11.昇格試験に行く魔王

正午に赤ランク昇格合宿があるということで、俺は冒険者ギルドまで来ていた。受付で合宿に来たことを伝えると、そのまま裏口からギルドの裏庭に通される。


入る前に様子を伺うと、他にも何人かいるようだ。男3人、女2人。

なんとなく同性で固まっているように見えるので、俺も男の方に寄った。男の方は俺以上の巨漢で頭頂部だけ剃った謎の髪型をしたのと、貴族であるらしい金髪の青年、眼鏡をかけた脂ぎった肥満体型の男が集まっている。女の方は黒髪の幼女とその保護者のお姉さんといった感じだ。子供でも昇格試験とか受けるんだな。

しばらく待っていると、巨漢が俺達に名乗った。


「今回の昇格合宿を担当する、試験官のエイブラハムだ。ランクは紫。よろしくな!」

てっきり受験者だと思っていたのだが、この人が試験官なのか。紫ランクということは、アレーナが試験を受ける青ランクの一つ上だ。冒険者ランクは下から灰黒黄赤青紫だから…………最上位か。筋骨隆々だし、見た目通りに強いのだろう。


「不本意ながら名乗らせていただこう。僕の名はクラウス・フォン・ベルツ、知っているだろうがベルツ伯爵家の四男だ。君達とはまるで住む世界が違うのだから、それを弁えて話しかけるように」

金髪の青年が物凄く偉そうに自己紹介をした。偉そうなのに、名乗りはするところに育ちの良さを感じる。試験官、貴族の青年と順番に来たから次は俺か。不本意ながら名乗らせていただこう。


「どうも、受験者のシェミハザです」

何も思いつかないので早口で名前だけ名乗って終わりにする。もう終わりかという周囲からの視線を感じるが、逆に何を名乗ると言うんだ。黒ランクの冒険者ですと名乗っても全員同じだろうに。俺がこれ以上喋る気がないことが分かったのか、俺の右側に立つ、やけに距離の近い男が自己紹介を始めた。


「ブフォ、クラウスくんと……シェミハザくんっていうんだね。よろしく。コポォ。おじさんはデイブといいます。ドプフォ。みんな一緒に頑張ろうねっ」

意味不明な擬音を発しながら自己紹介をする肥満体型の男、デイブが体を左右に揺らしながらにじり寄ってきたので、大股で可能な限り遠くまで離れた。クラウスも離れた。


「平民風情が……ギルドの方も何を考えている。こんな薄汚い連中と一緒に昇格試験をやらなければならないなんて……」

クラウスはすごい不機嫌になっている。分からなくもないけどさあ。

男3人の自己紹介が終わったところで、注目は女性二人に集まる。幼女は姉と見られる女性の袖を引っ張り、アイコンタクトを取った後に暫定姉の方が喋り始めた。


「私達は姉妹で冒険者をしているハルフォーフ姉妹といいます。年が離れているのと、一見間違われやすいのですが……」

と一旦言葉を切る。やはり姉妹だったのか。20代半ばと10代前半くらいか? 暫定姉の方は幼女の方を手で示し、次に自分の方を指さした。


「こっちが姉のヘルマ、私が妹のイルマです」

拍子抜けだった。口元に手をやって苦笑しながら語るイルマと、ジトっとした目で他の受験者を見つめるヘルマはどう見ても姉妹の順が逆だろうと俺は感じたが、教官のエイブラハムさん含め、その場の全員が動揺しているようだ。


ちょっとしたハプニングのようなものがあった後、エイブラハムさんはひとつ咳払いをして「えー」と説明を始めた。


「最初に言っておくが、試験とはいっても赤ランク昇格試験は落とすためにやる試験じゃない。初心冒険者から中堅、ゆくゆくはそれより上のランクになって、初心者の模範となるような冒険者になってもらうための試験だ。だからリラックスして受けてほしい。緊張していては怪我のもとになる。安心してくれ! この試験が終わる頃には立派な赤ランクだ」

聞くところだと、あまりにも安心安全すぎて逆に不安になるような説明だ。俺には魔族発覚の懸念、手癖の悪さ、魔力封じの首枷への言及、眠気に抗えないことなど夜空の星の数ほど心配することがある。大丈夫だろうか。


