容やった。正直、初めてお見合いをした私には、かなりきつい話と思えた。


「婚約者が、おるんです」


 目の前のこの人が、一体なにを言いよるんか。理解するのに数秒かかった。


「え……と、……え?」


「うん、せやから、今回のことは、ごめんなさい。すんません、ほんまに」


「いや……。えっ、待ってください、それ、どういう……?」


 テーブルに付くほど下げられた黒い頭を前に、もはや訊く意味があるかもわからん。けどさすがに「あらそうでしたか」とは流せん。お相手さんは俯き加減にその顔を上げると申し訳なさそうに教えてくれた。


「……じつは今回の話は、自分の知らんところで勝手に進められよって。聞かされたんがつい先日のことで」


 困る、と両親に散々抗議をしたものの、顔も合わさんで断れん、と泣き付かれて仕方なく今日この場に来たんやという。


「プロポーズしたんも、つい最近のことで。お互いの両親に言うんはもう少し落ち着いてから、ち思うてたら……こんなことに」


「はあ……」


 なんか、魂が抜けそうやった。


 その後は散々頭を下げられて「もういいですから」と言わされて早々に帰路に就いた。実際におたのはほんの数分やったはずが、こんなにも、と言うほど疲労して、家で待ち受けていたおとうとおかあに上手く報告することもできんまま、部屋に上がるとベッドに倒れ込んだ。


 ようわからんけど、少しだけ泣いた。



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