エンタングルライン 過去のカノジョとミライの彼氏
夏 露樹
オーバーチュア 未来への電話
店頭に設置された赤電話を睨んで、新潟県立村上桜ケ丘高校卒業生、野中朱美は手の中の紙片を拡げた。
「何時か朱美ちゃんが電話を手に入れたら電話して……」
そう言い残して消えてしまった親友、東条暦。
何故そんなことを言い残したのかわからぬままあの日から2年の月日が流れていた。
ようやく野中家、というよりは野中青果店の店頭に置かれることになった赤電話の受話器を取り上げて。
見憶えも無い、11桁というあり得ない長さの番号を、一つ一つ確かめるように朱美はダイアルを回す。
ジーー カシャ
ジーー カシャ
ジーー カシャ
一連の番号を回し終えた朱美の指が電話台の上の紙片を抑える。
受話器の向こうで呼び出し音が鳴り響く。
2年前、「朱美ちゃん、わたしもう行かなくちゃ……」
そう言い残して忽然と消えた親友。
受話器の向こうで受話器を上げた気配に続いて聞こえた低く太い男性の声は紛れもなく朱美の記憶にある声だった。
朱美は記憶を掘り起こしながら送話口に呟いた。
「東条さんのお宅でしょうか。あの……野中と言う者ですが……」
それだけ名乗った朱美の耳に。
「朱美ちゃん!!?朱美ちゃんなんだね!!」
聞き覚えのある低い声に朱美は懸命に記憶を探った。
「待ってて!いま!今電話変わるから!!」
せわしない男の声に混じって赤子の泣く声が聞こえた。
朱美の脳裏を様々な事象が駆け巡り息を詰まらせる。
「もしもし!……もしもし!……」
受話器の向こうに聞こえた懐かしい声に、野中朱美はくず折れた。
「暦ちゃん……」
朱美の脳裏に、あの日ありたけ切なそうな笑顔を浮かべて別れの言葉を告げた親友の面影が鮮明に浮かび上がった。
「朱美ちゃんゴメンね。電話くるのずっと待ってたよ!こっちから連絡できない事情があって……」
聞こえる親友東条暦の声も涙声だ。
「暦ちゃん、赤ん坊の泣き声……」
「うん……」
一拍置いた電話の向こうで親友が息を注いだ。
「私ね……苗字変わったんだ」
久しぶりに聞いた親友の声は穏やかで、朱美の知らない親友の新しい一面を覗かせていた。
「明美ちゃんにね……話したい事……話さなくちゃいけない事山ほど有るんだ……」
2年ぶりの親友の声を聴きながら、朱美は10円玉が足りるだろうかと心配した。
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