呪詛

「……ディアナの状態表示」

 梓真の声に応え、リンクし終えたばかりのディアナのコンディションをゴーグルが映し出した。

『梓真……』

「あとは俺とディアナでやる。おまえはそこでじっとしてろ」

『でも――』

 外装に大小の損傷はあるものの、メイスは健在。左腕以外、動作に支障はない。十分に補正が効くはずだ。

 だが落胆も大きい。灯台からウンブリエルの腕を撃ち抜いたあの攻撃、あれはレールガンによるものだった。振動装甲に対抗できる数少ない携行武器――。しかしログによれば、ウンブリエルによって破壊され、左腕ともども海の藻屑と化している。

(……)

 なくしたものを嘆いてもしかたない。梓真は舌打ちをこらえディアナに指示を出した。

「そいつの背中をぶっ叩け! 穴を開けるつもりで!」

 先手必勝! 梓真もディアナと同時に前に出る。

 脳裏には玲亜との会話を思い起こしていた。


「気を付けろったって、どうすりゃいいんだよ」

「まずは威力の高い武器を使うこと」

「たとえば?」

「たとえば……パンツァーファウスト、HEAT弾」

「ねえよ、見りゃわかんだろ。アンタらが……いや……」

 一瞬、残骸の捜索を考えたが、もし彼らの手元にあったいたなら、梓真たちに使っただろう。

「APFSDS」

「どうやって撃ち込むんだよ!」

 もちろん持ち合わせもない。

「……レールガン?」

「あるか!」

「なら……」

 と玲亜は視線を梓真のライフルに指し、

「それを近距離から大量に撃ち込むだけ。ウンブリエルを停止できたらもっと効果的」

 しかしその顔はさらに下を向いた。

 自信がないのだろう。

「他には?」

「あとは……挟む」

「挟む?」

「強い力で挟めば、装甲の振動は止まる」

「万力なんかねえぞ」

「打撃武器で前後から打つの」

「あいつに? そりゃ、できなくはねえだろうが……」

「同じタイミング、同じ強さで」

「……」

 絶対できねえ――そんなセリフが出掛かった、

 動き回る敵の一部を、文字通りの挟撃。それもまったくの同時に。弱い力では意味がない。彼女の助言は限りなく不可能に思えた。

 しかし、条件の一部はクリアされてもいる。

 海蝕洞の最長部分は縦横ともに三メートルほど。ウンブリエルはかろうじて直立していたが、得意の跳躍は封じられている。かがんでやっと移動できる状態だ。

 そして洞窟の出口側をディアナが、奥を梓真が塞いでいる。

 あとは攻撃のタイミングだけ。

(要は、ディアナのメイスにカウンターを合わせりゃいいんだろ)

 その際には攻撃部位が中間位置になくてはならないが、ウンブリエルもただのカカシではない。

 前触れなく、闇を刃が切り裂いた。

 梓真は斜め前に転がってかわすと、同時に距離を詰めて伸び上がり、左腕を力いっぱいに突き出す。

(クッ、おせえ)

 杭が“触れた”のは、ディアナの攻撃直後だった。

 巨人の目が、梓真ではなく背後のディアナを睨んだ。

「後退!」

 ディアナが跳び退くのに合わせ、梓真も後ろに跳ぶ。

 ウンブリエルは無傷だ。

『……おんやあ、ちいっとおかしな動きだなあ? ……玲亜がなんか言ってたか?』

「ああ、聞いたぜ。未完成なんだってな、そいつ」

『人望ないのね、六角せんぱい』

「バカ、おまえは黙ってろ」

 案の定、理緒の挑発にウンブリエルが振り向く。狙われたら守り切る自信がない。

『言っとくがな、玲亜も思惑があって俺たちの作戦に加わったんだぜ。かんたんに仲間になったとか思ってんなよ』

 悪魔の甘言。心が揺れる。

(あいつも……? ……いや、考えるな)

 ――今は、目の前の敵を……

「ディアナ! 今度はおまえもタイミングを合わせろ!」

 敵の前と後ろから、梓真とディアナが攻撃を仕掛ける。

 六角は梓真に向かった。牽制の蹴り。

 梓真の二型は下がって避け、ふたたび前に出た。

 そして――念願の同時攻撃が成功する。

 背中と腹。まったくの同時に胴部の芯を突いた。

 だが――

(感触がさっきと変わんねえ……!)

