第45話 地上では……。


 太陽の光を浴びてキラキラと輝く白い巨体は、王都のどこからでも見えていた。


 人々は仕事の手を止めて、一様に空を見上げる。


「伝承の通りだ……。神様が俺たちを助けに来てくれた!」


 1人、また1人と膝を地面に付けて、竜を崇める。


「オラたちの村をお守りくだせぇ。安い麦と若い男の不足で、うばが捨てられちまってる」


「出稼ぎのオラたちはどうなっても良いだで。村の者たちを」


 残してきた家族の平和を願う者。


 安定と豊作を願う者。


 村の発展を願う者。


「古竜様、この身を対価に、娘の病魔を……」


 瞳に大粒の涙を浮かべながら、子供の未来を願う者。


 いつの間にか、王都からは生活音が消え失せて、誰しもが空を見上げていた。


 無論、その中には、竜に怯える者もいる。


「邪魔だ、平民! そこを退け! 道をあけろ!」


「今すぐ馬を持って来な! 南門は私が通るまで封鎖させるんじゃないよ!」


「伯爵からの護衛要請だと!? そんなものは捨て置け! このまま死んでもらった方が、この国のためだ!」


 特に、支配階級である貴族たちは、膝を付く市民たちを蹴散らしながら、我先にと逃げ出していた。


 そんな中にあっても、広間の中央に陣取ったマリリンだけは、白い竜に向けて手を振り続ける。


「ここよ! やっと会いに来てくれーー」


「マリリン! 早く逃げるぞ! ここにいては食い殺されるだけだ!」


「うるさいのよ、アンタ! さっさと1人で消えなさい!」


 ウキウキとしていたところに腕をひかれて、イラッとしたから、力の限りに肘鉄を打ち込んだ。


 鼻の辺りにぶつかって、リアムが地面を転がっていく。


 ちょっとだけ淑女らしくないかもだけど、白竜様なら事情を察してわかってくれるに違いない。


「血……、余の鼻から、血が……」


「ふはっ、鼻血ダラダラ! 良いんじゃない? ちょっとだけマシな顔になったわよ?」


 ふひゃひゃ、なんて笑い声が漏れたけど、今はリアムそれどころじゃない。


 もう一度空を見上げると、またしても地上から声がした。


「りっ、リアム殿下、神殿長を捕らえーー」


「離せ! 離さんか! お前等も全員、あの化物に食い殺されるぞ! わかっているのか!!」


「血が……、血がぁ!!」


「うるさいのよ、あんたたち!!」


 私と白竜様が出会うシーンなんだから、全員消えろ!!


 そんな事を思って、怒りに右手を握り締めていると、いきなり風が強くなった。


「う゛ぎゃっ! べげっ……」


 ふわふわの白いドレスが風を受けて、体が吹き飛ばされる。


 地面にぶつかって、2転、3転。


 腰から地面にぶつかった。


「痛っ……! 死ぬ、死んじゃう……」


 腰が痛い!


 死ぬほど痛い!


 有り得ないほど痛い!!


「ぐぁっ! 余の腕が!!」


「だっ、誰か! ワシを抱え起こせ!」


 リアムや神殿長だけじゃなくて、逃げようとしていた貴族たちも地面に転がっていた。


 その一方で、膝を付いていた市民達に被害はないらしい。


 誰しもが風が通り過ぎるのを、頭を低くして待っていた。


 それは、教会が語り継ぐ、竜を敬う姿勢。


「生意気なのよ! モブキャラの癖して!!」


 腰が痛い。


 舞い上がった砂埃が、肌にぶつかって痛い。


 擦りむいた頬が痛い。


「なんなのよ! 乙女の肌を傷付けるとか、おかしいでしょ! 血を流させるとか、バカじゃないの!?」


 それもこれも、ふわふわのドレスを用意した教会が悪いのよ!


 あのクズどもは、ひとり残らず処刑に決めたわ!


 主人公である私に血を流させたんだもの、死んで詫びても全然足りない!


 100回、殺してやる!!


「てか、何で私まで風に煽られるのよ! こう言うのって普通、私だけ無事にーーグベッ!!」


 立ち上がろうとした瞬間に突風が吹いて、もう一度地面を転がった。


「プログラマーも、シナリオライターも、死ねば良いのよ! ほんとムカつく!!」


 腰だけじゃなくて肘も痛いとか、どんなバグなのよ!!


 平民も貴族も平伏す中で、私だけが無事。


 人々が見上げる中で、白竜様が私の頬に口づけをするのが王道でしょ!


 それが良いんじゃない!


 ほんと、このゲームのスタッフは乙女心をわかってない!!


 だから3トライが出るまでに10年もかかったのよ!


「ちっ、仕方ないわね。傷跡はメイクでごまかして、ドレスの汚れはどうしようもないから、頬を土で汚して憐れみを誘う感じで……」


 そうして強風の中でマリリンが特殊メイクを施していると、不意に落ち着いた声が聞こえてくる。


 いつの間にか、舞い上がっていた風も止んでいた。


「突然の来てしまって、申し訳なかったね。人の巣を破壊するつもりはないから、安心してくれないかな?」


「白竜様……」


 間違えることなんてない。


 すべてのセリフを千回以上リピート再生した、白竜様の声が聞こえていた。


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