4 親子の会話
穏やかに過ぎ去った夕食は、どうやらグロッザには不信感しか与えなかったらしい。食後に案内された寝室にて、ゼトアはグロッザに声を掛けられた。
来客用なのか、ベッドとテーブルセットが置かれただけのシンプルな部屋だ。丁寧に手入れされた家具達に、優しい木々の温もりが溶け合い心地良い。
そんな部屋に一人通されたゼトアを、グロッザは追いかけてきたようだった。もちろんルツィアにはバレないように。部屋に一つだけの扉を閉めて、秘密の秘密の密室が出来上がる。
「母さんは確かに従軍していたことがあるって言ってた。なら、それに敵対していたあんたは魔王軍ってことだよな!?」
最後は怒りを剥き出しにして吐き捨てた彼に、ゼトアは言い訳なんてものは不要だと感じていた。
「……そうだ。俺が魔王軍のゼトア・リーギル。昔の呼び方をすれば四大魔将と名乗れば良いかな」
自分で言っていてなんだが、四大魔将の呼び方はかなり情報としては古いものだ。最近代替わりもしたし、若い世代でわかるだろうか……
「昔だなんて……今でも魔王アレスに、あんたの名前は有名過ぎる……」
先程までの勢いはどこへやら、すっかり怯えた表情になったグロッザに、思わず笑みが溢れてしまった。
「お前の母親が敵軍の犠牲者なのは安易に予想がついた。その時助けてやったのが縁で、たまに寄るようにしていた。だが前線がこの街から離れてからは、寄ることすらも出来なかった」
「……信用出来るか! お前ら魔族は、人間とオレ達エルフの敵だっ!!」
「魔王軍にとっての敵は、刃を向けてくるものだけだ。俺にはお前と戦う理由はない」
手に持っていた槍を壁に立て掛けて、ゼトアはもう一度若きダークエルフ――本人はエルフだと信じきっている――に向き直る。
グロッザはゼトアの予想外の態度に、言葉を探しているところのようだ。ゆっくりと待ってやる。子の癇癪を治めるのは親の役目だと思っている。
「……母さんの態度でわかってはいた。あんたは敵じゃないってことくらい。でも……」
小さな嗚咽が混ざり始めたその肩を、ゼトアは優しく抱き締めてやる。筋肉はあるが、身体も心も、まだ大人ではない。
「……母さんは醜い戦いで魂を汚されてしまった。身籠ったままの母さんを無理矢理戦わせた! だから……っ!!」
憎い……魔族も、戦争も……
「俺達魔族が憎いのはわかった。戦争が憎いのは同感だ」
「……魔族でも、戦争は憎いのか?」
「お互いの譲れないもののために起こった戦争も、やがて復讐に復讐を重ねる動機としてしか意味をなさなくなる。なにも生み出すものはない。それに――」
ゼトアが話している途中で抱き締められていることに気付いたのか、グロッザが慌てて両手で押しのけてきた。少しばかり名残惜しいが、その流れに負けてやる。
「それに?」
少し顔が赤いような気がするが、それよりも眼に溢れた雫が意識を占領する。
言葉の続きを話さないゼトアを、グロッザは上目遣いに見る。自分の身長は軍人としても高い方なので、グロッザのその視線は普通だ。彼は平均的な身長にしては、少し軽そうな体格だ。
「歳を取ると大抵のことには寛容になる」
「……今いくつなんだよ?」
「お前の母親と会った頃には四百は越えていた」
「……全然見えねぇ。どう見たって三十前の顔だろ」
全身を見回す視線を感じて苦笑する。
「……エルフであるルツィアもそうだろう。とても子供を産んだようには見えない」
「それは街の人からもよく言われる。母さんはあんまり嬉しそうじゃないけど」
「人間のように短い命からしたらそうなのかもな。どちらにしても戦場での死は平等だ。戦争に参加しなくて済む、そのエルフの血を大事にするんだな」
ルツィアの時代では従軍させられるエルフもたまに見かけたが、今は戦線は昔に比べれば縮小している。魔王アレスの居城を守る魔将達が、更なる侵攻を食い止めているからである。
また、人間が勝手に始めた戦争だ。巻き込まれた他種族の目は軒並み冷たい。同胞が従軍させられエルフ達は街を去り、獣人達は種族の解放を求めて魔族の傘下に入った。人間達に力を貸すのは、今では天界の使者達のみ。
「オレだって戦える!」
グロッザが再度、闘志に燃えた眼を見せる。だからこそゼトアは聞いてやった。
「お前は誰と戦いたいんだ? 俺達魔族か? 人間か? 一人が殺せる相手なんてしれているぞ。お前一人では戦争は終わらない」
「――っ!」
言葉が見つからないから、殴りかかってきた姿が清々しい。とくに避けることもせず胸にその暖かい拳を受け止め、腕を引き寄せもう一度抱き締める。
今度は強く、逃げられないように力を込めて――
「俺に協力しろ。そうすれば戦争はなくなる」
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