『クッソうぜえ、テメーら!!』

 六角の反撃。前後同時に蹴りを繰り出し、ディアナに向かって鎌を振り下ろした。

 下がれ――の指示は出せない。ディアナの後ろには理緒がいる。

 二機のシルエットが重なった。ウンブリエルの左腕をディアナのメイスがかろうじて押さえたものの、じりじり押し込まれていく。

 二筋の蹴りに阻まれ、梓真は近づけない。

「く……このっ!」

『ハハ、潰れろポンコツ!』

(くそおっ……玲亜……)

 指示どおりの同時攻撃は成功した。なのにウンブリエルにダメージはない。

 “玲亜も思惑があって――”

 “かんたんに仲間になったとか思ってんなよ”

 六角の毒が梓真を蝕む。記憶の中の彼女までもが醜い姿へ変貌する。

「俺は弄ばれた――そういうこと、かよ……」

 さらに目の前の光景にも絶望する。ディアナはついに膝を折り、背に刃を受けていた。

『梓真……』

「……」

『梓真!』

「……理緒……結局、俺は――」 

『彼女を信じる? 信じない?』

「……」

『思い出して! どうして味方になってくれたのかを! 彼女の心を変えたのは何!?』

 梓真の息が一瞬止まる。そして――

「ディアナ!」

 それが彼女自身の予測だったのか、それとも梓真の思考が流れたのかはわからない。だがともかく、ディアナは梓真の動きを予測した。

 ウンブリエルの回し蹴り――それが戻るのに合わせて梓真は懐へと飛び込んだ。そして水場に腰を沈めると、ウンブリエルの腰を肩で持ち上げた。これに鎌を食い込ませたままのディアナも加わる。

 さらに――

「今だ!」

 あいまいな指示。だが梓真には、ディアナがどこを狙うか確信があった。

(ここ!)

 無様に浮き上がったウンブリエルの腰部を、梓真とディアナは見事に挟撃した。

「もう一丁!」

 二度目の攻撃も部位、タイミングともに完璧。ウンブリエルは水しぶきを上げて倒れ込んだ。

 それでもしぶとく立ち上げる。損傷は見られない。

 しかし心は折れなかった。

「何度でもやるぞ、ディアナ」

 二機は同時に駆け、打った。

(スピカ、すまねえ。おまえのためにも、俺は……)

 玲亜の翻意の理由。あのスピカの言葉を、姿を目の当たりにして、ふたたび六角に荷担するはずがない。

 魔神に憑依した男は、攻撃対象をディアナへ切り替えた。格闘に不向きな重装備、加えて左腕の欠損でバランスも欠いている。工夫も凝らした。鎌を囮に蹴りを放つのだ。

 梓真は――その先を読む。

「飛び込め!」

 ディアナはかわすと見せかけ、ふところ深くに潜り込んだ。

 その間に梓真も距離を詰める。ウンブリエルの足技はすでに見切っていた。

「適当なんだよ、おまえ!!」

 確信があった。六角はAIのサポートを使いこなせていない、信じていない。AIとの同調を果たしていたなら、威力頼みではないもっとマシな攻撃をしているはずだ。

 それは腹立たしいことでもあった。

 対する六角も憤怒する。

『この糞があ、クッソクッソぉお!!』

 ますます雑になるウンブリエルに比べ、梓真とディアナの連携は極まる。

 距離を詰め、惑わし、かわす。打って大きく下がる。六角は激しくディアナを攻めたが、梓真は巧みに誘導し、理緒の一型には寄せ付けない。

 梓真の研ぎ澄まされた感覚はディアナにも影響を及ぼした。今のディアナは、梓真が新たに得たもう一つの体だ。延長した手足ではない。それはむしろ不随意筋に似ていた。

 高ぶる心と相反する澄みきった思考は、ディアナの判断、能力、ポテンシャルまで把握する。

 なぜ自分にそんなことが?――そんな疑問すら浮かばない。機械のような分析と動物的なひらめきが、行動を一瞬で導き出す。

 人機一体。

 それを、心と体、二重に体現していた。

 ――そしてついに、その時が訪れる。

 鉄壁の鎧に亀裂が走った。地下世界を和音がこだまする。

 だが興奮も過信もない。

(もう一回……)

