第2話 柏木家のカレーの日
絶対に絶対に絶対に
好きにならんと思っていた奴のこと
もしも好きになってしまったら
それに気づいてしまったら
どうしますか?
『絶対』なんて、ないんかな。
ほかほかの炊きたてごはんの上にどっさりと掛けられた褐色のとろとろ。スパイスに肉と野菜の旨味が溶け込んで芳醇な香りを放つ。
よだれ必至。ぐうと腹が鳴る。
「うは、うま。うーんま」
「ほんま美味しそうに食べるよね」
でかい図体のくせに、子どもみたいに。金髪の怖い成りしよんのに。
「で、なんで
家族団欒の輪の中にさも当たり前とでも言うように存在する金髪の不良をじろりと横目に見ながら私は言った。
言われた相手は「何を言う」とでも言うようにふんと鼻を鳴らしてスプーンを片手に堂々と答える。
「柏木家のカレーの日と言うたら俺じゃろ」
あかん。アホが
隣の家の
けど私たちは絶対に『そういう関係』にはなりません。誰がなんと言おうと。現実は漫画やドラマとは違う。そもそも誠司はヒロインがズッキュンして恋に落ちるような王子様とは違うもん。まったくもって違うもん。根本的に違うもん!
顔はたしかに悪くはない。こんなこと本人には口が裂けても言わんけど、顔立ち自体は割と整いよるし、背も高い。細いくせに筋肉もそこそこありそうではある。ただ何がしたいんか中学からその髪は派手な金色やし刈り上げていたり耳にピアスが揺れていたり日毎に悪趣味になって、高校三年になった今ではちょっと近づけんくらいの風貌になりよる。
それでもなぜかこの男は────
「
「ああ別れた。今はまた
謎にモテる。その上、女たらしの最低野郎。浮気、破局、復縁。また今日も彼女が変わったらしい。もう何人目かなんてほんまにわからん。芹奈ちゃんとも復縁ですし! こんな奴のなにがそんなに魅力なんか。みんなほんまに、目を覚まして! 騙されてますよ! 絶対泣かされることになるんやから。
「なにぼーっとしよんの、あんたも早よ食べ」おかあにそう言われてはっとした。慌ててスプーンを付けると「なんや、もらおち思うてたのに」とアホが抜かすもん「あげへん!」と威嚇した。
「おかあ、なんで誠司がおるんよ」
「まあまあ、うちのカレーの日と言うたら昔から誠ちゃんやん」
「おばちゃんおかわり」
「あいあい。変わらんね誠ちゃん。どさっと食べれ。ふふ」
不良に進化する前、幼少期の誠司はいわゆる悪ガキやった。それも地元でそこそこ有名なほどで、誠司おかあはもちろんのこと、幼稚園の先生、小学校の先生、時には警官さんにまで「待てこら!」と追われて逃げよる、そんな問題児。けど無駄に愛嬌、可愛げがあんのがこいつのより『悪』なところで。結局は「もうすんなよ」と許されてまう。そやって育った結果がこの金髪の不良というわけ。
悪ガキの誠司は自宅の隣の我が家がカレーの日には欠かさず嗅ぎつけてこうして食べに来ていた。今でこそ稀になったけど、昔はほんまに毎回。「またおるんか」どころか「今日は遅かったな」なんて、うちの家族もどうかしていた。
「おばちゃんこそ変わらんで、ほんま若い」
こんなおべんちゃらを言うようになったのは最近のことですが。「いやっ」と宙を叩くおかあはやっぱり騙されよる。誠司という詐欺師に。
「なんや真知、シケた顔して。せっかくのカレーの日やのに」
「もう、食べ過ぎ! 少しは遠慮してよね!?」
「ケチ。柏木 ケチ」
小学生か。言い返す気も失せる。ちなみに私はケチではなくて柏木 マチ。こんな小学生より小学生らしいことをほざいておいて年上やなんてほんまに信じ難い。もちろん年上やなんて思ったこともないけど。
「今日告られよったじゃろ」
そんな中でなんの気なしに、という風に訊ねてくるから「ぶほっ」と盛大にむせた。ひぁあっ、ごはん粒が鼻の奥に入った! 痛! 目が潤む。くうううう!
「な……なんの話「見た」
ごまかす前に証言されてしまい困る。こうなれば開き直るしか道はない。
「……それがなに」
「付き合うん」
同じトーンで瞬時に返される。けど怯む必要はない。こんな成りで、しかも上級生。実際怖がる子らも多いけど私にとったら誠司は誠司。金髪になろうが不良になろうが中身は昔から変わらんもん。
「関係ないでしょ」
「あいつはやめとけ」
「なにを……」
「蹴りよんの見た。前歩くガキんちょが落としたぬいぐるみ」
こいつ……もしかしてそれを言いに今日来た?
「返事保留にしたじゃろ。早いとこ振ったほがええぞ。しつこそうやし」
私の返事まで知りよんか。終始見よったな、こいつ。
「だから関係ないじゃろて、誠司には」
「俺から断ろか」
「なんで!」
「ならなに、付き合うん」
「だから関係ないってば」
「絶対やめとけ。蹴られんで、うさちゃんみたいにスッコーンって。
合掌してからくく、と笑い「男運
「もう帰って! 帰れ! カレー泥棒!」
その頭や肩をずいずい押して廊下へ押しやる。そんな状況でもなお「うわ、張り手!
「おばちゃんごちそーさん」
台所のおかあに笑顔でそうひと声かけるとちろりとこちらを一瞥してから出ていった。
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