第95話 ピンチヒッター

「カズ君、ちーちゃん呼べないかな?」


オーナーに言われ、洗い場を見ると、食器が山盛りの状態。


新しいバイトで、香澄ちゃんが入ったまでは良いんだけど、提供だけで手一杯だし、俊もドリンク作りと提供で手いっぱい。


沙織さんはテイクアウトの対応で手一杯で、クリスマスイブの恐怖を実感していた。


「すぐ呼びます」


そう言った後、裏に行き、千歳の携帯に電話をしたんだけど出ない。


『奏介がちーと買い物行くって言ってたな… まだ買い物中か?』


不安に思いながら親父に電話をしたんだけど、親父も出ない。


ジムに電話をすると、吉野さんが電話に出てくれた。


「千歳ってジムにいます?」


「ちーちゃん? ついさっき来たよ」


「マジっすか! 大至急、店に来いって伝えてもらえます?」


「わかった。 あ、ホールケーキ1個確保してもらえるかな? うちの家族用に」


「特製ケーキ作って届けますよ」


「助かるわ。 じゃ、ちーちゃんには伝えておくね」


電話を切った後、オーナーに一言告げ、ケーキ作りに没頭していた。



数分後。


千歳は裏口から店に入ってきたんだけど、制服に着替えた後も洗浄から逃げ出すことができず。


千歳は洗浄にこもったまま、閉店時間を迎えていたんだけど、オーナーは千歳が駆けつけてくれたことが嬉しかったようで、何度も千歳にお礼を言っていた。


その後、沙織さんが香澄ちゃんを紹介していたんだけど、香澄ちゃんは歓喜の声を上げていた。


「知ってます! 中田千歳さんですよね!! 陸上の夏季大会と、文化祭の招待試合、見に行ったんです!! すごい蹴りでした!!」


千歳は照れ臭そうに「そっすか…」としか言わず。


『もっと愛想よくすりゃいいのに…』


軽く呆れながら後片付けをし、ホールケーキを2つ抱えた千歳をバイクの後ろに乗せ、吉野さんの家に届けると、吉野さんはお礼兼クリスマスプレゼントとして、ウィスキーをくれたんだけど、吉野さんが千歳に切りだした。


「ちーちゃんは何がいいかわかんないから、何がいいか考えておいてよ」


「いらないですよ。 欲しいものはほとんど持ってるし」


「相変わらず物欲がないんだねぇ。 ま、何か欲しいものができたら言ってよ」


「わかりました」


千歳はそう言った後、さっさとバイクの横に行ってしまい、愛想のなさに呆れて何も言えずにいた。



自宅に帰ると、玄関にはいくつもの靴が並べられている。


リビングの方からは、騒がしい笑い声が聞こえ、顔を出すと、奏介と凌、畠山と桜の4人が、親父と母親の6人で食事をとっていた。


『イブにここって… 寂しすぎないか?』


適当な場所に座り、食事をとっていると、親父が千歳にチラシを渡しながら切りだした。


「ほれ、クリスマスプレゼント」


そこには、キックボクシングの春季大会案内が記載されていたんだけど、親父は何かを訴える目で千歳を見ている。


「高山が言ってたんだけど、広瀬の田中が出るらしいぞ」


「階級は?」


「前回は出たときはピン。 お前と同じだ」


「申し込みしておいて。 あと、年明けからキックのトレーニング再開するから、吉野さんにも伝えてくれると嬉しい」


千歳の言葉を聞くなり、親父はパァと目を輝かせていた。



『キックのアマチュア大会ねぇ… これがクリスマスプレゼントって、だまされてないか?』


疑問に思いながらも、飲みながら話し続けていた。



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