 それだけが頭に浮かんでいる。

 荒ぶる呼吸を切ると、野蛮な武具は清らかな音色をまた奏でた。

(もう一回……)

 もう一回……

 もう一回……

 度重なる攻撃によって、傷は、すでにウンブリエルの胴全体を覆っていた。

 そして砕け散る。

 巨体は海水に墜ち、剥き出しの内部は搭乗者まで晒した。

「自分から出るか、それとも、引きずり出してやろうか」

 まるで抑揚のない、梓真の声。心と体が乖離したままだ。

 一方、聴覚センサーは驚愕する吐息を拾う。六角の目には呆然の色が広がっていた。世界が――事象そのものが敵対して見えただろう。

「認めねえ……」

「……何言ってんだ?」

「俺はおまえを認めねえっつてんんだ!!」

 生身の声は感情のままだ。

「ああ、そうかい」

 戯れ言と切り捨て、梓真はウンブリエルの背後に回った。――引きずり出すために。

 驚くことに、六角はあらがう素振りを見せなかった。不気味な笑みをただ浮かべただけだ。

 もちろん油断はしない。

 ディアナを正面に待機させながら、両腕を巨人の脇の下に潜らせ固定する。

「勝ったと思ってんだろ」

 六角の口からは皮肉がこぼれた。

「俺を下ろして、そっからどうすんだ?」

「……」

「へっ、やっぱノープランかよ。テメーは認識があめえんだ。これはな、勝つか負けるかじゃねえ、殺すか殺されるかなんだよ。……殺す覚悟もねえヤツが……」

 嘲りの顔が殺気を孕む。今ここで殺さなければ、執拗に、いつまでも追ってくる――そう言っているのだ。

 下品。イヤな奴。――それだけだったはずの男に梓真は初めて興味を持った。

「……聞きたいことがある」

「クッ、ククッ……。いいぜ、なんでも答えてやる」

「俺にどんな恨みがある?」

 思えば、広敷の部屋であったあの日から、六角は絡んできた。あれが初対面、敵意を向けられるいわれはない。

「恨みぃ? ねえよそんなもん。ただノホホンと楽しい学生生活を送ってんのが笑えるだけだ。……実験台にされながらな」

「……実験?」

「そうそう、気づいてねえのがまた笑えんだよ! はっ!」

 六角は思い切り笑いたかったらしい。しかし失敗した。大きく開いた口はそのまま固まって、それ以上なんの音も発しない。

 梓真は戸惑うだけだ。

「俺の、どこが……」

 男の口が引き締まる。真顔……いや、わずかな哀れみ。六角の指はコンソールを離れ、梓真のメインカメラのさらに上を指した。

「俺はな、ただ、テメーの――――――用があんだよ」

「……今、何を言った……?」

 男の目にふたたび殺気が宿る。

「テメーの移植された有機AI! そいつを貸せっつてんだ!!」

「……な、なんの――」

 ばかな話、たわごとだ。笑い飛ばせ!――そんな感情を思考は冷徹に阻む。

 そして心を一瞬で侵した。

 目の前を黒く塗りつぶし、感覚を失わせていく。

 だが耳には警告のシグナルが届いた。ディアナからだ。

 梓真は頭を降って目を見開く。

 射出された鎌が天井を突き崩していた。

 真下には、理緒の姿。

「しまっ……」

 さらに閃光が迸る。

 梓真は回復しない暗視装置に苛立ち、フェイスガードを上げた。

 月明かりを頼りに目を凝らすが、ウンブリエルの操縦席はもぬけの殻だ。

「動くんじゃねえ!!」

 砂塵舞う潮騒の方角には、岩に埋もれた少女と、拳銃を向ける男の姿があった。

「へ、へへ、形勢逆転だな。……喜べぇ、お返しのプランはいろいろと揃えてある」

「梓真!」

 頭だけの理緒がもがく。

 足手まといを自覚して、装甲から抜け出したのだろう。ところがそれは裏目となった。

「梓真、わたしは、大丈夫だから!」

「いいから、今はじっと――」

 銃声が声を遮る。

 弾は理緒の鼻先をかすめ、岩をえぐった。

 六角は、銃口を理緒の額に戻す。

