第64話 それは俺から言わせてくれ。

「お邪魔します」


「はいよー。 これで全員揃ったね」


 灯から電話が来て俺はすぐに家を出て、片桐さんの家へと向かった。


 都に『晩御飯もうできたよ』と言われたけど、それどころではなかったので晩御飯はいらないことを伝える。


 都はなにかを感じ取ったのか、なにも言わずにいってらっしゃいと言ってくれた。


「高山きたよ〜」


 片桐さんはリビングのドアを開けて中に入る。


 俺も続いて中に入ると、キッチンにはエプロンをつけた陽さんと灯が料理を作っていた。


「あ、泉君さっきぶり」


「すぐできるから待っててね」


「う、うん」


「高山。 その辺に荷物置いて。 席はここね」


 俺は片桐さんに言われた通りにソファの近くに荷物を置き、先に案内される。


 俺の隣には片桐さんが座り、雑誌を読み始めた。


 えぇっと……どうしよう?


 なにか手伝った方が良いよな? 片桐さんは家主だから良いにしても、永吉姉妹が働いているのに、俺だけ家主と同じように寛ぐのはいただけない。


「俺もなにか手伝うよ」


「ならさ、お皿とか並べてもらって良い? ななちん、箸はどこにある?」


「そこの引き出し〜」


 灯はフライパンから炒め物をお皿に移し、陽さんは汁物を食器に注ぐ。


 美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐった。


「ん、了解……泉、話はご飯できてからにしよっか」


「わ、分かった」


 灯は憑き物が落ちたような、落ち着いた表情をしている。


 電話の時から声が落ち着いていたけど、見た感じいつもの灯に戻っているような気がした。


「灯。 お盆とってくれない?」


「お姉ちゃん、これで良い?」


「それで良いよ」


 灯と陽さんが顔を見ながら穏やかに会話をする。


 そこには気まずさを感じない。


 もしかしたら、俺が来る前に2人でしっかりと話をして、解決したのかもしれないな。


「うわぁ〜美味しそう。 陽さん、腕上げた?」


「多分上がったよー」


「ななちん、お皿置きたいからちょっとティッシュの箱とか避けてくれない?」


「はいよー」


 片桐さんがティッシュの箱とかを避けて、灯がサラダのお皿などを中央に置く。


 5分前にはなにも食べ物がなかった机に、彩鮮やかで美味しそうな食べ物がたくさん並べられた。


「じゃあ、食べよっか。 うち自転車で爆走したからもうお腹ペコペコだよ〜」


「ゔっ……その説はどうも」


「お世話になりました」


 陽さんは両手を合わせて頭を下げながら片桐さんに謝り、灯は会釈をしながら席に座る。


 俺の目の前には灯が座った。


「じゃあ、いただきまーす」


「「「いただきます」」」


 片桐さんの合掌を聞いて食べ始める。


 どれも食べると美味しかったけど、カフェでの出来事があるから、満足に味を楽しむことはできなかった。


 食べ始めて数分が経つ。


 すると、そこで灯が箸を置いて俺のことをジッと見た。


 さっきまで話していた陽さんと片桐さんは、口を閉じた。


「泉。 さっきは急に逃げたりしてごめんなさい」


 灯は真摯に頭を下げる。


 でも、俺には灯がそんなに真摯に頭を下げる必要はないんじゃないかと思った。


「顔をあげてよ。 あれは誰も悪くなかったと思うんだ。 いや、むしろ俺がーーーー」


 陽さんと一緒にいるところを見た灯の表情。


 今までの灯と過ごした日々、表情、言動から今日疑念から確信に変わったことがある。


 それは俺の恋は片想いではなく、両思いだということだ。


 それに気づいたら、灯があの言動を取った理由もよく分かる。


 もし、灯が他の男とカフェで2人でいて、頭を撫でられたり、顔を近づけられたらーーーーーーーー俺も、灯と同じような言動になるだろうな。


「ううん。 悪いのは私。 どんな理由であれ、私は2人に心配をかけたし、不安な思いにさせたと思う。 だから、ごめんなさい」


 その言葉を聞き、真剣な表情の灯を見ると、俺はこれ以上灯は悪くないと言うのは野暮なような気がした。


「あのね、あの言動には理由があるの…………そ、それはね! それは、ね……!!」


 そんなことを思っていると、灯の表情は一変し、真剣な表情から緊張した顔へと変わる。


 顔は赤くて身体は震え、人差し指同士をチョンチョン合わせる灯は、なにかを決意し、話そうとしているように見えた。


「実はもう泉も気づいているかもしれないけど、私は泉のことがーーーーーーーー」


『好き』


 きっとその言葉が灯の可愛らしい口から紡がれる予定だった。


 でも、俺はそんな可愛らしい灯の口を、頬っぺたを手で挟むことによって止めてしまった。


「ぎゅむ……!?」


「なにしてんの高山!?」


「そこは違うんじゃ……??」


 灯は目を点にし、片桐さんは目をギョッと見開く。 陽さんは頭に?マークを量産していた。


「あの、多分俺が予想している言葉と、灯が今言おうとしている言葉は一緒だと思うんだ。 でも、でもね、その言葉はーーーーーーーーー俺の口から2人っきりの時に伝えたい」


 灯の勇気を遮る形になってごめん。


 片桐さん、陽さんにもここにきて!?と思われるかもしれないけどごめん。


 でも、その言葉は、その想いは俺から言わせてくれ。


「灯」


「は、はい!!」


「来週のライブ遠征の時、そこで俺から言わせてほしい。 散々これまで待たせておいて何言ってんだって思うかもしれないけど、それでも待って俺から言わせてほしい……!!!」


 俺は灯の顔をジッと見る。


 灯は俺の顔を見て、さらに顔を真っ赤にさせた後、小さな声で『は、はぃぃぃ……』と返事をしたのだった。


「2人も色々とごめん。 でも、頼む」


 俺は片桐さんと陽さんに頭を下げる。


 2人とも俺の姿を見て、まったくしょうがないなぁという優しい感じの笑みを浮かべていた。


「まぁ、うちらがこれ以上なにかするのも、突っ込むのも変な話だよね。 後は当事者のお2人でどーぞ」


「まぁ、私はやることなすこと全て裏目にでる女ですからね、えぇ。 もう私はなにもしませんよ」


「陽さんやさぐれてんじゃーん」


「そりゃやさぐれるわよ。 本当、私って罪な女……」


「それなんか意味合い変わってくると思うんだけどお姉ちゃん」


「いや、陽さんには感謝している部分もいっぱいありますよ!!」


「感謝している部分"も"ってことは、迷惑かけている部分もいっぱいあるってことよね……」


「えっ……お姉ちゃんめんどくさ」


「長い付き合いだけど、ここまでブルーになっている陽さん初めて見たかも」


「いや、違うんですよ! これは言葉の綾ってやつでーーーーーーーー!!!」


 俺は慌てて陽さんをフォローする。


 そんな俺たちの姿を見て、片桐さんと灯は可笑しそうに笑った。


 そのまま雰囲気はいつもの楽しい感じに戻り、俺たちは楽しく食事をした後、片桐さんの家を出た。


 そして、永吉姉妹を家まで送り、俺も帰路へと着いたのだった。

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