「まあ冒険者ギルドの裏手で延々と話をするのもなんだ、一旦準備の場所まで行こう。俺についてきてくれ」

俺達受験者一行はエイブラハムさんにぞろぞろとついて行き、冒険者ギルドの裏から建物に入り、入り口から出ていって街の表通りを真っ直ぐ歩き、以前俺達がドクヘドラー討伐に向かったのと同じ門からセバルドの外に出た。街の外でもドクヘドラー討伐と同じ方角に向かっているのでもしかしたら、と思うが俺の記憶違いかもしれない。



「おい、やめろ。消し飛ばすぞ」

さっきから息でもかかっているのか、滅茶苦茶擽ったくて気が散る。我慢ならないので、離れてもらおうと後ろを振り向いた。


デイブの鼻息が荒すぎたようだった。

かかる距離では無いはずなのだが、何故か俺の耳にかかりまくっている。


「うっわ! なんだお前」

思わず肘で力一杯振り払う。

デイブは鞠のように跳ね飛ばされながらも受け身を取って立ち上がる。他の人間なら顔面が陥没していたところだが、肥満体にしてはなかなかやるようだ。


「デュフ、そんないきなり大声出さなくてもいいでしょ?」

「すげえ気持ち悪い。頼むから昇格しないでくれ」

追撃しようと思ったが近寄りたくない。やべえ奴から逃れるため、歩く速度を上げて教官のほぼ真横まで並ぶ。


「どうした? あんまりペースを上げるとへばるぞ」

「いえ大丈夫です。お構いなく」

横目で背後の様子を伺うと、デイブはクラウスに標的を変えたようだ。哀れ。


「高貴なる貴族のこの僕が……あんな醜男に……髪を触られるなんて……」

クラウスはまたぶつぶつと文句を言っていた。自己紹介の時はお高くとまっているなんて思っていたが、同情する。


俺は小声でそれまで大人しくしていたクエレブレに話しかけた。


「耳、洗ってくれないか。なんか嫌だ」

「構いませんよ。魔力をシェミハザ様に伝えれば私が動かずともご自身で水の魔法が使えるかと」

快諾してくれたクエレブレの魔力が俺の手に集まり、水魔法を発動させれば、耳を洗うことができた。

便利すぎる。自分の魔力から発動させた時のような直感的に魔法を行使できる感覚ではないが、武器に纏わせて攻撃したり、補助的に使ったりするのなら充分だろう。


思わぬところで新たな発見をしたところで、教官の足が止まった。


「よし、ここで止まるぞ! この岩を見てくれ」

見覚えのある岩を指差している。俺はこの岩を数日前に見たことがある。


「モンスターのような何者かに掘り起こされている。こいつを……」

どう見ても、俺がドクヘドラー討伐の時に掘り起こしたやつじゃないか。


「砕いてみろ! ほら、そこの、長耳族の……」

「シェミハザ」

「そう、シェミハザ。何でもいいから岩を攻撃してくれないか」

大鎌で攻撃することも考えたが、刃こぼれすることは自明なので拳でいこう。やっぱり映えるから蹴りでいこう。

岩の前まで進むと、軽く上段廻し蹴りを岩に当てて砕いた。なんてことはない、ただの岩なのだから。


「おおっ! このサイズの岩を一撃で砕くなんて凄いじゃないか。黒ランクとは思えないくらいだぞ」

褒められた。

怪力は俺の取り柄だ。


「しかし力のかけ方が素人丸出しだな。パワーに頼っていると伸び悩むし、いつか関節を傷めてしまうぞ」

駄目出しもされた。俺は魔法師として長い間楽しくやってきたから、格闘に関してはさっぱりというのは散々言われてきたことだ。身体能力で大体のことはどうにでもなるから磨く機会もないというのが正直なところなのだが。


「俺も格闘系だから、教えてやれることは多いだろう。師匠と呼んでもいいぞ」

武器を持っていないと思えば、エイブラハムさんも素手で戦うタイプらしい。丁度いい機会だ。

師匠と呼ぶかはわからないけど。

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