「黙ってろ! 俺は大事なおハナシ中なんだよ!!」

「……そんな銃、脅しになると思ってるの」

 すると今度は、狙いを少女の胸に変える。

「俺はなぁ、知ってんだぜ。……おまえの――」

「やめろ!!!」

 梓真はありったけの声を張り上げた。

「俺に話があんだろ!」

「へっ……」

 六角は構えを解いて、向き直る。

「話はチョー簡単だ。まず、装甲服から出ろ」

 梓真は素直に従おうとした。

 だが――

「んだよ、ツマンネーな。ああ、いい。今のはナシだ。次、プランB……」

「……」

「ディアナを破壊しろ」

 梓真の動きが止まる。

「どおしたぁ? テメーはオルター壊すの大好きだろう?」

「……」

「この女のためにマルスも壊したんだよなあ。それをもっかいやれってんだよ」

「梓真、従う必要なんか――」

「やれよ、やれ……さあ、さあさあさあさあ!!」

 またしても理緒のそばに撃ち込むと、続けざま、辺り構わず乱射する。

 梓真は震える左手を持ち上げ、ゆっくりとディアナに近づいていった。

 狙いを付け、引き金を引く。

 杭がディアナの左胸に突き刺さった。

「そおじゃねえだろお!!」

 銃声から半瞬遅れで耐え難い痛みが届く。

「ぐ……うっ……」

 銃弾がわき腹を焼いた。外部装甲の隙間、二次装甲が露出している部分だ。

「これが手本だ。理解したかあ?」

 闇にうっすら笑みが浮かぶ。

 ディアナの装甲も、基本構造は梓真の二型と同じだ。もし装甲の隙間にパイルバンカーを穿てば貫通はたやすい。

「プランBは気に入らなかったみてえだな。んじゃプランCといこうか。これはとっておきだぜえ」

「……」

「やっぱ装甲服から出てだなあ――」

「もう、やめて……」

 岩塊から逃れようと理緒がもがいた。

 みたび銃口が向く。

「動くなっつってんだろうがよぉ!!」

「梓真! こんな銃、わたしには効かない! だから――」

 だがすでに梓真は脱着を終えていた。四つん這いの背中から抜け出し、海水に足を落とす。

 しんとした洞窟に、ただ水を叩く音が響く。

「なんでこんなこと、するの……。恨みがあるわけじゃないって……」

「ああそのとおり。ただ……」

 六角は持ち上げた拳銃で頭を掻いたあと、筒先を梓真に向けた。

「コイツをっ、実験してるだけだ! 感情が残ってんのか、……脳が正常に機能してるのかをな」

「う……そだ……」

 訓練を受けていない人間は、銃口――死の恐怖に怯え、動けない。だが今の梓真を縛るのは、恐怖ではなく動揺だ。

 うつむく頭を腕で支え、声を絞り出した。

「お、俺は……俺は自分のCTも見た。移植など……受けていない!! AIの移植だと! おまえは、俺を騙そうと……でたらめ、を……」

「本当に知らねえのか?」

「……」

「震えてるぜ。実は、思い当たることがあるんじゃねえのか……加瀬梓真」

「おまえの、言うことなんざ――」

「加瀬朋子」

「……?」

 意外な言葉で梓真の口はふさがれた。

「関西在住。青藍せいらん大学院生。専門は近未来社会心理学。……テメーの六つ年上の姉だ」

「……」

「四年前、ソイツの運転で事故に遭い、二人仲良く昏睡状態に陥った。そうだな?」

「……おまえはストーカーか?」

 六角の口がへの字に曲がる。

「テメーの姉にも有機AIが移植された」

「嘘だ!」

「嘘じゃねえ」

「嘘だ。姉さんは……姉さんは、快復しなかった。左半身が麻痺したまま、自力では歩くこともできない」

「それがな、キレーに快復したんだよ」

「でたらめを……」

「事故から三ヶ月後、テメーの親父の施術で意識を取り戻したソイツは、驚異的な快復を見せた。だが……」

「……」

「自分にされたことの真実、移植されたモノの正体を知るや、リハビリの成果は消し飛んで、テメーの知ってる今の状態になっちまったってわけだ」

