24 寄り添う二人


 天界の所有物となった時点で、その存在は大きく書き換えられる。命という枠組みからは外されて、聖なる光の器と成り下がる。そこに個人の意思等なく、ただ天界の意志を体現する駒になるのだ。

 痛々しいまでの光と血をまき散らすこの鳥は、だが死ぬことも出来ずにただ羽ばたく。引きちぎられた翼も、息子の剣が刺さったままの腹も、そこから零れ落ちる臓物も、全て意に介さず羽ばたいている。

 この“生命活動”を止める術は、魔力を使い果たさせる以外にはない。身体の修復にも魔力をまわすので、肉体への損傷は有効打であることは変わりないが。

「お前の望みはこれだろう?」

 ゼトアは窓枠にグロッザの剣をシエルごと突き立てる。壁に磔のように固定されたその身体に、グロッザを押し付けるようにして噛みつくような口づけを落とす。

 光の濃度は目に見えて薄くなっていた。身体の修復をしているからだろう。みるみるうちに傷が塞がりそうになる腹部を、剣をかき回すようにして刺激してやる。

 こんなことをしても――いくら繰り返そうと、あのクソ天使のでたらめな魔力が底を尽きるとは思えない。わざと痛みを与えながら、ほんの少しの悪意を楽しむ。無残に割れたガラスの破片が窓枠に残っている。

 魔力の低下により光源の勢いも衰えており、そのためここまで聖堂に近づけるようになった。まぁ、すぐに回復してまた近づけなくなるのは目に見えているが。

 ガラスの破片に愛しきエメラルドグリーンが反射する。一部始終を視ながら、あの魔王は笑っているに違いない。愛しい気持ちを口づけに乗せる。俺は毎晩、お前のことをこんなにも、狂おしく求めている。

 瞳は映し出された『全て』に向けたまま、長く長くこの時を楽しむ。

「愛している」

 剣を持つ手に魔力を注ぎながら、その口元に浮かぶ笑みを自覚した。美しい碧が、苦し気に、それでいて幸せそうに細められた。









 自分で言った言葉を遂行するために、グロッザはケーキの箱を片手にグリアスの元に戻った。

 先程の騒ぎに、グリアスは駆け付けてこなかった。あれだけの音を、魔力を発していたにも関わらず、少年が来なかった。気付かないわけがない。少年は来ないようにしたのだろう。

 全て、バレている。オレの気持ちも葛藤も、何があったかも――醜い醜いオレの心を全て。

 少年がこちらを振り返った。片手にケーキの箱を持ちながら、もう片方の手には血塗られた剣を握りしめたままのこの姿を、見る。その大きな愛らしい瞳に、困惑の色は浮かばず、ただただ優しい笑みが広がるのを見せつけられた。

「お帰り、グロッザ」

「うん、ただいま。ケーキ、食べようか」

 偽りばかりを紡ぐ口なんて、開かなければ良い。ケーキの箱なんてその場に落として、血に濡れた剣なんて放り出して、少年の柔らかい身体を抱き締める。

 この感触は、オレが護る者で。この感触はオレから逃げない。誰にも取られない永遠の誓。

「ケーキ、食べよ?」

 小さな手に背中をぽんぽんと叩かれて、それに素直に従って身体を離す。何も聞かずに微笑むその顔に、心が落ち着きを取り戻す。

「うん……ごめん、オレ……出来なかった」

「……明日が終わっても、ボクは変わらないよ」

 にっこりと笑いながらそう告げられて、そんな顔を見せられたらもう、何も出来なくなる。

 落としたままのケーキの箱を地面にそのまま開いていく。皿もフォークも持ってきていない。

 落ちた衝撃によりケーキは少し崩れていた。まるで崩落した城のように、半分程が自身の重みに耐えかねたようにずり落ちている。それでもその上に乗った砂糖細工――銀色の男の子と緑色の男の子の人形はしっかりと座っていた。

 まるで寄り添うように置かれたその二人は、崩れゆく城の上でもお互いを信じ、見詰め合っている。乾いたこの大地の上に建つその城は、石造りの独特な色合い――チョコレートの外観をした愛の牢獄。時と共に風化し崩れ落ちながら、それでももう外に出ることを躊躇わせる終の巣穴。

 二人はその崩れかけたケーキをただ見詰めていた。ケーキのそばに座り込み、幸せそうな表情で、交差する人形の瞳に、お互いの想いまでをも交差させながら。

 グリアスがその小さな指先をチョコレートの外壁へと滑らせる。崩れた瓦礫を掬いあげると、そのまま愛らしい口元へと運ぶ。ぺろりと舌がそれを舐めとり、少年らしいその行動の上で大きな瞳が意味深に細められた。

「美味しい……ねぇ、グロッザも食べて?」

 そう続けながら、グリアスはまたケーキを掬いあげる。その指がグロッザの口元へ運ばれる。舐めとり、同意の返事を告げる。

 少年はそれを続けようとしたので、今度はグロッザが掬いあげ、少年の甘い咥内の感触をケーキ越しに楽しむ。

 少しずつ少しずつ、まるで風化によって削り取られるように、二人きりの土台が崩れていく。それでも崩れ残った中心で、人形は寄り添い続けていた。

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