第22話 ほうれん草は大切です 2
紅茶のカップをテーブルに置いて 賢者の実を頬張ったメアリが、口元に小さな微笑みを浮かべる。
「それでね。リリに相談なのだけど、聞いてくれるかしら?」
え?
なんて、声を漏らしたリリの前を、爽やかな風が通り過ぎていった。
「まさかのこのタイミングで!???」
「ええ、リリの言葉に甘えようかと思うのよ。ダメだったかしら?」
風にあおられて揺れる髪を抑えながら、メアリが弱々しく視線を落として見せる。
どこまで本気なのかわからないけど、普段とのギャップが反則だった。
「いっ、いえ、もちろん大丈夫です! お伺いします!」
このタイミングでの相談など、悪い予感しかないが、あれだけ叫んだのだから拒否は出来ない。
喉元をゴクリと鳴らしたリリが、右手をギュッと握り締める。
「それでね、相談なんだけど」
などと前置きをして、メアリが小さく微笑んだ。
「ここって、殺風景じゃないかしら? もう少しまともな施設がほしいわよね?」
そんな声が、リリの脳内を通り過ぎていく。
リトルドラゴンを狩る音に、
ジョウロの水を撒く音、
カナヅチで柵を叩く音。
「……え? あれ??」
話が、戻った??
具体的に言えば、数分前の話題に戻っているように思う。
「今までは女2人だけだったから良かったのだけど、昨日みたいに男の人が訪ねて来たら困るわよね。泊まる場所も、最低限の物は必要だと思うのよ」
「あっ、はい。うん。そうですね」
やはり話が戻っている。
と言うより、
「その話し、今更ですよね!? ラテス王子の訪問前に話し合うべき内容ですよね!!」
さっきまでその話をしてましたよね!
私が散々文句を言ったヤツですよね!!
なんて心の声も、漏れ出していく。
それでも、メアリには届かない。
「王子って言っても、泊まったのはラテス殿下じゃない。適当で大丈夫だったでしょ?」
「……いやいやいやいや!」
おかしいから!
王子様の対応が適当で良いなら、誰を相手に接待するつもりなんですか!!
あの王子様、どう見てもメアリ様に恋してたのに、扱いが可哀想過ぎますよ!!
王子より上なんて、それってもう王様しか残ってないですし!!
死の森なんて言われる場所に、病養中の王が来るはずかないですし!!!!
……え? あれ?
いやいやいやいや。
来ませんよね!? 王様!
だって、王様ですもんね!!
そんな思いがリリの中に広がるものの、相手はあのメアリだ。
どうしても確証が持てない。
「ひとまず、ラテス殿下のことは、棚の上に置きましょう。今は詮無きことじゃないかしら?」
「……はい。そうですね。もう過ぎたことです。今更 何を言っても仕方ないですもんね!」
ぶるぶるぶる、と首を横に振り、リリが危険な考えを脳内から追い出した。
相手は、メアリと名付けられた最強の生物だ。
脳内を覗けない確証はない。
お茶目な感じで、サプライズよ、驚いたかしら? なんてやりかねない。
悪い予想は絶対にしないようにしよう!
そう結論付けたリリを見つめて、メアリが、ふふ、と小さく微笑んだ。
「それで、話題を上げておく棚すらない、って話しなんだけど。ここ数日、マッシュが何かに反応しているみたいなのよ」
「はんのう、ですか?」
意味がわからずに、リリの首がコテリと振れる。
不意にスカートの裾が小さくひかれて、背後から、きゅぁ! なんて声が聞こえて来た。
振り向いた先に見えたのは、なにやら大きなスコップを掲げる 大きなキノコたち。
「それじゃぁ、行くわよ」
そんな言葉と共に、メアリが立ち上がる。
「行く? どこにですか?」
「どこって。土の下、かしら?」
「へ?」
意味もわからずに漏らしたリリの声が、黒い木々に囲まれた死の森に溶け込んでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます