第30話 ストレス

桜が着替えてきた後、俊と3人で居酒屋に行ったんだけど、俊に「生クリームの提案者」と言うことを告げると、俊は歓喜の声を上げていた。


「桜さんのおかげで売り上げが上昇してますよ! 商品が完売して閉店って、今までなかったことっすよ? ホント、感謝してます!」


「マジ? やっだぁ! アイデア料いただきたいわぁ」


桜は上機嫌で手を差し出し、思わず俊と二人で視線をそらした。



その後、話しながら飲んでいると、桜が仕事の愚痴を言い始める。


接客業ならではの『客が一番偉いから何をしてもいい』と、勘違いしているような客の話だったんだけど、俊は「ああ、たまにいるね」と、同意をするばかり。


基本的に、裏から出ることはないから、そう言った人に直面することはないんだけど、話を聞いてる限り『表に出たくねぇ』という気持ちが大きくなっていくばかり。



そのまま話をしていたんだけど、俊はキョトーンをした表情で「付き合ってるの?」と切り出した。


「いや、付き合ってないよ。 俺、桜より弱いし」


「つーか、カズ兄とやりあったことないよね? 今度、やってみる?」


「いや、ヨシとちーの相手で手いっぱいだよ」


「つまんねーの」


桜は軽く不貞腐れたようにハイボールを飲み、俊はポカーンとしているばかり。



その後も、3人で色々話していたんだけど、共通の話題が多いせいか、共感できることや、同意できる話が多く、楽しく飲むことができていた。


桜を途中まで送った後、俊と二人で飲み直しに行ったんだけど、そこで俊から切り出された。


「うちの店、雑誌の取材依頼が止まんないんだよねぇ」


「マジで?」


「うん。 うちの店、HPとかないじゃん? 今のところ、口コミだけで広まってるんだけど、『1回だけ雑誌に載せる』って言ってた。 相当忙しくなるんじゃないのかなぁ? ま、早く帰れたらラッキーだけどね」


この言葉を聞いた途端、ジムの前に群がっていた人だかりを思い出し、ため息をついていた。



俊と閉店まで飲み続けたんだけど、俊が「もうちょい飲みたい」と言い始め、結局、俊の家で飲むことに。


明け方まで飲み続け、俊が酔いつぶれたタイミングで家を後にし、雨の降る中、傘をさして歩き始めた。


自宅の前に着くと同時に、ジムの電気がついていることに気が付き、何気なく中を覗き込むと、千歳が縄跳びをしていた。


「腿、下がってる」


そう言いながら、千歳の正面にあるリングに腰かけると、千歳は黙ったまま、普通よりもさらに高く肢を上げながら、縄跳びをし続ける。


しばらくすると、タイマーの音が鳴り響き、千歳はその場に座り込んでいた。


何も言わず、千歳にスポーツドリンクを手渡すと、千歳は肩で息をしたままそれを受け取り、一口だけ飲んでいた。


「何分?」


「15。 3セット」


「よくやるわ…」


「やらないとうるさいじゃん」


千歳はそう言いながら腕立てを開始し始める。



『やらないとうるさいか… 確かにうるさいわな。 もう習慣づいてるから、ストレスにもならないんだろうなぁ…』


腕立てを続ける千歳をそのままに、軽く呆れながら黙ったままその場を後にしていた。

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