「おまえ、まさか姉さんまで……」

「安心しろや。加瀬朋子の頭にはもう、有機AIはねえ。原因を探るため取り出されて、代わりに従来の、生命維持を補助するだけの機械を埋め込まれている。狙う理由はねえ」

 軽く息を吐く梓真。しかし六角は容赦しない。

「テメーの処遇は、さしずめ、その再現を恐れて……」

「う、そだ……」

「ずっと嘘を吐かれてきた、腫れ物を触るようにされてな」

 梓真は震える両手を目の前に広げた。まるで、そこに真実があるかのように。

 ぱしゃ、ぱしゃ――

 六角の足音が浅い水場に繰り返した。近づきながらディアナへ牽制の視線を送るが、顔と銃口は梓真を捉えたままだ。

「テメーにも教えてやるよ。真実の、その先を。どうやらそれが一番堪えるみてえだからな」

「ダメ!!」

 その声に一度は歩みを止めたものの、獲物を変えることはなかった。

「いいか、よく聞け。テメーの脳に直結されたのは――――――」

「………………」

 水音とともに景色が傾く。……いや、梓真が倒れたのだ。

 底は浅く、鼻や口が沈むことはなかった。それでも小さな波が横顔を叩く。

「どうだ、気分は?」

「……」

 起きようとする梓真に、体が逆らった。

(……! くそっなんでだ!)

 右半身が言うことを聞かない。

 梓真はあきらめ、顔だけを正面に向けると、拳銃が口を開けて待ちかまえていた。

「生理的嫌悪ってやつか? うれしいぜ。どうやら感情が残ってたみてえで」

(生理的……嫌悪?)

 もう一度右腕を動かそうとするが、まるで感覚がない。……もう、彼の腕ではなくなってた。

 見下ろす顔から侮蔑の笑みが消える。

 六角は満足したらしい。

「オメーも不幸だったな。……おかげで楽しませてもらったぜ」

「……」

「じゃあな、あばよ」

「梓真!!」

 叫ぶ理緒。

 六角の指が引き金に掛かると、梓真にようやく恐怖が戻る。

 こみ上げる臓腑と止まる思考。ただ絶望が脳を蝕む。

 次の行動を梓真は異変と思っただろう。

 突如として上がる目線、そこには拳銃を押し上げる右手が映る。

 六角は声も出ない。

 だが彼以上に驚いていたのは梓真だ。行動のすべては、彼の意志によるものではなかった。

「くそっ! 離しやがれ!!」

(……何が起きてる?)

 梓真は自分の体を他人事のように観察した。

 体勢は、トリガーに指を掛けている六角が不利だ。しかし梓真の倍もある豪腕はハンデをものともせず、力任せに振り下ろそうとした。

 銃口がじりじりと迫る。

 押し相撲の軍配は六角に上がりつつあった。

 だが――

「チッ!」

 大きな水音に六角は目をそらす。ディアナが挑みかかってきたのだ。

「くそがあ!!」

 咆哮する六角と銃。

 銃弾は首の血管を引き裂いた。必死に押さえるが、あふれ出す血は止まらない。

 服をしたたり水面みなもに波紋を広げる。海水と交わることなく、暗い水底をさらに黒くした。

「六角……」

「…………!」

 梓真の手は銃を拾い上げた。

 重い。これが、命を奪う重さ……

 このままでは六角は死ぬ。救命措置など、梓真にわかるはずもない。

 だが彼女なら――

「ディアナ……」

「やめろ!!」

 獣のような目が威圧した。

「近寄んじゃねえぞ」

「だがおまえ――」

「テメーには好都合だろ? この、偽善者が……」

「……」

「ちゃんと動けんじゃねえか。テメー、大した役者だよ」

 六角が手を下げると、血は一気に吹き出した。

「血も涙もねえテメーに、これは……お仕置きだ」

 もぞもぞとポケットをまさぐる。

 そして――大音響が襲った。

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