14.異端審問官と魔王
デイブの監視を頼まれ、残りの昼休憩はデイブが見える位置で保存食を摘むことにした。
クエレブレに干し肉をやりながら魔法行使の実験をしていると、あることに気が付く。
「手に魔力を伝えるより、小石の方が伝導率が高いな」
「首枷がシェミハザ様への魔力伝導を阻害しているんじゃないですか? 折角武器をお持ちなのですから、そちらで試してはいかがかと」
「なるほど。やっと大鎌の使い道を思いついたよ」
大鎌にエンチャントして戦えば、魔法で補助のようなことができるだろう。
昼休憩にはデイブの不審な行動は見られなかった。休憩が終わると、俺は訓練中ずっとそうしてきたようにエイブラハムさんと戦い、型の練習をした。
不審な行動があったのは、翌日の夕方だった。ハルフォーフ姉妹が休憩に行った直後、デイブが拙者もと2人の後について行ったのだ。念のため俺も感覚を開けて追跡すると、嫌な光景が目の前にあった。
怯えたようなイルマの前にヘルマが小さな両手を広げ、庇うように立っていた。
それから少し離れた距離にデイブがいる。
乱暴でもする気かと思って、咄嗟に姉妹とデイブの間に割り込んだ。
いや、違う。
デイブの手には投擲用のようにも見える小型のナイフが数本握られていた。暗器か。小さな目には殺意が宿っている。しかし何故だ?
「シェミ、イルマを守って」
「状況がわからんが、そのつもりだ」
ヘルマが頼んでくるが、頼まれるまでもない。こういうところを見るとやっぱり姉なんだ、とぼんやりと考えた。
助けようと思ったならヒロイックで格好付けられるが、頼まれたことだし、単純にデイブに喧嘩を売りたかったという理由だ。喧嘩を売るチャンスを虎視眈々と狙っているわけじゃないが、絶好の機会じゃないか。
「おい。何やってんだよ」
「コポォ……拙者の正体は王都から派遣された異端審問官。シェミハザくんが試験官から拙者の監視を頼まれたことは勿論把握しておりますぞ」
デイブは俺との距離を詰め、暗器を構える。エイブラハムさんとの話を聞いていたのか。王都も異端審問官も意味不明なんだが、スルーしてデイブの次の言葉を待った。正体とかはどうでもいいんだ。後でクエレブレが解説してくれることだろうし。
「このイルマとかいう少女こそ、最近セバルドの街を裏から支配しているという魔族! 魔族は略式裁判で問答無用の死刑に処すことが決められている悪の種族ですぞ。ここは見なかったことにして立ち去るのが唯一の道でしょうな」
いや、違うだろう。
クエレブレから聞いた魔族の特徴もなく、魔法で外見を偽装しているというわけでもない。
そういえば潰した盗賊団の頭も魔族様がどうたらと言っていたな。どっちにしろそれはイルマのことじゃないし、クラウスでもエイブラハムさんでもない。
「まず、なんで魔族って思ったんだ? 俺の聞いてる魔族とは全然違うんだが」
「その年齢にしては不自然なほど魔力が多い。それで充分ですな!」
「証拠はそれだけかよ。なら退かない」
「魔族を庇えばシェミハザくんも異端として処分しなければならなくなりますな」
話が通じない。短気な俺は段々とそのことに苛ついてきた。
「俺が魔族とか思わないわけ? ああ、魔力量を見ているんだっけか」
「その通りですわな。魔族は例外なく魔法師、徒手で戦い武器を携えるシェミハザくんは真っ先に候補から外しましたな」
さっきから滑稽で仕方がない。
セバルドを裏から牛耳ってる魔族は俺じゃないが、俺のことを疑うのは不可抗力だし、そう思われても仕方のないことだ。だけど魔族のことを魔族じゃないと言い切り、関係ない女の子を魔族だと決め付けるのは馬鹿馬鹿しいにも程がある。
「イルマは魔族じゃねえよ。さっさと消えろ」
俺は背中の大鎌に手を掛け、回転させながら構えた。クエレブレに目で合図を出す。
「失せるか死ぬか、この場で選べ…………エンチャント・ダーク」
詠唱が引き金となって付与魔法が発動し、不気味な発動音とともに紫に燃える闇のオーラが大鎌を包んだ。
「なッ!? 魔力はない筈なのに……まあ構いませんな、シェミハザくんと拙者の相性はお互いに最悪なようですからな。拙者は隠密系ですぞ」
驚くデイブだったが、すぐに余裕を取り戻して汗まみれの顔で笑みを浮かべた。
隠密系ときたか。
戦闘なら確実に勝てるビジョンが見えたが、隠れられたり逃げられたりすると手も足も出ない。俺の魔力探知の範囲はかなり広い。が、確か隠密の技には一時的に魔力の放出を抑えるものがあったはずだ。
阻止する程度でも上出来だろうが、殺しておくか。闇の魔力を纏った大鎌を振りかぶり、デイブの方へと地面を蹴って距離を詰める。
鎌の刃が届くかどうかのところで、デイブが煙のような物を出した。この距離で目眩しではないだろうから逃げる気だ。
間に合うかは知らないが、煙の中へ刃を振るった。
斬った感覚は、ある。
しかし煙が消えた後、そこに死体はなかった。大鎌の刃にはべったりと血が付いている。逃げられたか。惜しかった、心底悔しい。
煮え切らない思いで消えた場所を見つめていると、背後から2人分の声がかけられた。
「あ、あの……ありがとうございます」
「ん。ありがと」
ハルフォーフ姉妹からお礼を言われ、戸惑った俺はつられてお辞儀を返した。
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