20日目『民謡パンク』お題:インフレ

『民謡パンク』



 それは、のちに民謡の民と呼ばれる人類が、いまだ穴倉で生活していたころのことである。彼らは打製石器を木の枝に結わえ、獣の毛皮を身にまとい、狩猟採集によって日々の糧を得ていた。

 言葉はまだ曖昧である。遠吠えなどの鳴き声によるコミュニケーションは徐々に確立し始めていたが、明確な発音ができる段階にはまだ彼らの喉は達していなかった。

 そんなある日。

 ひとりの男性が獲物を見つけた。自分の家族に居場所を伝えるために遠吠えを行った。

 すると不思議なことに、獲物がその場に昏倒してしまったのである。

 彼は慎重に、倒れた獲物の様子を伺い、さらに家族とともに念入りに観察を行った。

 死んでいた。

 彼は、自らの遠吠えがその獲物を死に至らしめたと結論付けた。

 自分の声には何らかの効果があるのではないか。槍投げを練習し、打製石器の作り方を覚えるのと同じように、彼は自らの遠吠えを鍛錬した。

 そしてついに彼は、遠吠えによって遠くの目標を一撃で昏倒させる術を獲得する。

 一方で、動物だけでなく、人類にもその術は有効だった。

 早速彼は周辺にいるほかの群れを遠吠えによって襲い、恐怖支配によって自らの配下を増やしていった。

 彼は、人類で最初の王となったのである。

 配下の規模が千を窺う頃には、彼の遠吠えはさらに進化し、相手を昏倒させる以外にも、火を熾したり、石を望み通りの形に破砕したり、様々なことができるようになっていた。様々な音を奏でる遠吠えは歌であり、人類最初の音楽だった。

 だが一方で、そんな王にたてつくものが現れた。それもひとりではなかった。

 反乱者たちは王の歌をこっそりと耳で盗み、ひそかに磨いた。

 歌の技術に自信を得て、王に戦いを挑んだのである。

 自分以外に歌を操るものとは初めて遭遇したため王はひどく慌て、あっさりと反乱者のクーデターはかなった。

 反乱者たちは自らの歌を、口伝によってほかの市民たちにも伝えた。

 民謡の誕生だった。

 人類は、様々な現象を引き起こす民謡を、完全に自らのものとしたのである。

 これが、民謡の民の登場である。

 民謡の民は民謡の技術をさらに磨いていった。

 あるものは空を飛び、あるものは遠くの仲間に意思を伝え、あるものは高度な計算を一瞬のうちにこなした。

 世界は、民謡の才能によって身分が決まる、民謡能力主義に支配されることになった。

 それは完全な実力主義ではあったが、民謡に劣るものには辛い世界だった。

 結局民謡の才能は、喉の形状、肺活量、全身の筋量など肉体的な要素で決定されることが多い。

 そしてそういった肉体的要素は往々にして、遺伝がものをいう。

 民謡能力主義の世の中では、民謡の才能にあふれた者たち同士が子をなし、民謡の才能を純粋培養し、自らの地位を確固たるものにしようと動き続けた。一方で民謡の才能に恵まれなかった者たちは同程度以下の相手と結婚せざるを得ず、両者の才能はますます開く一方だった。

 まさに、民謡才能格差社会であった。

 民謡の才あるものが、民謡の才なきものを虐げて搾取する。

 そんな暗黒時代が一千年ほど続いた。


 そしてまた、民謡の民に英雄が誕生する。

 それはひとりの学者だった。

 彼は民謡の才には恵まれなかったが、だれよりも民謡に興味を持ち、なぜ民謡によって動物を昏倒させ、民謡によって火を熾し、民謡によって石器を加工できるのか、その原理を追求することに生涯をささげた。

 ある時は煙の中で自らの平凡な民謡をうたい上げた。

 ある時は水に向かって自らの平凡な民謡をうたい上げた。

 またある時は火に向かって、洞窟に向かって、金属の筒に向かって。

 そうした努力は身を結ぶ。

 彼は、民謡の原理を解き明かしたのだ。

 そもそも音とは、空気が振動することであり、その振動を鼓膜がとらえて音として脳に送るものである。

 そして民謡とは、民謡の民によってコントロールされた音である。そこには、空気中に特定の振動が生まれ、それはつまり、空気中に溝が生まれるのである。この溝が回路のような役割を果たし、力や熱といった何らかのエネルギーが流れ込むことで、周囲に影響を及ぼすのである。この原理を解明したことによって、民謡を様々に変えると、引き起こされる現象も変わることまでも、当然のこととして理解できた。民謡を変えると、空気中の溝の形も変わるのである。

 学者は民謡の原理を解明した。

 だがそれだけでは飽き足らず、さらに民謡を自ら歌う機械まで発明してしまった。

 まずは風力民謡。山から吹き下ろす風を、笛のような装置に通すことで、民謡に相当する音を発生させるものである。だがこれは、風の強さや方向が安定しなかった。

 次に発明されたのは水力民謡である。水の流れをポンプで受け止め、空気の振動を引き起こす。水の量は比較的調整がしやすく、安定感は風力民謡をはるかにしのいだ。

 早速学者はこの水力民謡を村に設置。空気を吐き出す部分のアタッチメントを入れ替えるだけで、火を熾し、光を灯し、はたまた麦の脱穀、製粉にまで応用できるようになった。

 民謡の才に恵まれなかったものたち、つまり民謡実力主義社会における底辺の人々は、この機械民謡に飛びついた。学者は快く応じ、機械民謡が全世界を駆け抜けていった。

 そのさなかも機械民謡は発展を遂げる。

 火力民謡の登場である。炉の中で薪を燃やし、その熱によって湯を沸かし、発生した水蒸気を放出して空気の流れを作り、アタッチメントによって振動を与え、民謡と同等の効果を持たせたのだ。

