過去の敗北戦 1

「明日は部活前に視聴覚室で動画を観てもらおうと思う」


 宮崎みやざき富乃とみの監督が片付けの終了も近い部活終わりな部員全員を集めて急にそんな事を言った。多来沢と一年生四人組が東昇坂学園とのフットサル大会を行った二日後の事だった。


「すみません、ちょっといいですか?」

 二年生ディフェンダー林田はやしだ 紗楼しゃろが堂に入った挙手をする。宮崎監督が頷くと林田は声を張って質問をした。


「それは新しい偵察映像を見せてくれるんですか?」


 林田がこの質問をするのには理由がある。視聴覚教室を部活動時間内で使用するのはマネージャー仕事も務める三年生、乾田いぬいた 真実まみを中心にした偵察組が撮影器具に収めた他校の練習や試合映像を見ながら、練習や作戦の見直しや組み立てをおこなうのだ。ただ、それは視聴覚教室の広さもありレギュラーに選ばれた選手限定でおこなわれるはずだが、今年の本レギュラーはいまだ決まっておらず、一年生を含めた部員全員に観せるというのも妙な話である。

「いや、違うな」

 が、宮崎監督はその言葉を否定すると自身の刈り上がった後頭部を小指で触りながら言った。


「君たちに見てもらうのは去年の東昇坂学園との一戦、都大会予選の試合だ」


 その言葉に部員全員の声がザワリと波打った。東昇坂との都大会予選の試合と言えば、6対0の圧倒的な力差をまざまざと見せつけられた西実館、特に現三年生にとっては苦い記憶でもある試合だからだ。


「視聴覚室はそう広くはないので、班を区分けして見てもらう事になると思う。班分けは当日にこちらから――」

「――す、すみませんが、もうひとつよろしいでしょうか?」


 話を割って声を上げたのは意外にも一年生側からであった。まっすぐとした挙手をしたのは一年対二年の8人制サッカーの試合練習でゴールキーパーを務めた天生あも 露空ろあだ。あの時も納得がいかなければ監督に意見を進言していた天生だ。隠していた臆病な面を最近はよく表すようになった彼女だが、意外と豪胆な一面もそれはそれとして隠す事も無い。今回も納得がいかずに挙手をしたといった所だろう。宮崎監督は頷いて質問を許可すると、天生は胸を二度ほど叩いて意見を声に出した。


「あの、なぜ過去の敗北試合を私達全員に観せる必要があるんでしょうか? それよりも、他校の偵察映像があるのならそちらを優先したほうがよいと思いますけど?」

「それは――」

「――はい監督、それはわたしが説明してもよろしいでしょうか?」


 なるほど、もっともな意見を言う天生に宮崎監督が説明しようとすると、三年生側から挙手があがる。偵察組のリーダーであるおかっぱ頭が特徴的な乾田が監督に発言の許可を仰ぐ。宮崎監督がそれに頷くと乾田は前に出てまっすぐと背筋を伸ばし、天生の方を見つめながら答えた。


「ハッキリと言いますと、今年の東昇坂学園は練習内容を非公開にしており、他校の偵察行為も容認していないからです。今年は練習試合そのものも東昇坂は一度も組んでいません」


 他校の偵察行為は容認している学校は多い。お互いの手の内を明かした上で直前に作戦を組み直したりもする。偵察という後ろめたげな言葉とは裏腹に、他校同士の意見交換等の交流へと繋がるきっかけともなるので偵察も重要視されているのだ。東昇坂学園も去年までは多分に漏れずであったが、今年はどうやら練習内容の全てをシャットダウンしているようだと乾田は語ると後ろに下がった。それを見止めてから宮崎監督は再び口を開く。


「しかし打倒東昇坂は、我々西実館にとっての悲願でもあるため、対策をねらぬ訳にはいかない。そこで、去年の東昇坂戦を皆に観てもらい対抗策をねろうと至ったわけだ。納得して貰えただろうか?」

 宮崎監督はぐるりと全員の顔を見るように動かし、今回の東昇坂戦を視聴する旨を語った。

 部員達は多少のざわつきはあったものの納得するに至った。








「うーん、でも先輩達には悪いけどちょっと試合動画は楽しみな所はあるんだよね」

 更衣室で着替えをしながらそんな事を口走ったのは一年の古市こいち 真魚まなだ。

「楽しみって、どういうこと?」

 ヘアゴムをいったん外してセミロングヘアになっている夏河が首を傾げるので、古市は几帳面に脱いだユニフォームを畳みながら夏河の眼を見ながら話す。その眼はどこか輝いてみえる。

「だって考えてもみなよ、東昇坂学園ていったら全国大会常連の猛者じゃん。動画とはいってもその猛者の試合が観れるのは興奮もんだし」

「へー、そうなんだ?」

 小学からサッカーをやってる古市と中学デビューな夏河では凄さを感じるのに温度差が生じなんともタンパクな返事を返してしまったが、それを古市は相手側を贔屓目にみてると思われたのだと勘違いし、慌てて言葉を返す。

「と、いっても西実館の先輩達のプレイも楽しみにしてるぞ。部活で先輩達の凄さは身を持って知ってるから、負けた試合だっていってもかなりいい試合してると思うんだっ。なっ!」

