第121話 有名人
部活を終えた後、更衣室で着替えていると、杉崎はさっさと部室を後に。
杉崎が帰った後、新入部員の鈴木が歩み寄り、俺に切り出してきた。
「…先に帰ったあの女の人、何者なんすか?」
「中田英雄の娘」
「中田英雄っすか?」
「あ~。 たまに特別コーチとしてくる人の娘」
「ふーん…」
俺の言葉を聞き、新入部員たちは不思議そうにしていたんだけど、陸人と学は不思議そうな顔をするばかりだった。
その後、畠山君と陸人、学の4人でジムに行き、トレーニングをしていたんだけど、千歳は普段以上に気合が入っているようで、まだトレーニングをしていた。
千歳に早く追いつくようにトレーニングを重ね、千歳から言われた言葉を思い出しながら、ノーモーションの練習ばかりを続けていた。
千歳が初めてキックボクシングの公式戦に出る前夜。
千歳が来ないままに部活を終え、帰宅しようと歩いていると、谷垣さんが切り出してきた。
「中田って帰ったか?」
「今日は来てないっすよ。 明日試合だから休むって言ってたらしいっす」
「そうか… 明日、坂本先生と見に行くから、『負けたら先生って呼ばせる』って伝えてもらえるか?」
「うぃ~っす」
気のない返事をした後、自宅に帰り、ラインをしようと思ったんだけど、千歳のことを考えるだけで、顔が見たくなってしまい、千歳の家までロードワークに行くことに。
インターホンを鳴らすと、お母さんが対応してくれたんだけど、お母さんはにっこりと微笑み切り出してきた。
「忘れ物?」
「いえ… 顧問の谷垣さんから、千歳に伝言預かったんすよ。 もう寝てます?」
「そうなんだ。 まだ起きてるから上がって」
お母さんに切り出され、千歳の部屋に向かうと、千歳はチラシを見ながらカバンに荷物を詰めていた。
「よお。 調子どうだ?」
声をかけながら千歳の隣に座り、チラシを見ていた。
「まずまず。 やれることはやるよ」
千歳は苛立った様子もなく、声には自信が満ち溢れている。
自身に満ち溢れた声を聞いただけで、なぜかホッとしていることに気が付いた。
「全力で突っ切れ」
そう言いながら、千歳の頭をグシャグシャっと撫で、立ち上がると、千歳が不思議そうな顔で見てくる。
「帰るの?」
「ああ。 明日、ジムのみんなと見に行くよ。 谷垣さんと坂本さんも行くって。 『千歳が負けたら先生って呼ばせる』ってよ」
「今更?」
「今まで何も言わなかったのにな。 悔いのないように突っ走ってこい」
はっきりとそう言い切ると、千歳は右手で拳を作り、俺の前に差し出してくる。
千歳の拳に拳を当てた後、抱きしめたい気持ちを堪えながら、部屋を後にしていた。
翌朝。
ジムのみんなと待ち合わせし、電車で会場に向かっていた。
会場に入り、千歳の姿を探していたんだけど、千歳の姿はどこにもなかった。
しばらく周囲を見回していると、こっちをじっと見てくる春香とばっちりと目が合う。
『来てやがった…』
うんざりしながらすぐに視線をそらしていると、通路から英雄さんと吉野さんが出て来たんだけど、二人は高山さんに荷物を預けるなり、まっすぐにどこかへ向かい、スーツを着た知人らしき人と話し始めた。
「あ、あれって中田秀人じゃね?」
凌に言われ、スーツを着ている男性をよーく見ると、中田秀人さんは英雄さんと楽しそうに談笑していた。
「マジか! あの二人って仲悪いんじゃないの?」
「実は違うらしいよ? 元々、二人とも東帝ジムに居て、仲が良かったんだけど、記者が『犬猿の仲』って記事を出したら、周りが勝手に盛り上がっちゃったんだって。 有名人って大変だよな」
凌は呆れたようにそう言い切っていたんだけど、秀人さんと英雄さんは楽しそうに談笑し、周囲に人が集まり始める。
『さすが有名人。 あの二人の対戦って、まだ1試合15ラウンド制の時だったよな… 最終ラウンドの終了の10秒前に、英雄さんがKOしたアレだよな。 生で見たかったなぁ…』
懐かしい記憶を思い出しながら、楽しそうに談笑している2人を眺め、千歳が出てくるのを待っていた。
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