 火力民謡の画期的な部分は、移動に便利なことである。それまでの風力民謡や水力民謡は、大掛かりな風車や水車といった固定装置によるものであり、移動には向かなった。だが火力民謡は、炉と水瓶があれば発生させることができるので、車輪を付けることで馬をもしのぐ高速移動が可能になった。火力民謡車の登場である。

 火力民謡車によって人々の往来が盛んになり、技術発展も加速度的に進んだ。

 民謡の才能に恵まれなかったものたちでも、自由に民謡の恩恵にあずかることができる社会になったのだ。

 民謡機械はコンパクト化と強力化によって人々の手に渡ったほか、大規模化によって国を反映させることにも役立った。

 そうして起こったのが、大陸間の戦争である。大規模な機械民謡のためには広大なスペースと大量のエネルギー源が必要だった。人々はそれらをめぐって争った。

 民謡資本主義社会の到来である。

 民謡は動物を昏倒せしめることができる。

 機械民謡だって、アタッチメントさえあれば大量殺人兵器になった。

 民謡兵器が様々開発され、民謡航空機、民謡船、民謡銃、民謡砲、はたまた民謡索敵、アンチ民謡シールドなる技術まで開発された。

 戦場では民謡が飛び交い、多くの兵士が死んだ。

 戦争の前半期、戦場での死者の多くは民謡の才に恵まれたものたちだった。

 このころはまだ民謡兵器の信頼性が低く、拡張性もいまいちだった。最終的にものをいうのは人間による民謡であるとの考えは根強かった。人力の民謡であれば、その場でとっさに必要な民謡をうたい上げ状況に対応することが可能だからである。それゆえ民謡の才に恵まれたものたちが多く戦場に送られ、民謡兵器の餌食になっていった。民謡兵器の威力は、当時の人々が思っていたよりもはるかに強大だったのである。

 このままでは民謡の才に恵まれたものたちがいなくなってしまう。いくら機械民謡が優秀でも、それは倫理に反する行為だ。

 戦争は少しずつ沈静化し、同時に、人力民謡による殺人行為は世界中で禁止となった。

 戦争がなくなることはなくなったが、民謡兵器の発達に伴って遠隔民謡兵器、無人民謡兵器が登場、戦場での死者は少なくなっていった。

 同時に、そういった民謡兵器の発達が民間の機械民謡技術をも高めていった。

 そしてついに民謡の民は、機械民謡による宇宙進出を目指した。もはや星のなかだけではエネルギーが賄えなくなり、さらなるエネルギーを宇宙に求めたのである。

 だが問題は、宇宙には空気がない、ということである。民謡は空気を振動させて溝を作り、それを回路としてエネルギーを流すことで様々な現象を起こすものである。空気がなければ、宇宙空間ではほとんど何もできないに等しい。

 電磁波による民謡も考案されたが、溝が小さすぎて出力が伴わなかった。

 結局、宇宙船内のわずかな空気を使って、最大限の効果を発揮する民謡を考えるしかなかった。

 あらゆる周波数を研究し、あらゆる音色、民謡を試していった。

 そうして最適化された結果、もはや音楽からは程遠く、低く響く民謡となった。しかも民謡と言いながら、民謡の民にはほとんど聞こえないような音になってしまった。

 だがその聞こえない、というのがよかった。ある程度出力を上げても、直接的な影響は出ないからである。

 この低周波民謡を採用したロケットは、空気のない宇宙空間でも運用が可能だった。この宇宙船のエンジンは、大気のある反響室と大気のない燃料室の二重構造になっていて、反響室の民謡によってエネルギーの流れを調整し、推進剤の燃焼を操るというものだった。

 民謡ロケットは性能を磨き上げられただけでなく、クルーにも民謡の天才が集められ、民謡の民の宇宙進出はかなりのハイペースで進んでいった。

 恒星系を飛び出し、銀河系を飛び出し、何億年もかけて、自分たち以外の知的生命体がいる星を発見し、その星に降り立った。仮にこの星をTとしておこう。

 もちろん民謡の民もバカではない。自分たちの存在が惑星Tとそこに住む生物たちに影響を与えないよう、機械民謡によって宇宙船に迷彩を施していた。惑星Tの知的生命体には決して見えないはずだった。

 だが、民謡の民も予想していなかったことが起こる。

 民謡ロケットを操る低周波民謡が、惑星Tの地形に反響して、とても大きく、低く、長い音を奏でた。

 民謡の民には聞こえなかったが、惑星Tの高等生物はこの音を聞き、世界の破滅を予感した。そしてこの音は惑星Tでアポカリプティックサウンドと呼ばれているのだが、民謡の民は知るよしもなかった。

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