鮫倉
チャイムが鳴り、放課後となる。
生徒達の雑談の波がガヤガヤと騒がしくなるなか、鮫倉 うるかは誰にも悟られること無く気配を消して他生徒に紛れて教室を出る。
「うるかっちょ、部活いこうぜーーて、もういないっ!」
後ろから最近よく絡んでくる夏河の声がする。少し心は痛いが鮫倉は聞こえてないふりをして足を早めて階下へと降りる。向かう先は女子サッカー部の部室。いや、鮫倉には部活前に必ず向かう場所がある。
いつものように、向かった先は体育館裏の駐輪場。朝早くに登校して陣取る自分の自転車を停める端っこの定位置。人の目からは屈めば死角になる場所。放課後のこの時間には誰も来ない数分間がある。その数分間のうちに彼女は部活へ向けての「生まれ変わる」自分になる。
「……っっ!?」
だが、どういうことだろう。誰も来ない数分間であるはずなのに。駐輪場近くに人がいるのだ。しかも、二人もだ。思わず立ち尽くしてまった鮫倉に二人が気づいた。
「もしかして、鮫倉さん?」
「え、本当に彼女が? ちょっと雰囲気が違いすぎるような気もしますけど」
この天然パーマな女子とお澄ましな白人ハーフ女子は知っている。鮫倉と同じ女子サッカー部のキャプテン赤木先輩とエリート同級生の雨宮 リアだ。
「あ、ぁ……あ
なぜこの二人がこんな時間に、こんな所にいるのだろうか。鮫倉は唇を戦慄かせて、三白眼な瞳を隠す長めな前髪を右手で握った。
「ごめんね、まちぶせとかしちゃったわけじゃないんだけど、でも、会えるといいなとは思ってたから……あれっ、結果的にまちぶせになっちゃってるのかなこれっ。いやあのっ、ちょっと確かめたくってっ」
「落ち着いてくださいキャプテン。待っていたのは事実なんですから、慌てる必要はありませんよ」
ーーーーまちぶせ、待っていた。誰を、私を、確かめたいって、なにを? えっ、ぇっ、わかんな、わか、ぅ、ウゥゥーーーー
「ーーーーゥああァああぁアあッッ」
鮫倉は、電動ドリルのような高めな震え声を発して唇が小刻みに震えている。それを見た赤木と雨宮は何事かと顔を見合わせる。
「だだ大丈夫ごめんねまちぶせされるのとか嫌だったよね。リア、どうしよう、泣かせちゃったかもーー」
「ーーキャプテンだから落ち着きましょう、どうみても泣いてる感じじゃないですよ。鮫倉さん、あなたもなにか言って……いや、無理はしなくてもいいけど」
「ぁァあア
「「え?」」
鮫倉が音量を絞ったラジオのようなか細い声でなにかを言っている。二人が耳をすませると
「
「後ろ、向くのね、わかった。ほらキャプテン、後ろを向きましょう」
「なにかよくわからないけど、わかったっ」
かろうじて聞こえる「後ろを向いててください」の声に二人は回れ右にターンをして明後日の方向を向いた。その隙に鮫倉は素早く自身の停めた自転車近くに滑り込むようにして屈み込んだ。
「……いいです、よ」
1分とかからずに元の位置に戻ると控えめだが先程よりも落ちついた声で振り向いて良いと言う。二人が振り向くと。
「す、すみません」
そこにいたのはゴム製のスポーツヘアバンドで前髪をたくし上げた鋭い三白眼の部活でよく知る鮫倉 うるかだった。
「本当に鮫倉さんだったのねーーぁ、ごめんなさい」
どこか、自分の中で半信半疑だった雨宮は目の前に立つ鮫倉を見て同一人物と理解するとついと口に出して納得してしまい、失礼な事を言ってしまったと口を押さえた。鮫倉は特に気にしてはいないと伝えたいのか、浅く会釈をして唇をモグモグとしばらく動かしてから、上目遣いに赤木を見つめながら言葉を発した。
「あのそれで……確かめたいって、な、なんですか?」
鮫倉の上目遣いは部活で見せる鋭く威嚇するような眼を向けているように見えるが、その声はたどたどしく言葉に詰まった儚げなものに聞こえた。
「えと、その前にごめんなさいっ」
「んっ……ぇ??」
突然、赤木が頭を下げてきて、鮫倉は眼を丸くする。なぜ、急にキャプテンが頭を下げてくるのかと頭が混乱する。
「この前、一年生のトイレ前であってたんだよね。あたしあの時、鮫倉さんだってわかんなくて。だから、ごめんなさい」
「……ぁ、ぁ
鮫倉も言われて思い出す。鮫倉自身もあの時なぜ、三年生のキャプテンが三階にいるのかと困惑して、わけもわからずトイレに逃げこんでしまったのだ。特に謝られる事も無く、むしろ謝るのはこちらでは、無いかとさえ鮫倉は思う。