「ん?」

 古市が同意を求めたのはカッターシャツに袖を通し始めていた阿部あべ 保香ほのかだ。

「あぁ、そうだなぁ。あたしはアリゾウ先輩のセービングが気になるなぁ。今の先輩みてると6失点もしたのが、うーん、信じられん」

 カッターシャツに袖を通しきった阿部は腕組みをして唸る。

 ゴールキーパー志望である阿部は現・守護神である有三ありみつ 里咲りさきを尊敬している。一年の中では一番背の高い阿部よりも大きな高身長と手足の長さをふんだんに利用したパワフルなセービングと打って変わる普段の柔らかな物腰で後輩に優しい有三は阿部の理想とするゴールキーパーの姿だ。それだけに、尊敬する先輩の大量失点の事実はどうにも現実的に感じられないのだ。


有三ありみつ先輩が失点したのは2点だけよ」


 疑問符顔な阿部に横からさり気なく声を掛けたのはもうほとんど着替え終わっている雨宮あめみやだ。

「そうなん?」

「ええ、有三先輩は途中交代で4失点取られたのは当時の正ゴールキーパーでOGの「滝口たきぐち 美滝らあら」先輩よ」

「へー、アリゾウ先輩はずっと一年から正ゴールキーパーてわけじゃないんだな」

「滝口先輩は貴女から見た有三先輩だって話だから、有三先輩の後の正ゴールキーパーを狙うなら、覚えておいた方がいいんじゃないかしら。有三先輩も聞いたら応えてくれると思うわ」

「そうだな、うん、試合動画観たあとにでも聞いてみよう」

 雨宮の言葉に阿部は頷くと目の前でシャツのボタンをとめている葉山はやま 真冬まふゆと目があったので、なんとなしに聞いてみた。


「真冬はどうよ、試合動画楽しみなん?」

「えっ、えっと私はぁ……んー」

 尋ねられた葉山は少しだけ空中を見上げて考えると、少し困り顔な柔らかい声で阿部に応えを返した。

「んん~、ケイちゃ先輩が出てない試合だからあんまりかなぁ。その試合の一年生はベンチにも入れなかったてケイちゃ先輩言ってたから」

 葉山の言う「ケイちゃ」先輩とは8人制サッカーで葉山と同じ左ウィングハーフのポジションについていた二年生、山田やまだ けいの事である。本来はミッドフィルダーではなくフォワード選手である。葉山とは非常に仲がよく部内でも評判である。そのため

「出たな真冬のケイちゃセンパイ贔屓ファースト

 と、からかわれるのもよく見る光景だ。

「えぇー、そんな事ないよ〜、普通だよふつう、もうぅ」

 だが、からかわれても葉山本人は満更でもない様子に見えるのは気のせいではないだろう。

「てか、この前の休日も一緒にいたの目撃したやつがいるんだけど?」

「それは、休日練習に付き合ってもらってるんだから、一緒にいるのは普通でしょう?」

「いや、なんか真冬がケイちゃ先輩の頭撫でてたって?」

「そりゃ、ケイちゃ先輩カワイイから、ちょっと練習ガンバったご褒美にナデナデさせてもらうのは普通でしょ?」


 最近は、葉山が山田に尊敬以上の母性のようなものに目覚めたとの噂もあり、あだ名マイスター有三が「はやママ」か「ママふゆ」というあだ名を贈ろうかと考えているようだ。が、どうも噂ではなさそうだなとガチ目な葉山を見て阿部は頷いた。

「と、凄く楽しげな話をしてるところ悪いんだけど」

 急に夏河がバンザイをして立ち上がり、何事かと阿部と葉山はいまだ下着姿なあられのない夏河に顔を向けた。

「その、今の二年生が全員ベンチにも入れなかったてホントに? 武田センパイししょーも? ウッソだー、ししょー強いよ」

 ここにもセンパイ贔屓ファーストな後輩はいた。だが、いまだに夏河がなぜ武田を「ししょー」と仰ぐのかは一年生組にもわからない。本人に聞いても「そりゃ、武田センパイししょーだからね」とよくわからない応えしか返ってこない。そんな武田贔屓な夏河がししょーがベンチ入りもしていないという事実に納得がいかないようである。


「それは、本当よ」

 そんな夏河を納得させられるのは親友(夏河曰く)の雨宮であろう。

 既に完璧に着替えを終えた雨宮はショートヘアを手櫛で整えながら口を開いた。

「当時は三年生と二年生を中心にしたチーム編成で、どんなに有望な選手でも入り込めなかったみたいよ、この編成に絶対の自信を宮崎コ――監督は持ってたみたいね。一年生達は応援席から必死に先輩達にエールを送っていたのよ」

「へぇ~っ、ん? というかリアはなんでそんな詳しく知ってんの? まるでもう試合を観てるみたいだよ?」

 首を傾げる夏河の疑問に雨宮は特に表情を変えずに肩を竦めて言った。


「それは、ワタシはもう観てるもの?」

「エッ、そうなのッ!」

「マジでッ!」

「へーッ」

 何気なく言った雨宮の言葉に夏河以外も興味津々な様子になるが雨宮は落ち着き払って応える。

「そもそもワタシが西実館に入る事に決めたのはこの試合映像だもの」

「えー、それは詳しく聞きた――」



「――おい、後がつっかえてんだから着替え終わったんなら更衣室をあーしらに明け渡せッ!!」


 雨宮への質問攻めと行きたい所でいつまでも着替えが終わらないことに業を煮やした寺島達が更衣室へと乗り込んできた。


「ワーッ待って待ってまだ着替え終わってないから一分時間ちょうだいよッ!」


 まだまだ下着姿な夏河が慌ててるうちに着替を済ませた雨宮はスルリと人垣を抜けて更衣室を後にした。



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