第56話 本性

ヨシ君に会った後、急ぎ足で家に帰ると、親父が切り出してきた。


「早かったな。 来月から、また海外に行くことになったから、留守番頼むな」


「ああ」


親父の話なんかよりも、ヨシ君の言葉が気になって仕方ない。


≪うちの妹、こんなに髪長くないよ? もっと背が低いし、もっと細いし筋肉質≫


言葉を思い出した途端、ミットを受ける中田のシルエットを思い出していた。


『まさかな…』



数日後。


部活に行こうと歩いていると、向かいから中田が歩み寄ってくる。


中田の姿を見た途端、どうしても『ヨシ君の妹かどうか』を確かめたくなったんだけど、まともに聞いて返事をしてくれる訳がない。


軽くイラっとしながらすれ違いそうになった途端、思わず中田の腕をつかみ「これから部活だろ?」と切り出した。


「もう終わった。 つーか触んな」


「キレる前に来い」


「もうキレてんじゃん」


「黙って来いっつってんの!」


思わず怒鳴りつけると、中田はため息をつき、諦めたように学校へ向かい始めた。



中田はまっすぐに更衣室へ向かおうとし、部室に行った後に急いで着替え、ボクシング場へ駆け出した。


バンテージを2組持って中田のことを待っていると、中田はボクシング場へ現れ、すぐにバンテージを差し出すと、中田は呆れたように切り出した。


「洗濯ならかごに入れなよ」


「違ぇよ。 勝負しようぜ。 俺が勝ったら陸上やめろ」


「は? グローブないし」


「ってことは、やっぱり経験者なんだろ? 薫、10オンスのグローブ出してくれ」


そう言いながらベンチに向かい、座った後すぐにバンテージを巻き始めんだけど、中田は諦めたように隣に座っていた。


すると薫が「中田さんに合うシューズないよ?」と、俺に向かい、不安そうに聞いてきたんだけど、中田は当たり前のように話に入ってきた。


「いいよ。 裸足でやる。 テーピング頂戴」


薫がテーピングを手渡すと、中田はすぐに裸足になり、手慣れた感じでテーピングを巻き、バンテージを巻き始めた。


『すげー… めっちゃ手慣れてんじゃん… やっぱり経験者だ』


中田がグローブをはめようとすると、薫が手伝っていたんだけど、高まる胸の鼓動を抑えきれず、リングに上がり、シャドウボクシングを始める。


準備を終え、中田がリングに上がると同時に切り出した。


「ハンデやるよ。 俺は右手を使わないし、左ストレートも打たない。 お前は何してもいい。 OK?」


「…ヘッドギアとマウスピース付けな。 死ぬよ」


中田がそう言いながら、リングロープを使って全身の筋を伸ばしていると、薫がすぐさまヘッドギアとマウスピースを俺につけてくる。


『んのやろ… 舐めやがって…』


谷垣さんが見守る中、サウスポーのファイティングポーズを取っていると、中田もサウスポーのファイティングポーズを取り始めたんだけど、期待していたちーの姿とは違っていた。


『サウスポー? ちーは右利きだったし、やっぱり違うか…』


がっかりした気持ちのまま、試合開始のゴングが鳴り響いたんだけど、サウスポーなんて初めてやったせいか、動きがぎこちないのが自分でわかる。


『くそ… 動きにくい…』


そう思いながら、ジャブを打ったんだけど、俺の放ったジャブは、いとも簡単に弾き飛ばされ、思わず左ストレートを放ってしまった。


『やば!!』


そう思った瞬間、まるでスローモーションのように、動きがゆっくりと見える。


中田が左ストレートをガードをすると同時に、突然、湧いてきた中田の左足が肩にぶつかり、『パーン』という音とともに吹き飛ばされ、リングロープにもたれ掛かる。


『な、なんだ今の!!』


そう思いながら中田を見ると、中田は右足を軸にして1回転していた。


「てめ… 汚ねぇぞ!」


思わず怒鳴りつけると、中田はキョトーンとした表情のまま切り出してきた。


「左ストレートは打たないって言ってなかった?」


「うるせぇ! ボクシングで勝負だろうが!!」


「私、キックボクサーだから」


中田の言葉に耳を疑い、呆然としながら「え? キック?」と小声で聞いた。


「勝ったから好きにさせてもらう」


中田はそう言いながら、当たり前のようにリングを降りようとしている。


『キックボクサー… 中田千歳… 中田ちーじゃん!!!!』


思わず声に出して笑ってしまうと、中田はキョトーンとしながら薫にグローブを外してもらっていた。


「やべぇ! マジかよ!!」


浮足立ちながらリングを降り、中田の前に駆け寄る。


「千尋、マジ最高! 愛してる!!」


そう言った瞬間、左頬に衝撃が走り、床に叩きつけられた。


「千歳じゃボケ!!」


中田の怒鳴り声の後、ドアが乱暴に締まる音が響き渡り、呆然とすることしかできなかった。


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