「あ、ぁ、あうぅ……の」
どうしたらいいかとわからずに眼を彷徨わせ、助けを求めるように隣の雨宮に困り顔で訴える。雨宮には、その顔は睨みつけられているようにしか見えないが、この短い間のやり取りから、彼女がなにを言いたいか察する。
「キャプテン、鮫倉さんたぶん困ってますから、頭を上げましょう」
「え、あっ、困らせるつもりは無かったんだよっ。そんなつもりはっーー」
「ーーだからキャプテンそれじゃ
「……っっっ???」
眉尻下げた鮫倉は、笑ってよいのかわからない二人のやり取りに困惑にみつめながら、この人達は結局、何をしに自分の前に現れたのかと、小首を傾げるしかなかった。
「あの、そ、それで……なんですか、
鮫倉は恐る恐るともう一度二人になんの用なのかと、聞いてみる。赤木は多来沢や武田から聞いた通りの事を正直に言おうかと迷う。特に、武田から聞いた「コワイ」という言葉の真意は確かめておきたいところだが、鮫倉のオドオドと不安げな様子をみて、少し言葉を濁しながら話を進めてみることにした。
「あのね鮫倉さんは、なにか悩みごととかある? その、部活とかの」
「っっ!?……っ、っ、
鮫倉は鋭く三白眼を左右に小刻みに動かして視線を逸らし、口を揉むように動かし始めた。この反応、やはりなにかあるのは間違いなさそうだなと赤木は納得した。
「な、な、なんで、
これは、わかりやすい動揺した声の震えだ。特に責めるつもりは無い。今度は雨宮が様子をみながら話しかける。
「鮫倉さん、悩みがあるならキャプテンに話してみない。ワタシも、話くらい聞いてあげるわ」
「……ッ」
雨宮がなにか気に障る事を言ったのか、無意識的なのか、鮫倉は鋭く睨むように雨宮に視線を強く向ける。いままでのやり取りから、鮫倉のその眼は、威嚇では無いと思うのだが。
「別に……な、ない、無いです」
鮫倉は首を左右に振って悩み事を否定した。
「ちょっと鮫くーー」
「ーーそうなんだね。うん、わかったあたし達の考え過ぎだったかな」
鮫倉の否定に、これではなにも変わらないと雨宮が口を開こうとしたが、赤木が遮るように口を挟んで話を打ち切る方向に持っていく。
「そね、じゃあ、も、もういいですか。行っても」
「うん、あたし達もすぐ行くと思うから、待たね」
「ぁ、はい……」
鮫倉は頭を下げると赤木達から逃げるように足早に去っていった。
「キャプテン、もしかして、わざと追求しなかったんでしょうか?」
鮫倉の姿が見えなくなってから、雨宮が赤木に尋ねると、赤木は頷いた。
「うん、あれ以上は無理やり話をしても逆効果だなって思うから」
「やっぱり、そうだったんですか」
雨宮は事を急ぎ過ぎた自分とは違う所を見ているだろう赤木の横顔を青い瞳だけで見つめて、やはりこの人はキャプテンなんだなと息を突いた。
「キャプテンは、鮫倉さんをどう思ったんですか?」
どういう意味で聞いているのかと言われそうな中身の無い問いをついと雨宮は赤木に聞いてみた。
「リアは、どう思うのかな?」
逆に質問を返されて一瞬、面食らうがすぐに頭を巡らせて自分なりに応えてみる。
「そうですね、最初のイメージとはかけ離れた子だと思います。とても自分本位なワンマンプレイをするような子だとは。けど、確かに部活の時の彼女はそういった目立ったプレイをしているんですよ。走り込みでもアピールするように前に前に出ていっててよくも悪くも周りをかき回してるような。本当に、どちらが本当の彼女なのかと思います」
雨宮の正直な応えに赤木は頷き、顔を向けた。
「きっと、どっちも鮫倉さんだと思うなあたしは」
「ぇ、キャプテンは鮫倉さんの悩みがわかったんですか?」
「ううん、思うってだけだから。わかったとは言えないよ。もしかしたら単純なのかも知れないし、複雑な問題なのかも知れない。少なくとも、あたしが決めていいもんじゃないよね」
的を獲ない赤木の応えは雨宮にはよくわからない。
「まだゆっくり、様子を見てあげた方がいいんだよ。さ、リア、あたし達も部活に行こう。いまはみんなと一緒にサッカーやるしかないんじゃない?」
そう言って赤木は歩き出した。
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