その96 童謡
食卓に
文部省唱歌が流れる
テレビの声もかき消され
童謡に包まれて夕食だ
九六歳の義母が
CDプレーヤーに耳を傾け
口遊んだり
手を拍ったりする
涙を流したりもする
鳩
桃太郎
我は海の子
浦島太郎
虫のこえ
紅葉
牛若丸
故郷
……
この歌声が
老女をあやす
この歌声が流れなければ
義母は尻の痛みを訴え続け
妻と私を
辟易させるのだ
合間をみて
妻は老母に声をかけ
匙を口に運ぶ
食欲がガタリと落ち
自分では食べなくなった
「母ちゃん、食べな死んでしまうよ」
「お尻が痛いのはお尻の肉が落ちたからよ」
「食べて肉をつけんと治らんよ」
同じことを何度も言い聞かせて倦まない
久しぶりに耳にする
童謡の世界
付属の冊子を開いて
歌詞を確認する
人生の出発期に聞いた歌を
人生の終末期にまた
頭を振りながら聞いている
一生は早、過ぎ去ってしまった
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