【BL】少年ブレンド
けい
1 戦線から遠く離れて
たまには昔の話をするのも良いだろう。
この世界には今でも人間やエルフといった大きな勢力を誇る種族や、俺達のような闇の眷属とされる魔族やオーク、鬼達が住んでいる。
特に昔は、種族間での戦争は止むことはなく、世代が変わっても大小様々な争いが起きていた。世界大戦が終結した今となっては信じられないかもしれないが、俺からしたら今のこの世界の方が信じられないな。
あのいがみ合っていた人間と魔族が和平の道を歩き出せたのも、我らが王の尽力のおかげだったことは言うまでもない。
それ程までに愚かな人間共だが、その狂暴性は計り知れない。彼らは貪欲で、なにしろ数が多い。
魔力的には大幅に上回る我らの軍も、彼らの勢いに圧され、一時は首都を残すまでに追い詰められていた。
あぁ……今は直接的な争いの話はするつもりはなかった。ふと昔を思い出したのには理由があってな。
大陸の南部に位置する都市で、停戦による何度目かの宴が開かれたのが原因だった。あの砂嵐は本当に堪えた。本当に……
人間共で賑わう街というのは、本当に不愉快なものだ。我らが魔王からの命令によりこの街へと潜入したまでは良いが、賑わう人々の数の多さにいい加減うんざりしてきた。行き交う人々が自分をちらりと見ては、目を逸らして足早に駆けていく。
理由はわかっている。
ここは戦線からは遠く離れた小さな街だ。補給物資の生産地でも中継地でもない。ここが落とされたところで何の支障もない。
街として登録されたのは土地の歴史としては最近のことのようで、木造の建物がまだ多く並ぶこのメインストリートを見ても、これまでの生活が暖かい空気感と共に伝わってくる。日に焼け、良い味を出している石造りの建物が、その間から時たま顔を出すチグハグな様子もまた、この街のこれからの歴史を心に期待させる。
乾いた土地特有の強い日差しに負けじと、メインストリートの両脇からは店主達の甲高い呼び込みの声が上がっている。道路に隣接する数々の店は道の先まで続いているらしく、食べ物から雑貨、最近前線では見かけなくなった古い武器まで並んでいる。
軍からのお古かは知らないが、店の女達がそれらを売っているのがアンバランスだ。もちろん戦場にも女も子どももいることはいるが、ここにいるのは普通の街娘なのだから。
こんな小さな街から出されるのは人手ぐらいのものなので、この街に働き盛りの男の姿は皆無である。
そんなところを敵の代名詞、魔族である自分が歩いているのだから、目立つのは当然だ。
雑貨が置いてある店の前を通る時に、入り口近くに置かれていた等身大の鏡が目に入った。そこに偶然映り込んでいた客と鏡越しに目が合う。すぐに目を逸らされて、その客は逃げるように店を後にする。どうやら怖がらせてしまったようだ。
鏡に映った自分の姿を少しだけ確認。
赤みの強い茶髪の男がそこにいた。放っておくとボサボサになるため、腰近くまである髪は後ろでゴムで縛っている。普段から堅い表情だと言われる原因の目は、深く暗い海のようだと魔王に言われる。違う、目だけではないな。
表情は軍人のそれ。魔族特有の魔力に染まった褐色の肌に、出来るだけラフな格好を心掛けた“動きやすい格好”。自分の分身とも言える“相棒”も今は布に包んで背中にまわしているので、なんとか無害には映らないだろうか?
街の入り口の検問所では、“本物の入国許可証”が中途半端に役に立ち、目当ての場所に確認を取るためと、半日以上待たされた。いや、これでは完全に役に立っていない気がする。
おかげで街には朝一に到着していたにも関わらず、既に昼を過ぎてしまっている。入国の申請をしているおかげで、遠巻きに見られる程度に済んではいる――いや、自分はおそらく町民とは違う空気しか纏っていない。こちらに何かしようとしてくる輩がいないだけなのだろう。
「おい! お前魔族だろ!?」
並ぶ店もまばらになってきたところで、いきなり背後からそう怒鳴られ、あまり相手を刺激しないように努めて振り返る。
「ああ、そうだが。入国の審査は通っている。この街に危害を加えるつもりはない」
機械的にそう返事しながら相手を見やる。
まだ若い青年だ。十六、七ぐらいだろうか。珍しいことだ。まだ徴兵はされていないのか。澄んだ蒼を湛える瞳には、引き込まれる輝きがあった。いや、あれは徴兵はされないな――
目の前の青年に人間ではない身体的特徴を認め、すぐに魔力を探ってある程度は悟った。
「そういうことは武器を持たずに入国してから言うことだぜ!」
愛用の槍は布に包んでいる。武器だとわかるものを背に歩いているのを咎められたのか。
引き続き絡んでくる相手の対処を考えていると、今まで遠巻きに見ていた人間達――やはり女性ばかりだ――が、「やっぱりエルフでも男性がいると心強いわね」とこそこそ話している。
――なるほど。
「オレ達エルフと同じ尖った耳に、魔力に染まった肌! 魔王軍じゃないだろうな!?」
「まさか、俺はただの流れ者だ」
青年にはすまないが、魔王軍在籍なのは伏せておく。
青年には自身の魔力に長年染められている自分の褐色の肌は、魔の眷属の証に見えるのだろう。
――それは青年も同じだろうに。
赤褐色である自分の髪とは対照的な、眩しい程の銀髪がまだなにやら吠えている。
「オレはグロッザ。グロッザ・ライザグルだ。お前も名を名乗れ!」
「……ゼトアだ」
名乗った途端にまわりから小さな悲鳴があがったのは予想出来た。
魔王アレスの腹心であるゼトアの名は、魔族内での新生児名前ランキングでは常連である。旦那の仇、息子の仇でも、人間達からしたらよく聞く名前ベスト十にもおそらく入るのではないだろうか。
「まさか、本当に魔王軍……っ?」
さすがに声をかけたのを後悔したのか、グロッザが青い顔をして呟いた。問いかけというにはあまりに弱々しいその声に、ゼトアは敢えて笑って答える。
「軍人のゼトアはこんな街に用もなくは来ないさ」
否定はしなかったのだが、グロッザや街の人間達は違う者だと解釈したらしい。少し和んだ空気になったので、ゼトアはグロッザにこう提案した。
「この街の教会に古い友人がいてね。もしまだ疑うのなら、俺の監視ついでに案内を頼めないか?」
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