第3話 理想論

襖を開けて中に入ると、俺は持ってきた茶菓子を長机の中央の木の器に入れて、自分がいつも座る座布団に正座した。

昔は足がしびれたものだけど、今はまったくしびれなくなった。


しばらくすると襖が開いて、柊を先頭にぞろぞろと長老らが現れ、各々座布団の上に正座した。

あごひげを蓄え、厳しそうな眉間にしわが刻まれているお方が長老だ。

柊は長老が着席するのを手伝うと、俺の隣に腰を下ろした。


「では、これより春祭り実行委会を開催する」


長老の威厳に満ちた声が開会を宣言した。

自然と俺も背筋が伸びる。


「まず始めにお社の二人、予算の表を配ってくれ」

「はい」


俺たちはすっと立ち上がって机の下に置いておいた紙の束を取り、半分に分けて出席者に配った。

そこには昨日柊が徹夜で計算した金額がぎっしりと書かれている。

それを複製したのは俺だが、特に大変な仕事ではないので、計算の方を手伝ってやればよかったと少し反省する。


「予算が随分と減っているな。今年はなにかを削らないといけませんね」


長老の隣に座るその息子が意見する。

この男は村の中で一番賢い男で、俺もよく助言をもらっている。

すると手前の男らが、


「それはいけねぇ! 全て神様に喜んで頂くためのもの。何か削ったりしたらバチあたりにちげぇねぇよ」

「それと屋台は確実に出してほしいなぁ。あれがねぇと、村民の士気も上がらねぇし、春祭りっちゅー感じもせん」

「そりゃお前さんが酒飲みたいだけだろが」


こう、口々に反対意見を言ってきた。

俺と柊はお互いに顔を見合わせる。


(そりゃ全部は無理だって……)


でも本音をそのまま言っても聞き入れてもらえないので、遠回しに軌道修正をはかる。


「あの、どれも素敵だと思うんですど、」

「だよなぁ! ほれ、お社の子もこう言ってるし!」

「いや、そうではなく。やはり無い予算は使うことができないので、どれかを縮小する形にしないといけないのですが」

「はぁ、わかってねぇなあ」


俺の反対意見に左に座っていた町のお調子者がパンッと両膝を打って立ち上がり、


「これは神様に日頃の感謝をお伝えする大切な行事だ。削っちゃいかん。村のみんなでお金を持ち寄ってどうにかせんと!」


(そんな金、どこにあるんだよ)


この村は貧しく、祭りの資金を出せるほど余裕がある家はないはずだ。

俺は呆れ顔でため息をついたが、なぜか周りの男たちはさっきの男の発言で一致団結し、


「そうだな。お前の言うとおりだ!」

「金が無かったら大事なもんでもなんでも売ってなんとかすればええ」

「自分のことより、お世話になってる神様に喜んでもらうのが一番だ!」

「そうだ、そうしよう」


(おいおい……)


俺は目をしばたかせた。

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